第6話

 俺、実は凄い。

 森で随分長く過ごしている俺だが、今の身体になってようやく木の身体では気付けなかった特異性に気づいた。

 真っ暗な森の中でも夜目がきいて視界良好、なんか人間じゃないっぽい、あ、精霊だったわ俺。

 木の根や転がっている石、それも草や枯れ葉で隠れていたりして、普通の人間なら歩きにくいだろう森を、なんの確認もなしでひょいひょい足を踏み出して躓かないし、今まで歩いた箇所は完璧に頭に入っていて、道を間違えることなど絶対にない。

 前世の方向音痴な俺など存在しないのだ。

 そんなこんなで森の中をしらみ潰しに歩き回り、知らないところなど一つもない無敵状態になった俺は、生命力溢れる濃い緑の森を全速力で駆けていた。


「だからっ、なんで、この森の虫は、みんなでかいんだよぉぉっ!」


 夏だからか、最近はとにかく虫が多い。

 今日も三十センチのセミやカナブンが次々と突っ込んでくる。

 その突拍子のなさにはいつも驚かされているが、実は凄かった能力をフルに活用した俺は、今日も華麗に逃げていた。

 涙をダバダバ流している為、視界は歪んでいるが、俺を庇ったシラタマが尻尾を振り回し、虫を撃退してくれている雄姿はしっかり見えている。とてもありがたい。


「シラタマ大好きだっ」


【カブトムシだってクワガタだって三十センチです】


「いやいや、男の子がみんなカブトムシやクワガタで喜ぶと思ったら、大間違いだからねっ!?」


 シラタマに感謝すると、それに張り合うようにかなちゃんがいらない情報をくれた。俺の虫嫌いを真に理解出来ているとは思えない。


【進化できます。進化先を選んで下さい】


「え、今っ? え、タイミング悪っ!」


 虫から逃げ惑っているさなか、俺はようやく最終進化の時を迎えていた。






 精霊樹人 レベル30(進化先を選んで下さい▼)

 【スキル】

 恐怖耐性20 歩行24 うるおい素肌19 変化5 歌舞12 魔力転換8



 ようやく進化に漕ぎ着けた訳だが、本当にここまで長かった。

 今日まで気にしたことはなかったが、こうしてみるといろいろ増えている。

 『変化』は冬芽ちゃんを生やした時に出たスキルで、その後寝ぼけた時に勝手に手足が枝や根っこになったりしていろいろ驚かされた。今では自由自在に身体のどんな部分でも木に変化することが出来るようになっている。

 何の役にも立ちそうもないスキルだけど、足の親指を根っこにして良質な水や土に触れた時の気持ち良さは格別で、なんだかんだで俺って木なんだなと再確認させられる。

 『歌舞』は毎日精霊相手に歌って踊って遊んでいた時に生えた。働かなかった日々の証明のようで、見るだけでなんとなく後ろめたい。良い思い出ということで今はそっとしておこう。

 『魔力転換』は、魔素をスーハーしはじめると共にガンガン上がった奴だ。これがあると空気中の魔素を魔力に換えることが出来て、魔力が切れることなく魔法が使えるらしい。

 かなちゃんからそれを教わった俺は、結構いろいろ試してみたのだが、結局魔法が発動することはなかった。

 一人『ファイアボール!』と叫び空振りに落ち込み、かなちゃんに優しく慰められたのは良い思い出だ。

 さて、これまでを振り返り終えた俺が、若干遠い目になりながら三角をタップした結果はこちら。



 【進化先】

 精霊神后(災厄の神霊、悪性の超自然的存在、最凶)

 精霊樹神(不滅の聖霊、善性の超自然的存在、最優)



「ふあ……っ、神?」


 ま じ かーっ。そりゃ、服くらい作れて当然だよなぁ……。

 仮にも神様だから、最弱じゃなくて最優になっているんだろうか?

 なんか、大人の配慮みたいなものを感じる……。


 俺はなんとなく世知辛い気持ちになりつつ、迷うことなくさっさと精霊樹神を選択した。

 災厄の神霊とか、見るのも怖いし選ぶ訳がない。

 今の俺にはシラタマがいるし、多少弱くたって何の問題もないのだ。



 精霊樹神アパ 善属性

 【スキル】

 恐怖耐性20 歩行24 うるおい素肌19 変化5 歌舞12 魔力転換8

 【種族スキル】

 全言語理解 不滅 癒し 演奏 創造魔法 原始魔法

 【神器】

 リラ



「おおおっ、やった! やったぞっ!」


 すごいことが起こった……っ。

 ……とりあえず、ステータスの全てを確認したい気持ちは後回しにして言いたいことがある。


 ☆祝☆ 生 え ま し たぁぁっ!


