第6話 船外活動

「皆、そろそろワープフィールドを抜けるぞ」

船内にミゲルの声が響いた。ポラリス号は眩しい光のワープフィールドから突如マシリ空域へと抜け出した。目の前に無数の宇宙船の残骸が迫る。

「デブリだ! 回避!」

ミゲルが叫んだ。

「無理です! こんなに沢山散らばっていては」

タイガが絶望的な声を上げる。無数に散らばるデブリをかわす事はコンピューターでも不可能だった。小さなデブリの一つが船体に当たった。ポラリス号が激しい衝撃に曝される。警報アラームが操舵室に鳴り響いた。

「クソッ! ワープしろ!」

「了解!」


 ポラリス号は再びワープフィールドへ突入した。ワープフィールドへ入ってしまえば障害物は無い。

「タイガ、被害状況を報告しろ」

「通信用の発信器が損傷しました。修理可能です」

「そうか。警報解除。次のナカイ空域で修理しよう」

タイガは警報を切った。だが再び警報が鳴った。

「今度は何だ?」

「先程の衝撃で航行システムにエラーが生じました。次にワープフィールドを抜けた時、何処の空域へ出るか不明です」

「システムは修復可能か?」

「はい。初期化すれば直ります」

「では初期化しろ」

「了解……システム、正常に戻りました」

「仕方ない。次にワープフィールドを出たら、改めて位置を確認して航路を組み直そう」

ミゲルは大きく溜め息を付いた。とにかく、航行不可能になるような大きな損害が出なくて幸いだった。

「航路はクリアーなんじゃなかったんですか?」

ニライが不服そうな声を上げる。

「事前のデータではな。だが宇宙では何が起きるか分からん。全てを把握するなど不可能だ」

「あの残骸、何だったんでしょう?」

「さあな……他の宇宙船との衝突事故か、それとも宇宙海賊にでもやられたのか……。いずれにせよ、今そんな詮索をしても仕方がない」

「はい」

ミゲルの言う通り、宇宙は刻々と変化しているのだ。文句を言っても仕方が無い。動きに対応していくしか無いのだ。ミゲルはインターホンのボタンを押した。

「ヤナーギク、来てくれ」

しばらくしてヤナーギクが操舵室へやって来た。

「何でしょうか?」

「先程のデブリの衝突で、通信用の発信器が壊れたんだ。次にワープフィールドを出たら、修理してもらうから準備しておいてくれ」

「了解しました」

ヤナーギクはそう返答すると、修復用の予備の備品が収納してある倉庫へ向かった。発信器のパーツを探し出す。かなりの大きさだが、作業は宇宙空間でやるのだ、重さはそれ程問題にならないであろう。

 

 一ヶ月半が経過した。ポラリス号はワープフィールドを抜け、通常空間へ回帰した。空間はクリアーだった。近くで巨大な恒星がオレンジ色の光を放っている。

「ここが何処だか分かるか?」

ミゲルはニライに現在位置の検索をさせた。

「ちょっと待って下さい。ええと……あっ、分かりました。あれは恒星カリスタです」

「近いな……発信器の修理は諦めた方が良いかな?」

「どうしてです?」

ヤナーギクが訊いた。

「恒星に近すぎる。船外活動は危険じゃないか? それに、どのみちもう地球との通信可能領域は過ぎているのだし」

「ですが、これから万が一他の船と接触するような事態になった時に必要ですし、地球へ帰還する時にも必要になります。通信出来なければSOSも送れません。他の空域だって安全かどうか分かりませんし。やりますよ」

「やってくれるか」

「もちろんです。僕はその為に居るんですから」

「タイガ、周辺の宇宙線濃度は?」

「基準値です」

「よし、やってくれ。アリッサ、宇宙服のチェックをやってくれ」

 

 ヤナーギクとアリッサはロッカールームへ急いだ。ヤナーギクが船外活動用の宇宙服を着込み、アリッサが装備をチェックする。

「ヘルメット接合部、ロック」

アリッサはチェックシートを読み上げていった。

「ロックしました」

「酸素ボンベ、残量確認」

「酸素ボンベ、確認しました」

「スーツ内気圧、確認」

「スーツ内気圧、確認完了」

「命綱用ハーネス、装着」

「ハーネス、装着完了」

「オーケイ、大丈夫ね」

「有り難う、行ってくるよ。船長、宇宙服装着完了。これから第四エアロックへ向かいます」

「了解した。命綱忘れるなよ」

「了解」

 

 ヤナーギクはエアロックへ入った。命綱をハーネスに装着する。予備の通信用発信器のパーツをを背負った。かなりの重さだが、エアロックの外へ出れば無重力である。ヤナーギクはエアロックを解除した。エアロックの空気がどっと船外へ拡散すると同時に、ヤナーギクの体も宇宙へ放り出される。ヤナーギクは命綱を掴むと、手で手繰り寄せるようにして船へ近付いた。船体に設置された梯子はしごを掴み、一歩一歩登って行く。

 

 背後に巨大なカリスタの圧倒的な存在感を感じた。この巨大な星に比べたら、人間などちっぽけである。文字通り、吹けば飛ぶような存在だった。ポラリス号ですら、この恒星の前ではただの小さな黒い点に過ぎなかった。

 

 通信用アンテナにたどり着いたヤナーギクは、損傷したパーツを船体から外して宇宙空間へ放り投げた。新たに背負ってきた発信器を装着する。作業自体は難しいことは無かった。ここが宇宙空間である事を除けば。マニュアル通り、パーツを通信機に嵌めていく。無事作業を終えたヤナーギクはホッと一息ついた。その時である。背後のカリスタが大きな炎の柱を吹き上げた。

 

「フレアだ!」

ミゲルの叫び声がヤナーギクのヘルメット内に響いた。ヤナーギクは思わず後ろを振り向いた。オレンジ色の光が目に飛び込んで来る。操舵室に警報が鳴り響いた。ヤナーギクはフレアの余りの壮大さと色彩の鮮やかさに思わず見とれた。

「美しいな……」

危険に瀕しているというのに、何故かそんな言葉が思い浮かぶ。

「ヤナーギク、すぐに戻れ! 危険だ!」

ミゲルの叫び声でヤナーギクは現実へ戻った。ヤナーギクは急いでエアロックに向かうが、無重力空間では思うように急げない。もがくヤナーギクに膨大な量の放射線が降りかかった。

 

 ヤナーギクは一瞬体の力が抜け失神したが、力を振り絞ってエアロックへ戻った。戻ったヤナーギクはボタンを押してエアロックを封鎖する。同時に自動で空気が部屋に充填じゅうてんされた。ヤナーギクはもうこれ以上自力では動けなかった。床に倒れこむと、

「駄目かな……」

と呟いた。

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