2.家族

 ――母の作る料理が嫌いだった。


 母はある時期から奇妙な集団に入信し、食事もその教義の元に歪められていった。

 用いる食品は、教団が売るレトルトや缶詰がほとんどだった。

 食卓に並ぶ料理はいつも生温かく、粘土か吐瀉物みたいな味がした。

 父は母の全てに疲れていたので、いつも適当な理由をつけて外で食べていた。

 だから薄暗い食卓に着くのは母と、自分と、祖母だけだった。

 六歳の頃、耐えられなくなった自分は「まずい」と言ってスプーンを置いた。

 すると母はそのスプーンを取り上げるやいなや自分の頭を引っ掴み、前歯を叩き折った。

 灰色の粥に砕けた乳歯が散り、赤い血が滴っていたのを覚えている。

 母は何かを怒鳴っていた。多分「食事に文句をつけるな」と喚いていたのだろう。

 祖母はその間も、ぼんやりと笑いながら粥を口に運んでいた。


「もうすぐラーゲリ(キャンプ)の時期だねぇ」――祖母はずっとソビエトの夢を見ていた。


 悲しくも、怖くもなかった。

 ただ不快な【色】をしたこの家に、うんざりしていた。


 泣きもしない自分を見て、母はまた怒り、何度も平手で打った。

 その間も祖母はずっと鼻歌を歌っていたし、父は真夜中になるまで帰ってこなかった。

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