第8話 理想の彼氏 ~お茶を注いでくれるし肩も揉んでくれる~

「それなんじゃが、デルシクスから気になる話を聞いておっての。近々会いに行ってみんかの?」


研究室でデータを眺めていたブレンが話に加わってきた。

ラウンジの冷凍庫から愛用のジョッキを取り出し、昼間だというのに麦酒をどぽどぽ注ぐ。


デルシクスは、昔の冒険で一緒に旅をした仲間の一人だ。機械神デウス・エクス・マキナに仕えるノームの司祭プリーストで、老け顔でぼやいてばかりいたのでみんなに“爺さん”と呼ばれていた。


「爺さんが?どんな話だ?」

「さっき、自慢がてらアニエスのガーゴイルが飛んでいる映像を送ってやったのよ。そうしたら、ちょうど紹介したい細工師がいると返信があっての」


そういえば、ブレンと爺さんは仲が良かった。

大雑把に分けると、ドワーフは中大型の機械を、ノームは精密機械を専ら得意としている。それぞれに職人として通じるものがあるのだろう。


「わかった、会いに行こう。……と言いたいところだが、俺とブレンは明日から王都でサリオン通販の報告会か」


ブレンの父親、つまりドワーフ王国の国王陛下が、今回の事業に興味を持ってくれているらしい。こんなチャンスを逃すわけにはいかないので、俺とブレンは毎晩せっせと報告資料を作っている。


「国王陛下に会うわけだから、ちょっと行って話して帰ってくる、みたいな無礼はできないよなあ」

「最低限、明日夜の晩餐会顔つなぎと明後日の報告会は外せんかの。その後のことは儂が引き受けよう」


予定では、もう2日くらい王都に滞在して、有力貴族へのコネ作りをするつもりだった。

細かいスケジュールを埋めていない分、ここはキャンセルさせてもらおう。


「ありがたい。じゃあ爺さんには3日後以降で会いに行けると返信しておいてくれ」

「了解じゃ。機械仕掛シテ・デ・けのマシンに行くのは、リュートとアニエスの二人で良いかの?」

「ゴヨウケンハ、ナンデショウカ」


ブレンがそういった瞬間、突然エンシン君が喋りだした。


「あ、あらごめんなさい。私の名前に反応しちゃったみたい。エンシン君、あなたはエンシン君なのよ?他の名前には反応しな」

「リュート、お茶持ってきてでシカ」


慌てた様子で何か言い始めたアニエスを遮り、セナがお茶を要求してきた。普段プロデューサーと呼ばれているので、突然名前で言われるとどきっとするな。


「お、おう」

立ち上がって、冷蔵庫に向かおうとする俺の前を、スーっと音もなくエンシン君が横切る。冷蔵庫を開け、お茶の瓶を取り出し、セナの前に運んで行った。


「リュートは賢いでシカね」

「キョウシュクデス」

「セ、セナちゃん?ちょっと向こうでお話が」

「リュート、肩揉んで貰える?」


何だ何だ?

今度はシャイルに肩揉みを要求されたが、俺に先んじてエンシン君がシャイルの肩を揉みだす。


「あー、上手ね。ありがとうリュート」

「キョウシュクデス」

「シャイルちゃーん、あなた魔剣に興味あったわよね。とっておきの一振りがあるんだけど」


……なるほど、読めてきた。エンシン君、もともとリュートという名前でこき使われていたのか。


「アニエス、お前……」

「ひぃっ!?リュート、これは違うのよ?」

「ゴヨウケンハ、ナンデショウカ」


後ろでは、セナが飲みかけたお茶をぶばっと噴き出している。

もうめちゃくちゃだ。


「すまん、俺が何かと頼りすぎるから、ストレス溜まってたんだな」

「えっ!?ええと、そうね。ちょっと、ストレスが」

「で、ガーゴイルに俺の名前を付けて」

「だから、ちがうの」

「こき使ったり、サンドバッグにしていたと」

「え?」

「ん?」


あれ?違うのか?

シャイルが「あちゃー」とか呟いているのが聞こえる。


「だから、俺に対する意趣返し的な」

「あー、えー、そうね。ちょっと、あなたが私を見る目について、悲しくなってきちゃって」

「それは、いつも悪いと思ってるから」


がっくりと肩を落とすアニエスを、さっきまでからかいモードだった二人が慰め始めた。


「姐さん、今回ばかりはごめんなさい。今夜もお酒、付き合うわ」

「ほら、甘えたくなったらセナに頼ってくれて良いでシカ。今夜は一緒に寝てあげるでシカね?」

「二人とも……」


なんなんだ。

状況を把握しきれない俺を尻目に、ブレンがこの場のまとめに入った。


「あー、とりあえずデルシクスには3日後に二人が行くと伝えておく。アニエス、予定だけ調整しておいてくれ」

「ほら姐さん、プロデューサーと二人で出張ですよ。元気出してください」

「どうせ何もないと思うでシカ、希望は捨てないで欲しいでシカ」

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