惑星タラゴン

第11話 惑星タラゴン

 翌朝、ミゲルは皆を食堂に集めた。

「どうやら海賊は諦めたようだ。今日から周辺の調査をしようと思う。俺とタイガでバギーで周囲を見てくる」

「私も調査に出たいわ」

サライが眼鏡をかけ直しながら訴えた。地球に良く似た星であればなおの事、それを確認するために調査する必要がある。

「安全を確認してからだ。それと、惑星の水分含有率だがな。そもそもそれは惑星上空から海の面積を測定した上で、音波探査によって深さを割り出して計算する予定だった訳だが、飛べないんだからその調査は諦めるしかない。それにだ、博士も昨日見た通り、この惑星には地球と同じように大きな海がある事が既に分かった訳だ。基本的に地球の環境と大差無いとみて良いんじゃないか?」

「そうね。確かに地球にそっくりだわ」

「今や調査どころか、地球に帰ることさえ危ういんだ。焦っても仕方がない。先ずは生き延びることを優先させよう」

サライは落ち着いて考えてみた。確かにミゲルの言う通りだ。生き延びない事には何も始まらない。

「……分かったわ」

「タイガ、生体反応はどうだ?」

「三時の方向に反応あります。何かは分かりませんが」

「よし、調べてみよう」

 

 ミゲルとタイガは格納庫からバギーで外へ出た。念のため、腰にレーザー銃を下げていた。確かに生体反応があったのだ。何かは不明だが、危険な生物かも知れなかった。外は見渡す限りの大平原である。疎らに樹木の姿が見える。遠くにエアーズロックの様な青い岩山があった。スカイブルーの空は高く澄み渡っており、白い太陽がジリジリと地面を照り付ける。地球では既に絶滅の危機に陥っている手付かずの自然がここにはあった。その圧倒的な力強い美しさにミゲルは呆然とした。

「まるで地球のサバンナですね」

タイガが周囲を見渡しながら言う。

「そうだな。これで野性動物が居れば、完全にアフリカのサバンナだな」


 少し離れた所に黒い塊が見えた。ミゲルはバギーを停め、フィールドスコープで覗いてみた。驚いたことに、それは禿げ鷲に良く似た鳥の群れだった。何かの死骸をついばんでいる様だ。宇宙を飛んできたのは実は夢で、ここは本当は地球なのではないか? ミゲルはそんな思いに駈られた。唖然としたまま、しばらくミゲルはスコープを覗いていた。

「何です?」

「禿げ鷲だ」

「えっ?」

「見てみろ」

ミゲルはフィールドスコープをタイガに渡した。

「驚いたな。これじゃ、本当にサバンナだ」

「博士が見たら狂喜するな」

「まるで冗談みたいですね」

「取り敢えず、生物が居ることは分かった訳だ。この環境なら、十分人類が住めるな」

ミゲルはバギーを発進させた。しばらく走るとインパラに良く似た動物の群れがバギーの前を横切って行った。ねじれた大きな角に艶やかなオレンジ色の毛皮。力強く地面を蹴って駆けて行く。

「今度はインパラか。もう俺は何を見ても驚かん」

「こんなに地球そっくりの星を見つけたのに、知らせることが出来ないなんて悔しいですね」

「俺達が帰らないことを知って、第二次調査隊を送り込んでくれれば良いんだがな」

「中央政府がそんなに気が利くとは思えませんが」

「まあ、落ち着いたら一応SOS信号を出すさ。地球へは届かんだろうが」


 ミゲルはポラリス号から半径十キロ程をぐるりと周回した。途中で水牛に良く似た動物を見かけた。いよいよ地球のサバンナだった。

「この調子だと、いずれ肉食獣も出てくるな。地球とそっくりの生態系らしいからな」

「ライオンとかですか?」

「多分な」

「船長の言っていた地球型原始惑星じゃないですか。良かったですね」

「そうかもな。よし、戻って報告しよう」

 

 ポラリス号に戻った二人は皆に周辺の状況を説明した。皆驚きを隠せない様だったが、ミゲルの予想通り、サライは興奮の余り叫んだ。

「やったわ! 地球型惑星の発見よ! これは人類史上最も偉大な発見よ。これで人口問題は解決するわ!」

「ですが、地球へ報告する術がありませんね」

ニライが溜め息をついた。

「こうなっては運を天に任せるしかありませんね」

ハルカも溜め息をついた。

「予定では、一年かけて惑星を調査する筈だった。つまり地球の連中が俺達が帰ってこない事に気が付くのは二年近く経ってからだ。気付いてすぐに地球を出発しても此処へ来るまで半年はかかる。最低でもこれから二年半はここで暮らす事になるな」

「サバイバルね」

アリッサが目を輝かせた。地球とは異質な星なら困難も桁違いだろうが、ここは地球型惑星である。基本的に地球でサバイバルするのと違いはあるまい。

「何だ、アリッサ、嬉しそうだな。ついにお前も動物的本能に目覚めたか?」

タイガが食ってかかる。

「うるさいわね」

「二人とも止めないか。これから長いこと一緒にやっていくんだぞ」

「だって船長、タイガが突っかかるから」

「それはお前の方だろ」

「ホホ。二人とも仲が良いんですね」

マムルがからかった。

「やめて下さいよ、ドクター!」

アリッサとタイガが同時にテーブルを叩いて叫んだ。

「ホホ。やっぱり仲が良いですね」

「今日はこの後自由時間とする。ただし、船から遠く離れる場合はバギーを使う事。まだどんな危険な生物が居るか分からんからな。それと、無線連絡機を常に携帯する事。解散」

 

 ミゲルはそう告げると船長室へ閉じ込めていたムサシに小型発信器を着けに行った。

「ムサシ。タラゴンに着いたぞ。もう外へ出ても良いぞ。地球にそっくりだが、危険かも知らん。外へ出ても余り遠くへ行くなよ」

ミゲルはムサシの顎を撫でて言い聞かせる。ムサシは嬉しそうに目を細めると、伸びをしてから部屋を出ていった。タラゴンに到着出来た嬉しさと、この先の不安が交互にミゲルを襲った。このまま地球へ帰れなかったら? その時はここに骨を埋めるまでである。どうせ地球に家族も居ないのだ、サバンナで暮らすのも悪くはない。地球へタラゴンの事を報告出来ないのは残念だが、地球人がわんさとここへやって来て開拓し、やがてこの美しいタラゴンも人間で溢れる事を想像すると、いっそ誰にも見つけられない方が良いのではないかと思い始めていた。その方が、この野生の王国にとっては幸せな事に違いない。地球の自然破壊を経験してきた者にとっては、ここは正に奇跡の楽園だった。

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