#07 それって、どういうこと?!

 あれから、斉藤さんが私達の元へ戻って来ることは無く、帰る際もその姿は見受けられなかった。

 斉藤さんに相談したことによって判明した裕樹くんとありさの件については、とても嬉しく思ったのだけれど、何気に呟いた斉藤さんの一言が、最後まで気になって仕方が無かったのだった。


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 ────翌日。


 Truth

 PM 3:34


 仕事休みに、またコーヒーを淹れようとデスクを離れて間もなく、

『冗談じゃねぇ!』

 少し離れたミーティングルームから、中村さんの怒鳴り声が聞こえてきて、周りの、「またかぁ?」と、言う少し呆れたような視線に苦笑しながら、私はそっと近づき、ドア越しに聞き耳を立てた。


『どんだけ偉いか知らねぇが、んな要求呑めるかってんだ』

『……そっすよねぇ』

『お前だけ引き受けるってんなら、話は別だが』

『俺は別に構いませんけど、先方は俺より中村さんを求めているみたいだし……』


(もう一人は裕樹くんか。例の件で何か問題でもあったのかな)


 更に、聞き耳をたてていると、

「何やってんの?」

 と、いつの間にか化粧室から戻っていたありさに声を掛けられ、咄嗟に口許に人差し指を添えて静かにするように訴える。

「しーっ……」

「何、何? どうした?」

 小声で返してくるありさに、中の会話を盗み聞きしていたことを簡潔に話すと、苦笑いを返された。

「ここで話しているってことは、聞かれちゃマズイ内容なんじゃないの?」

「それはそうだと思うんだけど……」

「まぁ、気にはなるけどさ」

「でしょう??」

 お互いの顔を見合い、またそっとドア越しに耳を近づけて間もなく。不意に、ドアが引かれた事によって、私たちは大きく態勢を崩した。

「お前らだったのか……」

 そんな私達を見下ろす裕樹くんの、冷めきった視線と目が合う。

「まさか、盗み聞きしてたとか言わないよな?」

「あはは、ごめん」

 よく見てみると、二人ともかなりゲッソリしているように見える。

 と、今度はありさが視線を泳がせながら口を開いた。

「今回は、いつもよりも大変だと思うけど、あたしも何か雑用くらいなら手伝うから、遠慮なく言って」

「お前、熱でもあるんじゃねーか?」

「あんたねぇ、人がせっかく親切で言ってるのに……」

「いや、なんか。気持ち悪いくらい素直だからさ」

 裕樹くんは、一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


(二人とも、なんかいい感じなんですけど……)


「真部、とりあえずこの件に関しては保留のままでいいな」

「はい」

「お前から連絡しておいてくれ」

「了解です」

 中村さんは、裕樹くんにそれだけ言うと、ソファーに乱雑に置かれていたスーツを着ながらミーティングルームを後にした。

「あんな中村さん、初めて見たかも……」

 ふと、私がそんな言葉を漏らしてすぐ、裕樹くんが欠伸を堪えながら言う。

「今回は、どうしても成功させたい気持ちが強くてさ」

 今回の依頼は、大手映画会社の話題作ということで、音響を担うことになった中村さんと裕樹くんは、完徹に近い状態で挑んでいる。

 そこで、プロデューサーから舞台挨拶前の宣伝をお願いされたそうで、中村さんはその処遇がどうしても受け入れられないらしい。

「俺たちの仕事は、あくまで裏方だと、何度説明してもダメでさ。とりあえず、考えさせて貰うことにしたんだ」

「中村さんが怒るのも無理ないね」


(先方が、表に出て欲しいと思う気持ちは分からなくもないけれど……)


 何度も言うが、2人とも裏方にしておくのは勿体ないほど整った顔立ちをしているし、中村さんに関しては、剣道で鍛えた程よい腕の筋肉や、少し鼻にかかってはいるけれど、低く厳かな声も魅力的だったりするからだ。

 これまでも、その手の話はあったと聞いている。でも、今回の先方様はかなり不躾で、強引なようだ。

 今夜は家で、何がなんでも寝倒してやる。と、言って大あくびをする裕樹くん。私は、一人うつむき加減なありさの方が気になり、裕樹くんがこちらに背を向けたのを見計らって、ありさにそっと耳打ちをした。

『素直になるんだよ』

 すると、ありさは真っ赤になりながら、コクリと小さく頷いた。

 その後。結局、思い切ったありさが裕樹くんを誘い、『MIRA』にて告白することになったのだけれど、間もなくして、私達は斉藤さんの言っていた、裕樹くんの、もう一つの想いを知ることになるのだった。


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 PM 9:23

 遥香の自宅


 ありさからのLIMEを受けていたことに気付いたのは、お風呂を済ませ、ソファーで寛ぎながら缶ビールを飲んで一息ついていた頃だった。

「おおっ、来た来た!」

 自分のことのように、ドキドキしながら読み進めていると……

「え、なんで……」

 堪らず、驚愕の息を漏らした。

 そこに書かれてあった内容が、思っていたものとは全然違っていたからだ。

 SOSメッセージを読み終わってすぐ、パジャマから私服に着替え、スマホを手に家を出た。



 それから、すぐにMIRAへと向かい、いつものカウンター席で一人佇んでいるありさの横に、寄り添うように腰掛ける。

「ごめんね遥香。こんな時間なのに……」

「ううん、それよりどうして?」

 俯いたままのありさを気に掛けながらも、斉藤さんの姿を探してみる。


(今夜もお休みなのかな……)


「なんかね」

 私は耳を傾けながらも、いつものカクテルを注文した。

「あいつも、私のこと想っていてくれたみたいなんだけどね」

「うん」

「その先は、無理だって言われちゃったんだよねぇ」

「そこが分かんないなぁ。それってどういうこと?」

 一点を見つめたまま、哀しそうに瞳を細めるその横顔を見つめながら尋ねる。と、ありさは無言で小さく首を横に振った。

「理由までは話してくれなかったってことか」

「そゆことぉー」

 ありさは、カクテルを飲み干してまた同じものを注文し、そこへやってきた私のカクテルに空のグラスを近づけて、「お疲れ」と、呟き、テーブルに突っ伏すようにしてこちらに顔を向け、やんわりと目蓋を閉じた。

「今夜はとことん付き合うぞ」

「……ありがと」

 私は、彼女を励ましながらも、裕樹くんがありさを受け入れられない理由を考えていた。

 後に判明することになるのだけれど、私が想像していたよりもずっと深刻な問題が、二人の間に立ち塞がっていたのだった。

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