第8話 【トニー隊長side】これがSランク? こっちから願い下げだ


 その頃。トニー隊長は、現在攻略中のAランクダンジョンに意気揚々と向かった。入り口前がパーティの集合場所で、既に部下たちは集合していた。

「あの、隊長。アトラスさんが来ていません」

 トニー隊長が着くなり、部下の一人であるアニスがそう言ってきた。

 アニスは高身長ですらっとした手足に、赤髪のポニーテールが特徴的な女性だった。3年目の冒険者ながら、すでにBランクの実力を持つ若手の有望株だ。

「アニス君。いいところに気がついた。あの無能Fランク君は昨日でクビにした!」

 トニー隊長はニンマリしながら言った。だが、アニスは隊長の言葉に自分の耳を疑った。

「く、クビ!? アトラス先輩を!?」

「ああ。無能はリストラせよとのギルマスの命令だ。我がパーティの面汚しが消えて清々した」

 そう言って笑う隊長。それとは対照的に顔面蒼白になるアニス。

「アトラスさんがいないと困りますよ!?」

「アニス君、冗談はよしたまえ。あの無能がいなくなってなんの問題があるんだ?」

 隊長がそう言うと、別のメンバー――コナンも「そうだぞ」と同調した。

「あの無能と言ったら、ダメージを受けてはポーションを使う金食い虫のゴミだったじゃないか。ボクたちのパーティのお荷物だったよ」

 コナンは典型的なイエスマンで、隊長の腰巾着的な存在だった。なので、アトラスを虫けら同然に扱うトニー隊長の影響を受けて、アトラスが無能だと思い込んでいた。

「で、でも……」

 アニスは反論しようとするが言葉が詰まってしまう。

 確かにパーティの人たちはアトラスを邪険に扱っていたが、それも嫉妬込みのことだとアニスは思っていた。しかし、彼らはアトラスのことを心の底から無能だと思っているようだった。そのことにアニスは戸惑う。アトラスこそこのパーティの要(かなめ)であると理解しているのはアニスだけだったのだ。

 だが、三年目の若者が、上司に逆らえるはずもなかった。アニスはそれ以上何も言えずに黙り込む。

「さぁ、心機一転、頑張ろうじゃないか!」

 トニー隊長がそう宣言する。アニスは内心で憤りと困惑を感じながら、小さく返事をするしかなかった。

「さて、もうひとつ連絡がある。アトラスの代わりになる新しい前衛候補の冒険者が来て、実地試験で一緒にダンジョンに潜る。相手は大手ギルドで勤めたAランクの男だ。隊の威信にかけて、情けないところは見せられないからな!」

 そして少し待っていると、その転職希望のAランク冒険者がやってくる。

 30代で、一番ノっている年頃の男だ。某大手ギルドで勤めていたが、キャリアアップのために転職を希望していた。

 ≪ブラック・バインド≫はこの5年間で急成長して、もっとも勢いのある「ベンチャー・ギルド」だったので、より大きなギルドからも転職希望者が多かったのだ。

「クライドだ。今日はよろしく頼む」

 Aランクの冒険者はそう名乗る。

「≪ブラック・バインド≫のSランク、隊長のトニーだ。よろしく」

 トニーとクライドは握手を交わす。

「早速、ダンジョンで力を見せてくれ」

「ああ、もちろんだ」

 一行はダンジョンへと潜っていく。


 †


「“ファイヤー・ランス”!」

 トニー隊長が渾身の炎攻撃をモンスターに向かって放つ。しかし、魔物にはわずかなダメージを与えるに止まる。

(……これが、Sランクパーティの実力なのか?)

 クライドはトニーたちの実力を見て、ハッキリ言って失望していた。どう見てもトニーたちの実力は、Aランクダンジョンのモンスターを相手にするには不足だった。

(≪ブラック・バインド≫はこの5年間上り調子で、一気に王立公認パーティに上り詰めた急成長中のギルドと聞いていたが……前評判と全然違う。実力はCランク以下ではないか)

 それがクライドの素直な感想だった。

(――しかし、もしかしたら俺の実力を試すために、わざと力を抜いているのかもしれない。いや、でもやっぱりそうは見えないが)。

 クライドは既に帰りたい気分になっていたが、様子見のため黙ってダンジョン攻略についていく。そしてダンジョンに潜って2時間ほどして、一行は中ボスの部屋にたどり着いた。

 クライドが見てきた限りのトニーたちは、Aランクの中ボスを相手にするにはやや不安なものだったが、最悪ダメなら逃げればいいと腹をくくる。

 だが、トニーたちにはAランクの中ボス「程度」に負けるわけがないという根拠のない自信があった。トニーは前衛であるクライドに指示を出す。

「私が≪大魔法≫を使う。それまで頼む――」

 強力なモンスターを相手にするときには、前衛が時間を稼ぎ、後衛が強力な≪大魔法≫を準備するというのは攻略のセオリーのひとつだった。だからクライドも時間を稼ぐことに異論はなかった。

 だが、次にトニー隊長から出てきた言葉に、クライドは思わず耳を疑った。

「――10分耐えてくれ」

「はぁ!?」

 クライドは思わずずっこけそうになる。

「何言ってんだ!? 10分? ボス相手にそんなに時間稼ぎできるわけないだろ!?」

 クライドはトニーの言葉に驚きすぎて、目の前の「Sランクの隊長」はもしかして素人なのではと疑った。だが、逆にAランク冒険者であるクライドの言葉に、トニー隊長たちも驚いていた。

「前衛なのにそんなこともできないのか?」

 トニー隊長には、クライドを煽る気持ちは全くなかった。ただ純粋に思ったことを口にしたのである。だが、クライドもそれは同じであった。心の底から無理だと思った。

「そんなの≪ホワイト・ナイツ≫のSランク冒険者でも無理だろ!?」

 そう言われてもトニーたちは信じられない。

だって、時間を稼ぐだけなら、あの「無能なFランク冒険者」のアトラスにでもできていたのだから。大手ギルドから来たAランクを名乗る男にできないはずがない。

 ――と、トニーとクライドがそんな言い争いをしている間に、ボスモンスターがパーティに向かって突進してきた。

 言い争いをしている暇はない。一行は強制的に戦闘に突入した。

 だがクライドはともかく、他のメンバーたちはボス相手に手も足も出なかった。

 クライドはこれまでの5年間のトニーたちの「活躍」を知らない。彼がこの数時間見て来たのは、彼らのへなちょこぶりだけだった。なのでクライドからすれば当然の苦戦である。

しかし、つい先日まで破竹の勢いでダンジョンを攻略してきたトニーたちからすれば、中ボス相手に歯が立たないというのは異常事態だった。

「もっとちゃんとダメージを与えてくれ!」

 トニー隊長がクライドを怒鳴りつける。

「バカ言え! お前たちの支援魔法が弱すぎるんだよ!」

 トニー隊長の理不尽な言葉に言い返すクライド。

 そして、クライドはこれ以上の戦闘は不可能だと判断した。

「これ以上は無理だ! 撤退するぞ!」

 そう言うと、クライドは一目散に逃げいく。

「お、おい! 待て!」

 トニー隊長は引き留めようとするが、すぐにボスの目がトニーに向けられ、自身が危険に陥っていることに気が付いた。

 今の自分たちではボスに勝てない。それまで自信満々だったトニー隊長だったが、ボスの前に置き去りにされ本能的に勝てないと理解した。

 仕方なく、クライドに合わせて戦線を離脱するのであった。


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