第8話 カレー

 大学生活初の夏休み。二か月という長期の休みを満喫していると、未来の俺から連絡がきた。


 未来の俺:富士山登ってきた

 過去の俺:Mt. Fuji

 現在の俺:いいねー。一泊?

 未来の俺:日帰り。なかなかタイトなスケジュールだった

 現在の俺:お疲れ。単独で?

 未来の俺:いや、会社仲間と一緒に登った

 過去の俺:今更だけど、会社でどんな仕事してるの?

 未来の俺:薬つくってる

 現在の俺:ヤバい方の?

 過去の俺:麻薬とか?

 未来の俺:分かってて訊いてるだろ。医薬品だよ、まともな方の薬だ

 現在の俺:研究者?

 未来の俺:いえす

 過去の俺:かっこいい

 未来の俺:……

 現在の俺:照れてる

 過去の俺:かわいい

 未来の俺:うるせえ


 夕飯は父さんの手作り激辛カレーだった。

「父さん、毎回言ってるけど、この辛さどうにかならないわけ」

 翌朝には唇が腫れあがって、たらこ唇になるんだよな、いや、マジで。

「カレーは辛くないとカレーじゃないだろ」

「いや、その辛さにも限度があるでしょ。もうちょい甘くても十分カレーだと思うけど」

「あまーい! この夏休みにインドに行ってきなさい。父さんも学生の頃にインドでカレーを食べて目覚めたんだ」

 父さんはカッと目を見開いた。

 海外行ったことないんだけど、初めての海外旅行がインドってハードル的にどうなんだろ。どっちかって言うと、アメリカとかヨーロッパの方がザ・観光地って感じでハードルは低そうに思える。まあ、物理的な距離だけで考えれば、インドは近いし、ありという気もするが。

 ただ……金がない。カテキョーのバイトは続けているが、高校の卒業旅行で沖縄に行ったときの返済で大分持ってかれて、その後もちょくちょく欲しいゲームに使っているから、銀行には雀の涙ほどしか残っていなかった。

 とても海外旅行ってわけにはいかないな。

「旅費は出してやる」

 こういう話はいつもであれば宙ぶらりんで終わるのだが、今日の父さんはとことんまで話すマジモードのようだった。

 旅費を出してくれるのなら、断る理由はない。

「分かった。インドで本場のカレーを味わってくる!」

 俺と父さんは腕を絡ませて、男の約束をした。

 涙が出そうになった。

 言っておくが、カレーが辛すぎたからってわけじゃないぞ。


 現在の俺:――って感じでインドに行くことになった

 未来の俺:懐かしい

 過去の俺:そうか、俺の初海外はインドなのか

 現在の俺:カレーに目覚めた?

 未来の俺:目覚めた!(俺は目を見開いた)

 現在の俺:……マジか

 未来の俺:なに、嫌なの?

 現在の俺:別に嫌というわけじゃないんだが、翌朝唇ヒリヒリしてまで激辛カレーを食べるようになるって、一体どんな心境の変化なのかなと思ってさ

 未来の俺:時期に分かるさ。すでにカウントダウンは始まっている

 過去の俺:炸裂厨二病!

 現在の俺:てか、気になるのは、薫も母さんも一切文句言わねえんだよな。カレー辛すぎねえって訊いても、「別に。兄貴の舌がおかしいんじゃない」とか「結婚してからずっとこのカレーだからね」とか言って話にならないし。うちの家族は一体どうなってるんだ。まあ、海ぶどうも俺だけが嫌いだし、味覚が違うっていうのはそうかもしれないけどさ

 未来の俺:いやいや、まだお前の舌が覚醒してないだけだ。インドに行けばこれまで味わってきた世界がいかにちんけなものだったか思い知るだろうさ

 現在の俺:……どうした? やけに今日は厨二病臭いぞ

 過去の俺:ついに頭がおかしくなったか

 未来の俺:わるい、ちょっとそういうテイストの漫画をさっきまで読んでて、それに引っ張られたわ

 過去の俺:勉強しろ

 現在の俺:結婚しろ

 未来の俺:……今日はやけにコメントが辛いな、お前ら

 過去&現在の俺:お前が甘すぎるんだよ!

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