第18話 お城の中の植物園

マジェナ城館の庭園は、向かって左手が迷路ゾーンになっている。植え込みで作られた迷路の中をゾンビが彷徨っており、下手に戦闘が長引くと魔術師が後ろから襲われたりする危険がある。

反対側の右手には、植物園と呼ばれる背の高い建物が鎮座している。その名の通り、侵入者を襲う植物型の敵と、数は少ないが強めのスケルトンが何体か徘徊しているはずだ。

中央には広めの通路が玄関まで伸びているが、ぱっと見るだけでも20体以上のゾンビやスケルトンが闊歩している。さすがに中央突破は考えたくない。


三人はそんなことを解説しながら、右手の植物園に向けて歩を進めた。

この判断には、実は配信上の事情がある。中央は危険すぎるとして、迷路ゾーンの面白さは俺のカメラ1台では伝えきれないのだ。迷路の中をただ迷うだけでは同じ景色の繰り返しでストレスが溜まるし、“浮遊レビテーション”などで空撮しようとすると、館からガーゴイルが襲ってくる。


裏事情を素直に話すわけにもいかないので、今回はセナによるコイントスで右を選んだように見せている。が出なかったら何度でも撮り直す予定だったが、幸いにしてセナ一発で表を引いた。


「さあ、扉を開けるわよ。せえのっ!」


シャイルの掛け声とともに扉が引かれ、中の様子が露わになる。

植物園は基本的に一本道で、広い部屋が三つ連結されたような構造をしている。屋内に侵入した三人は、早速人食い植物の歓迎を受けた。


「うわわわわ、気持ち悪っ!」


シャイルの少し先には、毒々しい真っ赤な花を咲かせた植物がツタを伸ばしてくる。反射的に棍棒で迎撃しているが、奥に踏み込めるほどの余裕はなさそうだ。


「セナちゃん、あいつ燃やせる?」

「任せるでシカ!“火弾ファイヤーブリッド”!」


物理がダメなら魔法でとセナが小火球を放つ。

一直線に飛んで行くそれはなかなかの速さだったが、振るわれたツタによってあっさりと叩き落された。


「げげ、意外に素早いでシカね」

「地道に切り刻む?」

「うーん、だったら下からこう、押しつぶせないかな?」

「下からでシカ?」


マリーは何かを持ち上げるような仕草で考えを説明し始めた。

人食い植物は合計8本ほどのツタを腕のように振るっているが、幹を数えると2体分しかいないことがわかる。しかも、根の部分は地面に固定されている。


「石壁で下からこう、天井に押し付けられないかなって」

「なるほど、面白いわね」

「やってみるでシカ。“石壁ストーンウォール”!」


セナが石壁を発動させると、狙い通り、片方の植物がぶちぶちと根を引きちぎられながら壁によって上昇させられた。見た目以上に根は広がっていたが、それだけによく燃えそうだ。身を守るツタも天井に挟まれ、動きに制約がかかっている。


