第3話 寝た子を起こすな

パパラパラパラー

「わぁぁぁ!」


草木も眠る丑三つ時、小鳥遊たかなしクンは派手な爆音と共に飛び起きた。

アパート脇の大通りを、大勢のバイクが「ヒャッハ-」と過ぎ去っていく。

窓を閉め切っていてさえ、目覚まし時計 数十個分の騒音が、部屋の中にまで響き渡る。


「今夜もか……」

小鳥遊クンを叩き起こしたバイクの爆音は、暫く待てども一向に鳴り止む気配をみせない。

いわゆる暴走族の お散歩コースに、このアパートは建っていた。


今日で連続3日。

深夜の乱痴気らんちき騒ぎに付き合わされて、小鳥遊クンの精神はボロボロだ。

切実に睡眠時間が足りない。


「うる……さい……のじゃ」

酷く不機嫌な声色を発し、小鳥遊クンの隣で寝ていた幼女が、ムクリと起き上った。

可愛らしい顔立ちの幼子おさなごは、そのこめかみに不釣り合いな青筋を立てて、ベットから這い出た。


「エンリ?」

小鳥遊クンが心配そうに呼びかけるも、幼子は意に介さず、ノソノソと窓際まで歩いて行くと、ガシッと窓枠に手をかけた。


「ねら……れない……のじゃ……めいわく」

幼子はガラッと窓を開け放つ。


「うわっ!」

ヒートアイランド現象で熱せられた空気が、室内へ どっと流れ込んで来た。

思わず小鳥遊クンは後ずさる。


流れ込んできたのは都会の熱気だけではない。

外を走り回るバイクの排気ガス。そして、改造されたマフラーが発する爆音は、開け放たれた窓から無遠慮に侵入し、アパートの一室を埋め尽くした。


「大気に眠るマナよ……の理……名の元に……」

幼子……小鳥遊クンに「エンリ」と呼ばれた その少女は、爆音轟く道路に向かって、何かを呟き始めた。

しかし、室内に反響する騒音の所為で、小鳥遊クンまで少女の呟きは届かない。


その所為で、小鳥遊クンの判断が一瞬遅れた。


少女の指先に光が灯る。

その光、正確には魔法陣の光跡を視界に捉え、ようやく状況を理解した小鳥遊クンは、慌ててエンリの元に駆け寄った。


「ちょ、待っ! エンリぃぃ!」

灰燼かいじんと化せ、羽虫ぃ!」


高らかに言い放つエンリの言葉に従うかのごとく、周辺の空気が一変した。


周囲の大気が急速に圧縮され、音の無い空間が形成される。

外の喧騒も排気ガスも、全ては分厚い空気の層に阻まれて、こちらにまで届かなくなった。


そして訪れる痛いほどの静けさ。

だが次の瞬間には、それまでのバイクの騒音を上回る爆音が周囲に轟いた。


「あ……えっ……まずぃ」

ズドンと云う音と共に、小鳥遊クンの鼓膜が揺さぶられる。

ぞわりとする第六感に突き動かされて、慌てて少女の元に駆け寄った小鳥遊クンは、急いで自分の腕の中にエンリをかくまった。


その瞬間、衝撃波が小鳥遊クンの住むアパートを襲った。


「痛っ!」

開け放たれた窓から室内に侵入してきた砂塵交じりの強風が、むき出しの手足を無遠慮に打つ。

寝る前に選んだパジャマが、薄手の短パンと半袖だった事を激しく後悔しながら、小鳥遊クンは腕の中で少女を庇い、ひたすら嵐の収まるのを待った。


それは時間にして十数秒。

一通り嵐が収まった後、小鳥遊クンは茫然と外を眺め、呟く。


「また、やってしまった……」


眼下には薙ぎ倒されたバイクが何十台と転がっている。

特攻服に身を包んだ人影も、何十人と転がっていた。


そんな地獄絵図とは対称的に、辺りは不気味なほど静かだ。

耳を澄ませば、あちらこちらから呻き声が聞こえるが、それ以外は静寂そのものだ。


ただ この静けさも、あと数分後には救急車と野次馬によって破られるのだろう。


勝手なのは理解している。

けど、「どうか これ以上、騒音を立てないで欲しい」と、小鳥遊クンは切に願う。


腕の中では、この惨状の元凶たる幼女が、安らかな顔で安眠を貪っていた。



     ◆◇◆



『……深夜に発生した突風は、バイク30台以上を巻き込む大きな被害を出しました。気象庁によると……』


朝のニュースをBGMに、朝ご飯をモキュモキュと食べながら、小鳥遊クンは盛大な溜息をついた。


「むぅ、経験値が溜まってない」


エンリは終始不機嫌な様相を崩さず、何度か窓の外を睨み付ける。

上空を報道のヘリが飛び交い、煩い事この上ない。


「エンリ。ヘリコプターを落としても経験値は溜まらないからね!」

「わかってるのじゃ。じょーしき」


またヘリコプターを落とされては溜まらない!と、気が気でない小鳥遊クンは、サムズアップしながらドヤ顔で答えるエンリから、目を離せないでいた。


彼女の云う常識を彼女が覚えるまでに、いったい何台のヘリコプターが、これまで犠牲になったのか、今は考えたくもなかった。


目の前の幼女、エンリの云う『経験値』が何であるのか、実際の所、正確な事は何1つ解っていない。

だが、彼女の言葉尻から、彼女が それを集めているのは確かで、エンリが巻き起こす騒動の動機ともなっている。


ピンポーン。


玄関のチャイムが鳴る。


「ひっ」

チャイムに驚いた小鳥遊クンは、か細い悲鳴を上げた。

居留守を決め込みたい衝動がムクリと起き上がる。


ピンポーン。ピンポーン。


しかし、チャイムの音は それを許さず、「居るのはわかってる。早く出やがれ!」と ばかりに鳴り響いた。


躊躇いつつも観念した小鳥遊クンは、溜息を1つ吐くと、ひどく緩慢な動作で玄関までおもむき、のっそりと扉を開ける。


バン!と勢い良く扉が開く。

「おはようございます。小鳥遊さん」


小鳥遊クンが ちょっとだけ開けた扉の隙間に、訪問者が強引に指と爪先を突っ込み、力任せに開け放ったのだ。


扉の前には怪しい格好の男性が立っていた。


「朝早くに申し訳ございません」


黒服にサングラス、額に青筋を立てた男性は、<鬼の様な形相で笑顔を見せる>と云う高等テクニックを駆使しつつ、服の内ポケットから さっと身分証を取り出し、小鳥遊クンに突き付ける。


「国家公安委員の小和持こわもてです。我々と同行していただけます……よね?」

「は……はひっ!」


哀れ……小鳥遊クンは、ヤクザ顔負けの厳つい おっさんに腕を捕まれ、黒塗りのリムジンへとドナドナされて行くのだった。


「いってらっさーい、なのじゃ」

部屋の奥からはエンリの呑気な声が聞こえてくる。


「ちょ!エンリ!何、部外者気取ってんの?これ、君の所為だかんね、わかってんの?!」

「……」


小鳥遊クンの必死の訴えに答える声は皆無だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る