第9話 細工師

王都での苦労は、別の機会に語る場があるかもしれない。

王族の大変さを骨の髄まで浴びた後、俺はアニエスと一緒にノーム領の中心都市、機械仕掛シテ・デ・けのマシンに来ていた。


ここは短耳族の領土とパイネー山脈を挟んだ反対側にあり、両国はいくつかの峠道で繋がっている。

短耳族領は海に面していることもあり、多湿で農業が盛んだ。海産物と新鮮な野菜から、食文化も発達している。

一方ノーム領は雨が少ないため、農業は最低限にとどめて輸入に頼っている。山から湧き出る水の大半は精密工業に充てて―――機械を冷やしたり洗ったりするのに綺麗で冷たい川の水は最適だ―――おり、その甲斐もあってこの世界における時計や魔導車の制御系機械は、ほとんどノームの企業によって独占生産されているそうだ。


「随分活躍しているようじゃな付与魔術師エンチャンターよ。お陰様で無茶をやらかす冒険者が増え、こっちまで忙しくなっとるわい」


機械神の教会で俺たちを迎えてくれたのは、ここの大司教にまで上り詰めたデルシクス本人だった。冒険中はパーティの最後の砦として、特に前衛タンク役だったブレンを献身的に支援していたのを覚えている。こう見えて、情に厚い爺さんだ。


「忙しい中、時間を作ってくれてありがとう。さすが、機械神様の教会だな」


応接室に通された俺は、スチールフロントの太陽神教会の差に驚いていた。

正面の大扉からして歯車の見える機械式だし、応接室では長椅子と平机が下からり出してくる仕掛けだった。スチームパンクの世界そのものだ。


「ふん。まあワシは気に入っとるよ」

「男の子だったら、誰だって好きだよこういうの」

「あら、わたしだって好きよ」


俺たちの反応に、悪い気はしなかったようだ。

心持ち嬉しそうにしている爺さんに話を促す。


「それで、紹介したい人がいるって聞いたぞ?」

「そうだな。マリー、入ってきなさい」


呼ばれて、奥の扉から一人の少女が入ってくる。随分若いな。14、5歳といったところか。

学生服のようなブレザーとプリーツ入りのスカートを身に着け、緊張した面持ちで佇んでいる。空色の髪は真っすぐに整えられ、肩の高さで切り揃えている。育ちの良さそうな雰囲気だ。


「紹介しよう。ワシの姪のマリーじゃ」

「マリー・エン・スミュールです。魔術と、金物細工を少々、修めています」


ぺこりと挨拶する姿は可愛らしい。ノームの女性は、都市エルフであるアニエスよりも更に小柄である。爺さんの姪らしいが、あまり似てないかな。よかった。


「ワシに似て、可愛い子じゃろう?」

「あ、ああ。そうだな」


爺さん、親バカならぬ姪バカだったか。


「あの、伝説の魔女ザ・ウィッチ、アニエスさんに会うことができて光栄です」

「ありがとう。でも、そんなに大した者ではないのよ。最近は特に、扱いが悪くて……」

「だから、それは謝るって」


今回も転移門を繋いでもらった手前、反論はしにくい。俺自身も使えるようになって、アニエスの負担は減らさないといかんな。


「本人は魔術が好きなようじゃが、細工師としての腕は格別でな。マリー、お前が作ったものをお見せしなさい」

「はい、お爺様。つまらないものですが」


そう言ってマリー嬢は、持っていた木箱から両手に収まるくらいの球体を取り出した。

よく見ると、細い銅のような金属で魔法陣が編まれている。非常に精巧な作りだ。


「これは……水生成と、水操作と、あと加熱の魔法陣が組み合わされているのね。コマンドワードは、発現と停止の他には……操作系3種類と加熱系2種類」

「すごい!一目でわかった人は初めてです!」


こういった世界を語らせると、アニエスの右に出る者はいないだろう。

そのアニエスが感心したように球体を見つめていた。


「いえ、本当にすごいのは、普通は魔力で空中に描く魔法陣を、こんなに綺麗な実体へ落とし込んだあなたの方よ。これは、一人で作ったの?」

「はい。でも魔法陣の方が難しくて、設計に2か月くらいかかりました。それさえできてしまえば、針金細工は2日もあれば作れちゃいます」


簡単そうに言うが、設計があってもこの芸術品を2日で作れる人なんてそうはいないだろう。

魔法陣はプログラミング言語のようなものだが、の余地がほとんどない。無駄な記載があると、大抵の場合発動に失敗してしまうのだ。これは魔力で宙に描く場合は大きな問題にならないが、実体化するに当たっての難点となっていた。


「爺さん、この子は」

「魔術師としては人並みじゃ。じゃが、細工師としては間違いなく天才と言えるじゃろう」

「私は、アニエスさんのような魔術師になりたいんです。魔力をありのままに操作できる、純魔術師ピュアキャスターに」


なるほど、才能とやりたいことの不一致ミスマッチか。悩ましい話だな。


「ちなみに、この魔法陣は実際に起動できたのかしら?」

「はい。同じものを家のシャワー室に置いたら、家族から褒められました」

「素晴らしいわね。魔導工芸品も、人に使って貰ってこそだわ」

「わかります。私も、繊細さを褒めてもらうより、役に立ったことを褒めてもらう方が嬉しいです」


女子二人は意気投合したようだ。魔法陣の改良案とか拡張案について話が弾んでいる。

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