第14話 トニー隊長の土下座


 トニー隊長は自宅に帰り、ベッドにうずくまっていた。

 ――≪ブラック・バインド≫に入ってから十年以上。

 ようやく上り詰めたSランクの地位。トニー隊長はそれをこの一週間で失った。

 降格によりパーティはCランクに格下げ。そして、これ以上失敗すればクビになる。

 だが、今のパーティでダンジョン攻略を成功させるイメージが湧かない。

 ――なぜか。それを考えると頭の中をいろいろなことが駆け巡る。

 そして気がつく。

 アトラスがいなくなって、攻撃力が下がった。

 アトラスがいなくなって、支援魔法が弱くなった。

 アトラスがいなくなって、自分の誤爆を止めてくれる者がいなくなった。

 全て、アトラスを追い出したことが原因だ。

 今更ながらにそのことに気がつく。

 いや、今までも気が付いていたが、気が付かないふりをしていたのだ。

 5年間ずっと無能扱いしてきたが、それは間違いだった。

 いや。それどころか。

 アトラスがギルドに来て5年。

 だが、ギルドが急成長したのもこの5年。

 そう――弱小ギルドだった≪ブラック・バインド≫が一気に成長したのも、今思えば全てアトラスのおかげではないか。

 実際≪ブラック・バインド≫の他のパーティは大した成果を残せていなかった。トニー隊長は、それを「隊長である自分が優秀だから」と思っていたが、それは違った。全てはアトラスがいたからなのだ。彼一人のおかげでトニーはSランクになり、ギルドも急成長した。

 アトラスがいないと全てが成り立たないのだ。

 そしてもう後がない。だから何としてもアトラスにパーティへ戻って来てもらわなければならない。だとしたら――取るべき行動は決まっている。

 もはやプライドを気にする余裕はなくなっていた。


 †


 ――アトラス宅。

「じゃぁ行って来ます」

 仕事に向かう兄を、妹ちゃんは玄関まで送ってくれる。

「頑張ってね、お兄ちゃん」

「うん」

 アトラスは家を出て、街へと向かっていく。

 だが、その時だ。アトラスのいく先を遮る男がいた。

 一瞬、アトラスはその老け顔の男が誰だかわからなかった。だが、少しして気がつく。

 男は、トニー隊長。かつてのアトラスの上司だった。

「……なんですか?」

 アトラスにとって、トニー隊長といえばいつも下品な笑みを浮かべてゲラゲラ笑っているか、嬉々として部下を叱りつけているイメージしかない。

 しかし今日はどちらでもない。目の下にはクマがあり、顔面蒼白になっている。異様な雰囲気だった。

 そして、次の瞬間、

「お願いします!」

 そう言いながら。トニー隊長は地面に膝と両手をつけた後、そのまま額を強く地面に打ち付けた――渾身の土下座だった。

「私のパーティに戻ってください!!」

 突然、元上司が土下座してきたことに困惑するアトラス。

 だが、そんなことお構いなしに言葉を紡ぐトニー隊長。

「全て私が悪うございました!! ≪ブラック・バインド≫が王国公認ギルドになれたのも、私のパーティがSランクになれたのも、全てアトラスさんのおかげでした!!」

 突然の謝罪。わずか一週間前までアトラスを無能と罵り続けたとは思えない言葉だった。

「どうか、この通りです! 私を許してください!!!」

 必死に涙ながらに。何度も頭を地面に打ち付けて謝るトニー隊長。

「次の任務に失敗したら、私はクビになるんです!! もう後がないんです! どうかお願いします!」

 たった一週間で隊長がここまで態度を変えた理由を、ようやくアトラスは理解した。

 ――クビになるのが怖いのだ。クビになった時の絶望感はアトラス自身が味わったばかりだから、その恐怖はよくわかった。

 けれど、アトラスは彼のことを哀れだとは思ったが、助けようという気持ちにはならなかった。

「隊長、もう遅いです」

 ポツリと、アトラスはそう言った。その言葉に、トニー隊長が息を飲んだのがわかった。

「もう新しい仲間と楽しくやっています。だから、今更戻る気はないです」

 そう言って、アトラスはトニー隊長の横を通り過ぎていく。それ以上、不快なものを見たくはなかったのだ。

 トニー隊長は、力なくうなだれるしかなかった。自分の非を認め、アトラスに土下座して戻って来てほしいと懇願したトニー隊長だが、それはあまりに遅すぎた。

「い、一体私はどうすればいいのだ……!!」

 土下座したその姿勢のまま嘆くトニー隊長。

 立ち上がる力がなかった。しかし、選択肢はなかった。

 アトラス抜きでダンジョンへ行くしかない。

もう失敗は許されない。失敗すれば人生が終わる。

 トニー隊長はのろのろと立ち上がり、そしてダンジョンへと歩き出した。

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