16.オルカ・アタック

 多分、そうなるはずだった。


「――――――ぎ、いッ……」


 水面が凪ぐ。針の形が溶ける。カラスの旋回が大きく乱れる。

 浸水した金網床へと小太刀が落ち、飛沫を立てた。ナオミはその音さえも耳に入っていない様子で、よろめくように大きく後退した。


「な、なんっ……だ……?」


 喉から悲鳴のような喘鳴を漏らし、ナオミは体を折り曲げ、頭と胸元とを押さえ込む。

 濡れた顔が、見る見るうちに青黒く染まっていく。


「なにを……わ、……わたしに、なにをっ、し――!」


 轟音――爆発的な水飛沫に、ナオミは顔を上げた。

 血走った瞳の先で、真っ白い水煙を断ち割ってキーラが突っ込んでくる。

 明らかな狂喜に唇は裂け、妖光に鋭利な歯を晒している。そのくせナオミを捉える群青の瞳は、まるで硝子球のようにどこまでも虚ろだった。

 その様はまさしく、襲撃するシャチのそれ。

 人の貌をした殺人鯨キーラを前に、ナオミの思考は一瞬完全に停止した。

 漆黒の瞳を見開き、ナオミはただ立ち尽くす。

 そうして刃が滑らかに己の首に吸い込まれる様を、彼女は呆然と見つめていた。


 刎頸――即死。

 主人の首が跳ね飛んだ瞬間、カラスの群れは絶叫とともに消失した。

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