第5話 先入観は落とし穴

数日後。俺たちはいつものように冒険さつえいに出ていた。

今回の攻略対象は、旧魔族領においてその首領が住んでいた城館“マジェナ”だ。

ヴィルレンガ山脈以南では最も難易度の高い地域で、まず麓から建物に辿り着くまでに、山ほどのゴーレムやゾンビ・スケルトンの類を倒す必要がある。


城館は地上3階、地下4階と地下の方が広い。

この館の主であった魔族の元帥は、吸血鬼としての特性も持っていた。

それもあって、普段は地下の生活を好んだのだろう。


シャイルが2振りの棍棒でゴーレムをしばき倒す姿を見ながら、俺はセナにそんな解説をしていた。


「シャイル、生っき生きしてるでシカね」

「まずい、広告主スポンサーから提供された棍棒がゴーレムとの相性良すぎる」


シャイルが手にしているのは、金属バットを短くしたような形状の棍棒だ。打撃武器を専門に取り扱う商会から案件をいただけたため、今回の冒険ではメイン武器として使用している。

棍棒は鋼鉄製で芯が重くなっている。野球のバットに例えるならミドルバランスタイプだ。ゴーレムのように硬い相手でも有効打を与えることができているし、この先に出てくるスケルトンに対しても効果的だろう。


「おーい、新武器の使い心地はどうだ」

「刃筋を意識しなくていいから超楽!簡単すぎてつまらないくらい!」


最後にゴーレムの頭部を破壊して、シャイルは振り向いた。

多少息は上がっているものの、傷らしい傷は一つも負っておらず、まだまだ戦えそうだ。


「あー、アイドルとしては、棍棒使いより剣士の方が画面映えするからありがたいんだが」

「大丈夫!棍棒は楽だし強いけど、切り裂く面白さがないのは致命的だわ」


それに、ここに来た目的が無くなっちゃうしね。と付け加えながら、セナに差し出されたタオルで汗を拭う。ポニーテールが振られ、露になったうなじに目が吸い寄せられるが、意志の力でぐぐっと遠くの景色にピントを合わせる。プロデューサーとして、その一線は守らなければいけない。


マジェナの城館における目標は、シャイルが使う新しい剣の素材を得ることだ。

城の最上階、玉座の間の扉を守護する2体のゴーレムが、魔力を帯びた黒曜石という珍しい素材でできている。

これをある程度の大きさで持ち帰り、剣に加工するのが最終的な狙いだった。


なので、残念ながら地下探索は今回の範囲スコープ外となる。

地下にはヴァンパイアが蘇るための特別な棺(ただし無効化済み)なども設置されており、特に防備が硬い。冒険のし甲斐はありそうだが、今の二人には厳しいだろう。


「剣士としての魂を大切にしてくれて助かるよ」

「でも、さっきの台詞はカメラ回している時に言っちゃダメでシカよ?」

「だーいじょうぶ大丈夫。私もプロですから」

「すまん、俺も気を付ける」


そんなこんなで事前準備を終え、本格的な進撃と撮影を開始する。

館に入るまでは屋外であることから、今シリーズではセナの見せ場を多めに取る予定だ。うっかり罠を作動させたり、骨に追いかけられるだけのシカではないことを視聴者に示さねばならない。

……という建前は持ちつつ、本音としてはポンコツな場面カットもいくつか欲しい。きっと視聴者にも期待されているはずだ。


「“束縛ソーン・バインド”!」

「“旋風ディジー・ウィンド”!!」

「在りようを歪められた者よ、在るべき姿に還れ!“魔法生物送還イクスペル・サモンド”!!!」


そんな思いとは裏腹に、セナもノリノリで攻撃・支援魔法を連発している。

最後なんて、聞いたこともない呪文を唱えていた。あんな言葉は魔法の発動と関係ないので、自分で考えた台詞を格好いいと思って叫んでいるのだろう。

気付いてしまうと、俺の方が恥ずかしくなってきた。


いつかいじってやろうと心に誓いつつ、充実感のある表情は悪くないので、横顔をアップで映してやる。セナの視点は少し先で戦うシャイルとゴーレムの姿を捉えつつ、周囲への気配りも怠っていない。