「やった!セナちゃん天才!」

「やっぱりそうでシカ?実はセナも薄々気付いていたでシ」

「あたしの次の次くらいに天才!」

「やかましいでシカ!次の次って、間の一人は誰でシカ!?」

「あたしが牽制するんで、根っこから燃やしちゃってください」

「ひゅーう!この新人先輩の質問を流したでシカ!?メンタル強すぎじゃないでシカ?」

「ねえ、私は?」

「お姉さまは奥から敵が来ないか警戒を」


興味深いことに、いつの間にかマリーがこの場を仕切っている。

これまでシャイルとセナは格下を相手にすることが多かった。それ故に、特に作戦など考えずとも、純粋な戦闘力とその場の機転で押し切れてきたのは事実だ。

一方、マリーは自分が弱いことを認めている。いかにリスクを避け、安全に勝てるかを考えているようだ。


セナの火球は今度こそ着火し、根を燃やされた植物は苦しそうにのたうち回りながら、じきに動きを止めた。

もう1体も同じ要領で燃やし、残った部位から何かの素材になりそうな部分だけを鞄に詰める。


「んー、つまんないわね」

「お姉さまは次の敵で活躍してもらうので」


ややむくれたような表情を作るシャイルに、セナは通路の奥を指差した。

次の部屋はより広い空間になっており、2体の黒いスケルトンが佇んでいる。


「げげっ!あれはグレータースケルトンでシカ!?」


セナの頭には、以前の冒険で死ぬほど驚かされた記憶が蘇ったようだ。


「たぶん、その更に強化版エンハンストね。やりがいありそうじゃない」

「セナちゃんは1体の足止めに専念で。お姉さまはあたしが援護するわ」

「張り切りすぎておこったゲージ溜めすぎるんじゃないでシカよ?」

「そんな素人みたいな真似しませーん」


これまで散々素人みたいな真似を繰り返してきたのに、良い根性だ。

シャイルとセナは一瞬アイコンタクトをとるが、どちらともなく頷き合う。今回はマリーを信じることに決めたようだ。あるいは、仮にやらかしてもそれはそれで良しという判断なのかもしれない。


「念のため、部屋の手前の通路でろうか。それなら、後ろには回られにくいでしょ」

「じゃあ、二人はここで待ってるでシカ。セナが片方に“足止スネアーめ”を撃って、もう片方を引き寄せるでシカ」

「お、これは事件の予感がするわね」

「先輩の危機ピンチを期待するなでシカ!セナはいつだって完璧でシカ!」


フラグ建築も終了し、セナが通路から大部屋に侵入する。

分かりやすいことに、一歩部屋に足を踏み入れた瞬間、2体のスケルトンは顔を上げた。シャイルも看破した通り、こいつらは魔法強化型エンハンストグレータースケルトンだ。速さ・力強さだけでなく、魔法抵抗力も底上げされている。


「いくでシカよー!スネアー!」


向かって左の個体が一瞬バランスを崩した。が、すぐに効果は打ち消され、猛然とセナへの突撃を開始する。もちろん、右の個体も同時に走り出している。


「うそっ!?あいつ強いでシカ!?」

「おおー、さすがセナ。こうでなくっちゃ」

「セナちゃん!もう一発撃って!2体の距離が空けばいいから!」

「ぐぬぬめっちゃ怖いでシカ、もう一回!スネアーッ!」


やや涙声になりながらも、気合で放たれた“足止め”は、今度こそスケルトンの足を拘束した。効果は長くないだろうが、貴重な1、2秒を稼ぎ出すことに成功している。


「セナちゃん、下がってお姉さまの後ろに!あと“石壁”の準備を!」

「なるほど、そういうことでシカね!」


シャイルが接敵しながら通路の手前までスケルトンを引き込むと、セナが壁を張ってもう1体を分断した。これでしばらくの間は目の前の1体に集中できるはずだ。


「うっひゃああ!強い強い!」


前線ではシャイルが嬉しそうな悲鳴を上げている。見たところ、1on1はほぼ互角。スケルトンは狭い廊下にもかかわらず長剣ロングソードを見事に使いこなし、シャイルの棍棒と渡り合っている。


「お姉さま、一瞬そいつの動きを邪魔します!“魔力縄ロープ”!」


マリーが呪文を唱えると、スケルトンの剣を振り上げる動作が本当に一瞬だけ阻害された。

“魔力縄”は魔力の縄で一定時間対象を拘束したり、もっと言うと荷物整理に使ったりする初級魔法だ。セナよりも更に魔力の低いマリーでは、この強敵相手にさほどの効果も得られないだろう。


「ナイスマリー!私の合図に合わせてもう1回お願い!」


だが、シャイルにとってはその一瞬が重要だった。


「今!」

「“魔力縄”!!」


スケルトンが下段から逆袈裟さかげさに長剣を振り上げようとした瞬間、マリーの魔法が発動してその腕の動きが鈍る。


「せぁああああ!」


そこに突っ込んだシャイルが右の棍棒でスケルトンの両腕を破壊すると、続けざまに振るわれた左の棍棒は、見事に腰骨を砕いた。


「やった!お姉さまかっこいー!」

「ぶいっ!」


シャイルはマリーへいい笑顔と決めポーズで応えるが、もちろん視線はカメラに向いている。動と静。緊張と弛緩。戦闘系アイドルとして100点満点の対応だ。


「ほっこりしてるとこ悪いでシカ、ぼちぼち壁がもたないでシカ!」

「あ」

「やば」


地味に石壁を維持していたセナが悲鳴を上げた。

俺もほんの少しだけセナの存在を忘れていたのは、秘密にしておこう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る