第4話 批判を躱そう 1

霞が関のオフィスビルの一室。

そこには出勤前の早朝にも関わらず、大勢の人々が集まっていた。


参列者は、各省庁の審議官や事務次官と云った、事務方トップの お偉方ばかり。

そんな雲上人に囲まれ、ヒエラルキー底辺の小鳥遊たかなしクンは、緊張のあまり、ガタガタと震えながら、部屋の中央に立つ。


「まぁ、楽にしたまえ」


この場の議長と思しき人物が、萎縮する小鳥遊クンに対し、さっそく無理難題を吹っかけてきた。


彼は、この針のむしろの様な会議室で、小鳥遊クンが呑気にくつろげる程、図太い神経を持ち合わせていると、本気で思っているのだろうか?


「はっ! 楽にさせて頂き、恐悦至極に ござい奉ります!」


しかし、出来ようが、出来なかろうが、上司の無茶振りに答えなくてはならないのが、宮仕えの務め。


小鳥遊クンは、直立不動の姿勢から微動だにせず、軍事教練のお手本の様な、<休め>のポーズをとった。


これは、運動会などで、誰もが一度は思う、「どう考えても、ぜんぜん休めてないじゃん!」で名高い、あの姿勢である。


「では、会議を始めよう」

そのまま、議長の開会宣言が、会議室に響き渡った。


……酷い話である。

どう見ても小鳥遊クンの横には、安っぽいパイプ椅子が、ちょこんと準備されているのだが、誰も其処には目を向けようとはしない。


悲しい事に、上役から「座れ」と云われなければ、下っ端雑魚の小鳥遊クンは、その場に立ったまま、一心不乱に全力で、「楽」を体現する他ない。


それが、周囲から嘲りと失笑を買うモノでしかなかったとしてもだ。


「では、今回の被害報告から始めます」


進行役の合図と共に、会議室の大型モニターには、被害現場の映像が写し出された。

毎度の事ながら、その生々しい惨状には、誰もが息を呑み、一様に黙り込む。


担当官の説明を交えつつ、次々と写しだされるのは、人智の及ばぬ自然災害と見紛うばかりの惨劇。


これが人の意志。

しかも、幼い少女の御業によってなされたモノだと、誰が想像できるだろうか?


【大気に眠るマナよ……】

小鳥遊クンの脳裏にも昨夜の光景が、エンリの声と共に鮮明に甦る。


原型を留めていないバイクや車の残骸。

倒壊し、折り重なった信号機。

へし曲がり、千切れ飛んだ道路標識。

路上に散乱するガードレールやアスファルトの切れ端……


住宅街に隣接する幹線道路で、極めて局所的に吹き荒れた風速35メートル以上の暴風は、重軽傷者 合わせて48名。被害総額1億円以上を叩き出し、その破壊の爪痕を、堅固なアスファルトに縦横無尽に刻み込んだ。


「いい加減にしてもらいたい!これで何件目だと思ってるのかね? 我が国の国庫は無限では無いのだぞ!」


被害総額の概算を聞き、顔面蒼白となっている小鳥遊クンを尻目に、まず口火を切ったのは、大蔵省の事務次官だった。


「彼女の所為で今年度も、予備費が どんどんと削られている。このままでは面倒な族議員が、予算編成に口を挟んできかねん情勢だ!」


会議室に怒声が響く。


お馬鹿な政治家相手に鍛えられた、鉄面皮の理性を持つエリート官僚が、此処では感情を隠そうともせず、怒りも露わに、本気で怒鳴り散らす。


「そうです。これまでに発生した数々の被害を鑑みても、これ以上、彼女を人口密集地に野放しにする事は、出来ません!」


続いて、血気盛んな警視庁の担当官が声を上げた。

そして声高に、エンリを首都近郊から無人島、ないしは監獄か、過疎地域へと隔離するべきだと主張し始める。


「ええ、私も思いは同じです。魔法技術を独占する為、彼女の存在を国民に隠匿し、罪を不問にするなど、法治国家において、ありえない蛮行です。彼女には法のもと、然るべき処断がなされるべきです!」


エンリを糾弾する勢力の尻馬に乗る形で、同席した検察庁の高官も声を荒げ始めた。

「エンリをどうにかしろ!」と云う声は、先程から大きくなるばかりだった。


「はて? 我が国の法に<<超常の能力>>に関する規定は、あったかな?」


だが、彼等のそんな熱い思いに対し、返って来たのは、冷たい失笑であった。


防衛庁の事務次官が、茶々を入れるように、周囲に質問を投げかけると、辺りは沈黙に包まれる。


答えに窮する出席者の、無言の圧力を一身に浴びた法務省の担当官が、恨めしい目を周囲に向けながら、渋々と立ち上がった。


「その様な規定は……ありません。法に記されていない以上、どの様な力を行使しても、それは違法行為とは呼べず、よって犯罪とは云えません。今後、何らかの処罰を お望みでしたら、速やかな立法化を待つ他ありません」


法治国家であるが故に、法に規定されていないモノは裁く事は出来ない。

また、如何に危険な能力だからとて、法的な根拠がなければ、規制をかける事は出来ない。


それは、至極当たり前の事。

そして、魔法が科学的に立証できない現状、状況証拠だけでは、起訴はおろか、逮捕すら不可能なのである。


「ですが、彼女が危険人物である事は間違ありません! あの化け物を封じ込める為にも、立法府に働きかけて、早急に魔法関連の法制化を行うべきだ!」


検察庁の高官は、拳を机に叩きつけ、苦し紛れの主張を繰り返す。


『無茶を云う……』

頭に血がのぼり、我を見失っている発言者を除いて、誰もが そう思った。


実際の所、魔法の使用を法律で禁じた国が無い訳ではない。

冗談みたいな話だが、カナダ刑法典の365条など、魔法を法的に禁止した国は、確かに存在する。


ただ、宗教分離が曖昧なイスラム圏の国を別にすれば、それらは総じて『魔法が使えるフリをする事』を禁じた法律であって、『魔法を実際に行使する事』を禁じたモノではない。


つまり、本物の魔法使いには無力なのだ。


その為、『本物の魔法使いに対して実行力のある法律』とは、少なくとも魔法の存在を肯定し、魔法の存在を前提としたモノでなければならない。


彼が云う様に、本気で『魔法使用に関する法律』なんてモノを国会に通すのなら、議員の先生方には、魔法の存在を信じている、頭が花畑な人と云うレッテルを覚悟してもらわなくては ならない。


そんなの誰が、やりたがる?

それに、よしんば通ったとして、誰がエンリを逮捕し、裁くと云うのか?


機動隊か? 自衛隊か? 多国籍軍か?


冗談は よして欲しい。少なくとも自分の部署は ご遠慮願いたいモノだ。

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