第9話 無茶振り

 リュウヤとイリーナは対面してから約10分で作戦を決行した。イリーナは恐怖というものを全く感じていなかった。貴族と平民の間には、それだけ圧倒的な力の差があったのだ。


 ずんずんと進み、壊れたビルの中に入るイリーナを追うようにしてリュウヤはヤクザの住処に踏み入った。


 その中にいたのは、何人かの女性。比較的美人であるあたり、ヤクザのお気に入りだったのだろう。留守番をさせておいてあるのだ。


 イリーナは下層の住民に対してあまり興味がないのか、建物の中に入ってから声を上げた。



「ここはこれから私たちの家よ!出ていきなさい!」



 まさかの一声にリュウヤが静止を入れる。



「ま、待って待って!この人たちは一旦縛り上げて!マジで頼む!」


「は?なんでそんなことしなきゃいけないのよ?面倒だしこいつら邪魔じゃない」


「面倒なのは承知だけど、この子らがさすがにかわいそうだから!」


「はぁ?あんただって家がなかったんだからこいつらもおんなじ思いをすればいいじゃない」


「そういう意味じゃなくて!この人ら留守番を任されてるんだよ!抵抗した跡がないと殺されるぞ!」



 リュウヤが過去の出来事を思い返してそういうと、イリーナは表情を変えずに返事をする。



「ふーん、じゃああんたが縛り上げて外に出しておいて。私は落ち着きたいの」


「…わかった」



 イリーナはそのままビルの中の、ベッドや冷蔵庫などがある部屋に入っていき、そこにいた人をリュウヤに押し付けた。


 しかし、リュウヤは貴族ではない。スキルを使うことはできるが、どれも本人にしかわからないような能力であるため、リュウヤでは彼女らを脅すことができなかった。


 一人の女性が、他を引き連れて話しかけてきた。



「アンタねぇ!突然出ていけってどういうことなのよ!意味わかんないんだけど!?」


「いやぁすみません。なんかあの子野外に暮らしたくないらしくてですね。建物が欲しいらしくて…」


「そんなことはどうでもいいんだよ!どうしてくれんの!?」


「どうもしませんって。ちょっと縛り上げてこの部屋で敵襲を待ちます」


「はぁ?アンタそんなことして、タダで助かると思ってんの?」


「思ってます。ですのでいったん黙って縛られといてくれませんか?あんまりしんどくないように姿勢は調節しますんで」


「イヤって言ってんの!」



 少年は困り切った表情で脳内の少女に相談する。



『どうするよ、これ。どうあがいてもこの人たち怒るぞ。僕がやってることどう考えても理不尽だもん』


『銃で脅せばいいんじゃないか?』


『…それってお前的にありなのか?お前なんか女性に甘いとこあるだろ』


『まあできればやりたくないが、さすがに場をわきまえるくらいのことはできる。今お前のおかれている状況を説明すると、貴族のご機嫌取りをしている状態だ。機嫌を取り逃したら、お前はわからないがこの人達は殺されるだろ?だから殺す以下のことは許容してもいいと思っている』


『なるほど。じゃあ脅すか』



 一番手前の女性に銃を突きつけ、脅しにかかった。



「あんまり騒がしくしないでください。殺しますよ?」



 下層では珍しくもない脅し。下層での人殺しは珍しくないため、その効果は中層と比べても絶大である。


 女性たちは両手を上げ、大人しく縛り上げられた。


 