「うぉぉぉぉっ!」


 その他の見た目はそれほど変わらなかったが、なんと俺、股間から枝じゃないちゃんとしたものが生えた。

 無駄毛も脇や股間の大事な毛さえも無い俺だが、もうそんな些細なことは気にしない。だって生えたのだからっ!


「久しぶりだな、我が息子よ。ん、うーん……少し小柄になったか? いや、まだまだ成長期のはずだ……」


【もう成長はしません】


「あ、うん……」


 股間をじっくり眺めて泣きながらニヨニヨしたり、かなちゃんの一言に落ち込んだりした俺だけど、ツルツルだった頃を思えば十分幸せだ。幸せなのだ。

 改めてその幸せを噛み締めた俺は、ステータスに向き合うことにした。


「それはそうと……俺の名前ってアパなの?」


【はい、最高のお名前ですね、アパ様】


「え、あ、うん? 最高かな? なんかまぬけそうで――」


【浄化・生命・芸術など、有望な分野を司ることの出来る良いお名前です】


「そ、そっか。ところで、この神器って?」


【神に至ったアパ様に一番相応しいと思われる神器が体内に備わっています】


「え、俺、すごい。それって神様の普通なのか? あ、わかった。なんか身体の中にあるし」


 教えてもらうまでもなく体内に存在している神器を意識できた。

 手の甲に浮かび上がってきたキラキラと発光した植物の蔓を模した綺麗な模様をみる。


「ふんぬぅーっ」


 そこを意識して少し気合を入れると、ちょっとまぬけな声がでた。次からはちょっと気をつけようと反省しつつ、次の瞬間俺は左手に小さなハープみたいなものを持っていた。


「おおおっ、これが神器のリラ? 見たことない楽器っ」


【力を行使するもよし。増幅するもよし。ただただ、演奏して遊ぶもよしです】


 俺の知っている物でリラと一番形やサイズ感が近い物は、天使が持っている小さなハープだろうか。まぁ、あれよりもかなり複雑な作りで見ただけでワクワクするような繊細で美しい楽器だが……。

 リラを摑んでいる箇所からじんわり力が湧いてくるようで、なんかすごい物だということはすぐに理解できた。


「ふむ? なるほど」


 不思議に手に馴染むそれを奏でる。はじめましてな楽器なのに簡単に演奏できた。これは良い物だとホクホクしながらひとまず体内に戻す。


「あとこれ、すっごい気になるやつがステータスに生えてる」


 大量に増えたチート臭漂う種族スキルの中でも……一際輝いている魔法の文字がっ!


「創造魔法と原始魔法って何?」


【その名の通り、創造はたいていの物を自由に創造できますし、原始魔法は大地の活性化や希少植物の萌芽など生命に関する奇跡を起こすことが可能です】


「……えーと、いや、すごいことはわかったけど……ほら、なんか炎の玉で攻撃したり、氷の槍をぶん投げたり、竜巻で敵を吹き飛ばしたり……え、えっと攻撃魔法とかは?」


【種族特性としてアパ様に攻撃手段は皆無です】


「え……だって、ファイアボールとか、かなちゃんのお勧めで練習したよね?」


【あれはただのデートです】


「で、デート? ううん? 言われてみれば湖で二人きりではあったけど……」


【とてもとてもいい思い出です】


「う、うん……」


【アパ様は種族特性として攻撃手段を持ち得ませんので、生モノを盾にして危険は避けて下さい】


「えっと、生モノじゃなくてシラタマだよー」


【奇跡の愛され体質です自信を持ちましょう】


 騙したお詫びなのか、意味のわからない褒め方をするかなちゃんの言葉を聞きながら、シラタマのお腹のポヨポヨに俺は慰められた。

 そして、落ち着きを取り戻してみれば気になるのはやっぱり創造魔法だ。


「自由に創造って、もしかして?」


 かなちゃんに聞いた創造魔法のコツはグッとしてヌロロゥだそうで、俺は目出度く初の魔法に成功した。

 グッとしてヌロロゥ! と心で叫んだ後、手のひらに出現したのは、コンビニでよく買っていた税込価格三百二十円のデコプリンで、俺は感動のあまりガン泣きしながらプリンを伏し拝む。

 今となっては何故あそこまでファイアボールにこだわっていたのかが全くわからない。濃厚な甘いプリンの上に載った生クリームも季節の果物も最高だった。

 こんな偉大な創造魔法様をファイアボール如きとくらべて残念に思っていたなんて、土下座して謝りたい。

 俺は何も知らない若輩者でした本当にごめんなさい。これからもどうぞよろしくお願いします。

 でも、ちょびっとだけファイアボールに未練はある。だって男の子だもん。














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