第6話 赤い髪の策士(セナ視点)

プロデューサーが緊急ボタンを押してすぐ。たぶん、呼吸5回分も待たなかったと思います。


「リュート、大丈夫!?」


虚空から血相を変えたアニエス姐さんが飛び出てきました。

服装は研究所でよく見る白衣ですが、右手には見たことのない杖が握られています。

遠目にも眩暈がするほどの魔力を秘めていることがわかるそれは、姐さんが本気を出すときにしか使わないという伝説の神具、“征服者ザ・コンカラー”に違いありません。


「あれ?シャイルとセナも無事ね。何が起きてるの?」

「すまんアニエス、命の危険はないから、とりあえず安心してくれ」


プロデューサーは両手を広げ、差し迫った状況ではないことを強調しました。

姐さんは拍子抜けした顔で口をとがらせます。


「な、何よ。びっくりしたじゃない。じゃあ何が起きたって言うの?」


そんな姐さんの両肩を、プロデューサーはがっしりと掴みました。

そして瞳を逸らさず、こう言ったのです。


「アニエス、これから君の部屋に行って良いか?」


プロデューサー!だからあんたのそういう所でシカ!

思わずツッコみそうになる私の口を、シャイルが塞ぎました。


(しっ!もう少し見守るわよ)


これは悪いことを考えているときの顔です。


「はえっ!?今から!?駄目ではないけれど、私にも準備というものが」


案の定、姐さんは良からぬ方に勘違いしています。

やや早合点しすぎな気もしますが、あんな風に肩を掴まれて言われると、捉えるのも無理はありません。


「あー、すまん。さすがに急すぎたな。今日じゃなきゃダメなことはないんだが、こういうのってタイミングがあるからな。出来れば早い方が嬉しい。明日は空けられるけれど明後日からは王都に出張があるから、それ以降だと次に戻れるのは」

「わかったわかった、今日でいいから!」


へ、部屋を片付ける時間くらいは待ってて頂戴と姐さんは顔を赤らめます。

何でしょう、この恥ずかしい気持ちは。


(プロデューサー、本当に質が悪いわよね)

(アニエス姐さん、あれは覚悟を決めた顔でシカよ)


混乱から立ち直り、転移門ゲートの準備を始める姐さんに、シャイルが追い打ちをかけます。


「あ、アニエス姐さん!私たちスタッフさんと晩ごはん食べて帰るんで!お酒も入れたい気分だから、部屋に戻るのは遅くなると思います!」


なっ!?そうなの!?と振り返る姐さんは、耳まで真っ赤です。

ぐっ!と親指を立てるシャイルは、悪魔にしか見えません。


(次の選択当番、セナよね。姐さんの勝負下着が洗われてるかどうか確認よろしく)

(あー、箪笥の奥の、一番えっちなやつでシカ)

(そうそう、黒の透け透けの、高そうなやつ)

(今回もプロデューサーに見せる機会はないんでシカね……)

(いやいや、プロデューサーも男だもの。もしかしたら、もしかするかもよ?)

(本当にそう思うなら、賭けるでシカ?セナ、何も起きない方に1万ゴルドぶっこむでシカよ?)

(ごめん、私が悪かったわ)


二回も発動に失敗してようやく転移門を開く姐さんを、私とシャイルは温かい目で見守りました。


◇◇◇


その日の夜、ほろ酔いで部屋に帰った私たちは、ダイニングテーブルに力なく突っ伏す姐さんを発見します。


「もう本当に最低……今すぐ死にたい……」

「姐さん、私、姐さんにはもっといい男がいるんじゃないかって思うんですよ」


シャイル、さてはこれが狙いでしたね。仲を取り持つフリして遠ざけるとは、恐ろしい策士です。


「いないもん、そんな人」

「まあまあ、元気出してください。そして視野を広げましょう」

「あーーーーもう!リュートのばかーーーっ!!!」


この日の夜は、もうちょっとだけ姐さんのお酒に付き合いました。

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