第43話 未来へ

 漆黒の闇に銀色の巨大な三日月が輝いていた。白や青の星ぼしがその周囲に散らばって夜空を装飾している。大地にはポラリス号が月光を浴びて鈍い光を放ち佇んでいた。その横に放棄されたままの井戸と畑があった。ポラリス号の前にミゲルの操縦する宇宙船が着地する。懐かしの我が家にとうとう到着したのである。

 

 ミゲルは宇宙船から出ると真っ先に畑へ向かった。収穫されずにほったらかされた野菜が枯れてカラカラになっている。

「植え直しだな」

「新しい宇宙船の植物プラントから移植すれば大丈夫よ」

ハルカが肩を叩いた。

「ニライと、ムサシに挨拶しないとな」

皆は墓地へ向かった。と言っても埋葬した上に木の枝で作った十字架を刺した至ってシンプルな墓が二つ並んでいるだけである。

「ニライ、帰ってきたぞ。ムサシもな。これからはお前たちとずっと一緒だ。ここで子供達を見守ってくれ」

ミゲルはそう声をかけると墓を後にしてポラリス号へ向かった。

 

 ポラリス号の中は少し埃が積もっていたが、昔のままだった。二十二年間ミゲル達と運命を共にしてきた船だ。これからも皆の家として使われる。新たに宇宙船が増えたから、もう少したら子供達はそちらの船へ引っ越しても良いだろう。そこで新たな家庭を築けば良い。

 

「帰ってきたわね!」

アリッサが嬉しそうに伸びをした。

「懐かしの我が家だな」

タイガはそう言うとアリッサを抱き上げた。皆は久しぶりのタラゴンに興奮していた。とりわけ、子供達はそうだ。何しろ彼等にとってはここが生まれ育った故郷なのだ。もう異能力を制限する必要もない。彼等自身の生きる力、本能に従って思い切り使えば良いのである。

 

「なあ、お月見しないか?」

ブランカがアマラに声をかけた。

「ええ。そうよね。せっかく帰ってきたんだものね。貴方達も行くでしょう?」

アマラがリタを誘う。

「もちろんよ」

四人はポラリス号のタラップへ座り込んで月を眺めた。月は力強くも優しいエネルギーを放っていた。静寂が辺りを包んでいる。穏やかな風がサラサラとそよいで、四人の髪を撫でていった。


 アマラが耳を澄ます。

「……聞こえるわ。月の声が」

一同は一斉にアマラを見つめた。

「何て言ってるんだ?」

 

『幸せであれ。強く生きなさい。ここタラゴンの地で』

 

アスターはフッと笑う。

「もちろんさ。その為に俺達は帰ってきたんだ。皆で異能者が自然に生きていける世界を作ろう」

草原の向こうから獣達の声が聞こえる。野生の音楽だ。草むらから、ミライの姿が現れた。金色の毛皮が月の光に当たって輝いている。闇の中を緑に光る目が照らしていた。

「あら、ミライ。お出迎えね? いい子にしてたのかしら?」

アマラが語りかけた。ミライはアマラに近付くと、アマラの膝に頭を擦り付けて甘える仕草を見せる。

「何か言ってるのか?」

ブランカが訊いた。

「おかえり、寂しかった、って」

「そうか。これからは何時でも会えるからな」

ミライはひとしきりアマラに甘えると、再び闇へ消えていった。


 翌朝、アスターとブランカは草原へ狩りに出かけた。久しぶりに見る明るいサバンナはまるで野生の楽園で、二人はしばらくぶりに血が沸き立つのを感じた。明け方の空に白く霞んだ月が残っている。あの月の波動と共に生きていけば良いのだ――そう思うとアスターは胸が一杯だった。二人は今頃何処にインパラが居るか忘れてはいなかった。この時期は岩山から少し離れた草むらに群れが居る筈である。


 二人が萌黄色の草むらに近づくと――やはりいた! オレンジ色の毛づやの良い数十頭のインパラが、群れをなして佇んでいる。

「アスター、どれにする?」

ブランカが草むらに潜みながらアスターに訊いた。

「そうだな……あ、アイツにしようか。群れの一番左端に居る奴。よし、行くぞブランカ!」

アスターは念動力でインパラを中に浮かせると、二人の前へ引き寄せた。ブランカが空気を貯めて空圧波を命中させる。凄まじい衝撃で腹を射たれ、気絶したインパラにアスターがナイフで止めを刺した。

「懐かしいな、この感じ。この、生きてるっていう感じ」

アスターはインパラを肩に担ぐと、来た道を歩き出した。何処からかミライがやって来て、アスターの膝に体を擦り付けた。

「よう、ミライ。お前も狩りに行ったのか?」

ミライはゴロゴロと喉を鳴らすと、再び草むらに消えて行った。明日もまた狩りに行くのだ。ここタラゴンで力強く美しい自由を謳歌しよう。ミライの様に。野生の唄を歌いながら歩いて行こう。この命が尽きるまで――。アスターは固く決心した。

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異能者の惑星 夢咲香織(ユメサキカオリ) @kotsulis

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