第13話 【トニー隊長side】隊長、降格だってよ


 ――ギルド本部へ戻ってきたコナンを見て、トニー隊長は笑顔で尋ねる。

「どうだった、コナン。アトラスは泣いて喜んだか?」

 クビを取り消すと言えばアトラスは泣いて喜ぶと、トニー隊長はそう確信していたのである。

 しかし、それはとんでもない誤解だった。

「それがアトラスは≪ホワイト・ナイツ≫でSランクパーティの隊長になったと」

 コナンがそう言うと、トニー隊長は目を見開いた。

「な、なんだと!? ≪ホワイト・ナイツ≫? Sランク? 隊長? 冗談はよせ」

「それが、冗談ではなく……」

 部下の顔を見て、冗談ではないと理解したトニー隊長の表情が青ざめる。

「ま、まさか本当にあいつが≪ホワイト・ナイツ≫に……?」

「はい、隊長」

「ば、バカな……!!」

 アトラスを無能だと罵って追い出したトニー隊長だったが、その実「ある程度」パーティに必要な人材だったと今では認識を改めていた。だがアトラスが≪ホワイト・ナイツ≫にスカウトされたとなると、「ある程度」どころか、「パーティを支えていたのがアトラスだった」という話になりかねない。

「……バカな」

 トニー隊長はそう言いながら頭をかかえるのだった。


 †


「いいかお前たち。もう失敗は許されないぞ」

 翌日、トニー隊長はダンジョン前に集まったパーティメンバーたちにそう言い聞かせた。

 前回逃げだしたCランクダンジョン。その攻略の期限は今日だった。万が一、今日ボスを倒せなければミッション失敗となる。万が一そうなればトニー隊長の責任問題になりかねない。

「お前たち、気を引き締めていくぞ!」

 トニー隊長の言葉に、部下たちは小さく返事をした。

 一行は魔物の潜む森を慎重に進んでいく。

 ――最初のうちはなんとかなった。幸い敵の数が少なく、苦戦しながらもなんとかやり過ごすことができたのだ。

 だが、問題は中ボスだった。

「隊長、トロールです!!」

 前回敗北しかけたボスの登場に緊張が走る。

いくら危機感があっても、パーティが強くなっているわけではない。相変わらずアトラスは不在だ。だから今回だって結果は同じのはずだ。

 それでも、ここで引くという選択肢はなかった。

「お前たち、いくぞ!!」 

 トニー隊長は部下にそう檄を飛ばし、大魔法の準備をする。

 ――前回までの反省を踏まえ、比較的発動までの時間が短いものを選ぶ。

(これなら10分もあれば用意できる。これではトドメを刺すには不十分だろうが、そこは前衛に穴埋めしてもらうしかない)

 だが、問題は前衛たちも今までのようにはいかないということだった。

「……ッ! 隊長! やっぱりアトラスさんの火力と強化倍増がないと無理です!」

 と、前衛のアニスがそう叫んだ。

「バカ言え! 俺たちはSランクパーティだぞ! できないわけがない!」

「で、でも!」

「うるさい! いいから頑張れ!」

 隊長に撤退の意思がないと分かると、部下たちは必死に踏ん張った。そして相当なポーションを使いながら、なんとか10分を耐え切った。そこでようやく隊長の大魔法が火を噴く。

「“ファイヤーランス・レイン”!」

 複数の炎の槍が一斉にトロールに襲いかかる。

(これで体力を一気に削れる!!)

 トニー隊長は勝利を確信した。だが――彼はとんでもない過ちを犯した。

「た、隊長、何してるんですか!!」

 アニスが叫ぶ。だが、手遅れだった。

 炎の槍は一気にトロールの全身(・・)を焼き尽くす。

 そして、それは絶対にしてはいけないことだった。トロール皮膚が焼かれ、確かに大きなダメージを与えた。だが、その肉が焼けたことで、あたりに臭気が充満し始める。

「――なんだ!?」

 異様な臭気に焦るトニー隊長。

「トロールの肉は焼けると、毒ガスを発生させるんですよ!!」

 アニスがそう説明する。

「な、なに!?」

 それは上級の冒険者なら誰でも知っている知識だった。しかし、トニー隊長は今までそれを知らずにいた。

 ――今までは、隊長がしてはいけない攻撃をしてしまった場合、アトラスが自分の身で攻撃を受けて事故になるのを防いでいたのだ。

そして隊長はその度にアトラスを「無能」と罵り、反論を許さなかった。だからアトラスは、隊長のせいでパーティが危険にさらされそうになるたびに、淡々と身代わりになり続けた。 そうしてアトラスに反論させなかった故、隊長は上級冒険者なら誰でも知っていることを知らないままだった。そしてそのせいで最悪の失態をこのボス戦でしてしまったのだ。

 毒ガスのせいで一気にパーティメンバーのHPが削られていく。

「隊長! 本当にまずいです! 撤退しましょう!」

 部下の叫び声が響く。だがもはやトニー隊長の耳には届いていなかった。

 どんどん削れていく自分のHPだけが目に焼き付いていた。そしてその恐怖にトニー隊長は耐えきれなくなり、先頭を切って逃げ出したのだった。



 †


 トニーたちがCランクダンジョンの攻略に失敗した――二日後。

「どう言うことだ!?」

 トニー隊長の元に、ギルマスのクラッブが怒り心頭で乗り込んできた。

「ぎ、ギルマス……!!」

「本部にクレームがあったぞ。お前がCランクダンジョン攻略の任務に失敗したとな!!」

「そ、それは……ご、誤解でございます!」

「何が誤解なのだ! SランクパーティがCランクダンジョンも攻略できずに逃げ帰ってきたと、街で噂になっているぞ!!」

 ≪ブラック・バインド≫は、急成長中のギルドとして街中に名が知れ渡っていた。

 それだけに、そのエースパーティの悪評もあっというまに広まってしまったのだ。

「ち、違うんですギルマス。部下たちが不調で……」

 トニー隊長は部下に責任を押し付けようとした。

「言い訳はよせ! 全く恥をかかせおって!」

 もはやギルマスにはトニー隊長を許すつもりはなかった。

「お前もパーティもCランクに降格だ!」

 ギルマスは冷酷に告げる。

「そ、そんな!!」

 SランクからCランクへの降格。それは前代未聞の降格人事だった。

「次、もしダンジョン攻略に失敗して恥を晒したら、クビにするからな!!」

 そう言ってギルマスは部屋から出て行く。

 トニー隊長はその場に膝から崩れ落ちた。


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