『ふぅ、これでようやく落ち着けるな…』


『お疲れさん。でも貴族のご機嫌取り中だからな。気を付けてくれよ?』


『なんつうかさ、お前も貴族らしいじゃん?だからお前みたいなの想像してたんだけど、全然違うくてびっくりしてる』


『俺は結構特殊な方だしな。でもあの子も結構特殊だからあの子も普通の貴族とはかなり違うぞ』


『なんで僕には特殊な奴としか会わないんだろうな』


『お前が普通な奴と会えるほど高貴じゃないからだろうな。まず中層に降りてきてる貴族ってのはマジで珍しい。貴族と面識があるのがまず異常なんだよ』


『…できればあいつとは会いたくなかった』


『ははは!まあがんばれ!』



 いつもより大きめの声で少女が笑う。


 閑話休題。


 少女もまた、何も考えずにこのような行動をとらせているわけではなかった。彼女の目的は、中層のパン屋の娘に会いに行くことを阻止することであった。


 リュウヤが中層で食事をとったあのパン屋は、普通のパン屋ではなく、エンタメ要素というものが大きかった。


 現代のパン屋というのは、基本的にデリバリーシステム。ネットで注文し、自動運転で運ばれ、メールで届いていたパスワードを入力して受け取る。


 あのパン屋は博物館と遊園地の中間地点にあたるものであり、いわば暇と金を持て余したお金持ちの来る場所であった。


 少女はリュウヤがアサルトドッグの素材を取りにいけないことを残念がっていることに気が付いていた。アサルトドッグよりも強いモンスターを倒したときは、自分で持ち運べる限界を理解し、淡々とあきらめた時との違いに気が付いた。


 またパン屋の看板娘に会いに行こうとしている。少女は、今の少年の稼ぎをどうしても武器に注いでほしかった。そうしなければ収入は増えることはなく、生活に余裕が出ることもなくなる。そのため、気をそらすために家を手に入れようと提案もしたし、さらに厄介な貴族の相手もさせたのだ。


 しかし、少女はただの一般人と変わらないIQしか持っていない。ましてや貴族社会のはみ出し者である。貴族の行動を予測することなどできなかった。









 しばらくリュウヤが部屋に寝そべって少女と話していると、イリーナがリュウヤがいる部屋に入ってきた。



「リュウヤー、ってうわ、そいつらあんたの部屋に入れてたのか」


「うん。で、何か用?」


「私おなか減ったのよ。どこかに食事をとれる場所はあるかしら?」


「えーっと…」


 リュウヤはまた脳内の少女に相談する。



『恵の雪崩はさすがにまずいかな?』


『まずいだろうな。俺も正直食いたくねぇもん。この子にとっちゃ土食ってるように見えるだろうさ』


『…下層じゃ普通なんですけど?』


『あの子はここに観光に来たわけじゃないからな?こっちの文化を知りに来たわけじゃねぇ。まぁ観光でも食いたくねぇけど』


『さいですか。じゃあもう少し中心のほうに行くか…さすがに貴族っていうくらいだし、金ももってるだろ』


『そうだな。案内しに行くか?』


『でもその間にヤクザが帰ってきたらどうするつもりなんだ?』


『さあ?自分で聞いてみてくれよ』


『…わかった』



 リュウヤは少しためらいを見せた後、イリーナに返答する。



「まぁあるにはあるんだけど、その前に留守の間どうするつもりなんだ?」


「え?それは最初から私たちなんていなかったふりをしてればいいじゃない。ほら、その人たちの拘束ほどいて、案内しなさい」


「え?」


「…文句あんの?あるんならほかの案出してから文句言いなさい」


「…ないです」



 リュウヤの頭の良さは下層では高いほうだ。しかし、上層では5歳児である。簡単に言い負かされ、しぶしぶ拘束を外し始めた。



『ぷっぷー、完全に言い負かされてやんの!』


『言い負かされてないし!さっきの「え?」はただ一人でやるの?って意味だし!』


『そりゃあ一人でやらなきゃいけないに決まってんだろ。こいつらを放置して不都合があるのはお前とこの女性たちだけだしな』


『…確かに。でも貴族ってそんなにすげぇもんなの?』


『あぁ。アサルトドッグなんか、モンスターとすら考えてねぇからな。だからここから徒歩で来れる範囲にもいるし、中層の自衛隊がある程度狩ってるんだ』


『そうなのか……じゃあしばらくは言うとおりにし続けるしかないか…』


『まぁいいじゃねぇか。結構優しいほうだと思うぜ?』


『…お前も大変だったんだな』


『え?なんで?』


『もともとは上層で暮らしてたんだろ?』


『まぁ大変だったな。でも俺そういう意味で言ったわけじゃねぇんだけど…』



 リュウヤに少女の考えが伝わることはなく、リュウヤは拘束を解き終えた。



「僕らがいたことは絶対に公言しないこと。いいね?」


「それくらいはわかるわよ…」



 解放された女性の一人が憐みのこもった目で返事をした。

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