第29話 アルミがある!?

「リュートちゃん、聞いてるわよ。アニエスちゃんをこき使ってるんですってね」


ザヴィア工房へ移動する道すがら、俺はバルタザール氏から根掘り葉掘り質問を受けていた。


「ははは。良き仲間として、協力してもらっています」

「あの魔女ザ・ウィッチを顎で使える人なんて、この世に二人といないって噂よ。にくいわね、この色男」


実は俺自身もよく付き合ってくれるとは思っている。だが、新しい魔法陣を開発中の彼女は実に楽しそうだったりもするのだ。この仕事が性に合っているのも間違いないだろう。


「好きでやっているところがありますからね。まあ、そこに甘えている自覚はありますが」

「あら、彼女の好意につけ込んでいる自覚があるの?見た目よりもずっと悪い男なのね」

「いやそういう意味ではなく」


そんな馬鹿話をしながら歩いていると、彼の工房に到着した。スチームフロントの中腹よりやや下の、名門が軒を並べる高級街だ。

俺は念のため退路と隠れ家セーフハウスへの経路を意識しながら門をくぐる。何もないとは思うが、万が一に備えてだ。


「ただいま~♪ 帰ったわよ~♪」


バルタザール氏が軽い調子で告げると、工房のあちこちから弟子たちが「おかえりなさいませっ!」と顔を上げる。だが、自分の作業場所からわざわざ出迎えに来たりはしない。この工房の実務優先な雰囲気を表していた。


「お茶でいいかしら?それとも果実汁ジュースが好み?」

「いえ、水筒を携帯しているのでお構いなく。それよりも、試作4号機について詳しくお話ししましょう」


自分の話にしてもアニエスの話題にしても、雑談が始まると碌なことにはならないだろう。

俺は仕事の話に集中できるよう話題を誘導した。

「もう、せっかちねえ」などと言いながら、バルタザール氏は俺を応接室個室に通す。心の中で危機レベルを上げながら腰を下ろすと、彼は工房の一角から銅で出来ていると思われる像を運んできた。

両手で抱えるほどの大きさではあるが、一人で持てていることから、見た目ほど重くはないのかもしれない。


「あれ、それは試作3号機コルマス君ですか?」

「ええ、その原型よ。マリーちゃんが拘りに拘ってくれたから、作る側としても楽しかったわ」


ニッコリと笑って、応接用の長机の上に置く。


「さて、確かこんな感じだったわよね」


言いながらバルタザール氏は、銅像に両手をかざし魔力を通し始めた。豚の像はぐにゃりと曲がり―――中身は空洞だった―――のっぺりと板状に広がり、三角形に再形成される。


「この金属は?普通の銅ではないですね」

「もう20年くらい前になるかしら。アニエスちゃんに頼み込んで、貸して貰ったの。大切な仲間の遺したものだと聞いたわ」


やはりか。たぶんこれは、俺が作った素材魔銅だ。

まだ昔の仲間と冒険をしていた頃、アニエスに頼まれてガーゴイルの素材となる金属作成に挑んだことがある。

その時に試したのが、とりあえず手元にあった銅貨を溶かして作った銅の塊だった。


結局上手くいかず、魔力を付与された素材は廃棄されたと思い込んでいたのだが。


「アニエス、わざわざ保管していたのか」

「やっぱり、貴方が創造つくったものだったのね。付与魔術師エンチャンターリュート」

「そこまでご存知でしたか」

「確信したのは今よ。貴方のことは、本当に謎に包まれているから」


バルタザール氏は苦笑いしながら飛行機の資料を片手に取り、更に魔力を込めて魔銅の形を変えていく。


「すみません、俺のことは」

「わかってる。細かい詮索はしないから安心して。ウラを取ったのは、この銅みたいな素材をいくつか作ってほしいから、よっと」


最後に力を籠めると、銅の塊は上下に滑らかな膨らみを帯び、資料にある全翼機に近い形状となった。ちゃんと垂直後尾翼が2枚立っており、再現度が高い。


「ふう、こんなところかしら。どう?」

「ええ、初めてでこんなに綺麗に作れるなんて思いもよらなかったです。しかも、こんなに手軽に」

「原型製作の早さと精度こそが、ウチザヴィア工房の売りなのよ」


なるほど。それは、他のデザイン工房と比べて大きなアドバンテージになるだろう。

バルタザール氏は再び両手で魔銅製の全翼機を持ち上げ、指先でコンコンとノックするように音を出す。音は中で反響していた。


「今回は銅を使ったけれど、比重的には鉄を使えばもっと軽くできるわ。他にも、青銅やすずも試してみたいところね」

「なるほど、そのための素材を作ってほしいと」


ウィンウィンな提案ではある。金属への魔力付与はそれなりに消耗するが、1日もあれば回復する。断る理由はないか。


「他には、できるだけ丈夫な樹脂を本体に使って、要所要所を金具で補強する形もあるわよ?」

「飛行機の構成要素が複雑だと、マリーの魔法陣がうまく機能しない可能性があるんですよね。変な干渉が入っちゃうみたいで」


理想は、単一の素材で飛行機を作ることだ。荷物を格納する空間の開閉機構は最低限必要になるため、そういった工作が可能で、尚且つ十分な強度を持つ素材が望ましい。


「わかりました。いろいろ試してみましょう。魔力を込めたい素材は手元にありますか?」

「そう言って貰えて嬉しいわ。でもそんなに簡単に作ってくれるの?魔力を通すだけで自由に成型できる金属って、とんでもなく高価になるはずなんだケド?」


希少価値が高いから、確かに高価ではあるだろう。

だが、俺にしか作れないということは、量産できないということだ。社会全体に対する影響は、たかが知れているとも考えられる。


「まあ、これまでも無茶を聞いてもらってますし、今後もお願いしていくと思うので。先払いだと受け取ってください」


あら怖い、どんなことを要求されちゃうのかしら。

そんなことを言いながら、バルタザール氏は手元のメモ帳に素材名を書き出した。


「お願いしたいのは、とりあえずこんなところかしら。今ここには無い素材もあるから、後日お届けするわね。アニエスちゃんの研究所宛で良いのかしら?」

「結構ありますね。金、白金、銀、鉄、鋼鉄、青銅、錫、鉛、アルミ……アルミ!?」


俺は思わず声を上げてしまった。アルミニウムだって?


「アルミが、あるんですか?」

「あら、そんなに珍しいかしら?昔からノームの錬金術師は作っていたわよ?」


錬金術!これだからファンタジー世界は!


アルミニウムは、地球における航空機の主要原材料である。軽くて加工しやすく、一円玉やジュースの缶にも使われる、現代社会を代表する素材だ。

一方で精練は難しく、地球においては大量の電力を使って製造されている。

20世紀以降の技術と思い込んでいたので、まさかこちらでもお目にかかるとは思ってもいなかった。


「この飛行機、アルミで作ることができるなら、飛行性能はぐんと向上するかもです」

「うーん、試作機だけならまだしも、量産となると難しいわね。同じ大きさの金くらい高価なものだから」


なるほど、甘くはないか。

しかし錬金術師が作っているものなら、魔力供給さえ支援できれば製造量を跳ね上げることは可能かもしれない。マリーの祖父、デルシクスに相談してみよう。


その後は、飛行機の内部構造や試験飛行について意見交換を行い、この日はお開きとなった。


バルタザール氏の助力さえあれば、試作機も何パターンか製造し、それぞれで試験飛行を行うことも難しくないだろう。


そして、何よりアルミを利用できる可能性だ。


確かな道筋が見えた感触を得ながら、俺は工房からの帰り道を歩いていた。

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