特に、襲撃者は物陰から襲ってくることが多い。遮蔽になりそうな場所を数秒おきに警戒する姿からは、後衛としての成長が見られる。


3連戦をこなし、見応えのあるシーンを撮影できたということで、俺たちは一度下がって休憩をとることにした。


「プロデューサー、実は前から聞きたかったんだけど」


干し肉を齧りながら、シャイルが疑問を口にした。

二人の休憩中は、俺が立って周囲の警戒に当たっている。


「うん?どうした?」

「この辺りのゴーレムって、数日もすれば綺麗に復活しているのよね。これってどういう仕組みなの?」

「スケルトンと同じで、召喚陣みたいなのがどこかにあるのではないでシカ?」

「だとすると、石しか落とさないゴーレムの召喚陣なんて、見つけて壊しちゃった方が良いんじゃないかなって」


なるほど、もっともな意見だ。


「それじゃあ、もう少し引いて物陰に隠れてみようか。そしてあそこの、さっき倒したゴーレムの残骸の辺りを観察しよう」


言いながら、俺は手ごろな岩陰に身を寄せる。

二人が集まったところで“透明インビジリティ”をかけ、念のため“静寂サイレンス”で音も消す。


少し待っていると、上空から音もなく人型の何かが降りてきた。

硬質な肌に悪魔然とした顔。背中には蝙蝠のような羽が2枚生えている。ガーゴイルだ。


ガーゴイルはゴーレムの残骸を回収すると、再び音もなくいずこかへと去っていく。

戦闘跡は、綺麗さっぱり片付けられていた。


「えええ、あれどうなっているんでシカ?何なんでシカ?」


“透明”と“静寂”を解くと、セナが興奮を隠せない様子でまくし立てた。

良い反応だ。俺たちも初めて知った時はこんな表情をしていたと思う。


「どうだ、びっくりしただろう」

「そりゃあ驚きますよ!あれ、ガーゴイルですよね!?」


初めて見たー!とシャイルもご満悦だ。


「俺も完全には理解していないんだが、どうやらこの館には2種類のガーゴイルがいるみたいでな。この先の門扉に停まっているような戦闘型のガーゴイルと、ゴーレムやスケルトンがやられた時に残骸を片付ける修復用のガーゴイルで、行動パターンが大きく違う」


俺は、300メートルほど向こうに小さく見える城館の門を見上げた。あそこに着くまで、比較的安全な経路を選択しても、もう3,4体のゴーレムを倒す必要はあるだろう。


「便宜上、戦闘型を働蜂ワーカー、修復用を生殖蜂ドローンと呼んでいる」

「魔族も、目的別にガーゴイルを使い分けていたんでシカねえ」

「飛び去ったガーゴイルはどこに行ったの?」

「たぶん、岩山のどこかに修復用の魔法陣でもあるんだと思う。自然魔力マナとのバランスが崩れない範囲で、常に一定数のゴーレムを徘徊させる仕組みになっているんじゃないかな」


なるほどー、と二人の声が揃う。

あくまでも憶測なので、そう頭から信じられると居心地が悪いが、当たらずとも遠からずくらいの解答ではあると思う。

「そういえば、ゴーレムとガーゴイルって、どう違うんでシカ?」

「ゴーレムは一般名称、ガーゴイルはその一種だな。飛行型で、翼の生えた魔族を模したものを指すことが多い」

「飛行型なんて、羽があるに決まっているのでは?」

「そうでもないぞ。シンプルな球体型とか、円盤型も見たことがある。古代遺跡で出会うのは、主にこちらだ」


古い遺跡で出会うのは、幾何学的な形をしているものが大半だ。そういうのが流行っていたのかもしれない。

話しながら昔の記憶に思いを馳せていると、セナがぽつりと呟いた。


「サリオン通販も、ガーゴイルに荷物運ばせれば良いんじゃないでシカ?」

「まあ、誰でも思いつく話だよな」

「駄目なんでシカ?」

「俺の知る限り、現在の人族にガーゴイルを製作する技術はないんだ。昔、アニエスが匙を投げていた。こと魔導技術においては、魔族の方が何歩か進んでいるみたいだな」


あの時は確か、石や鉄に魔法陣を定着させることができないと聞いた気がする。

俺の付与魔術エンチャントを使えば素材そのものが魔力を帯びるようにはできるが、その場合はゴーレムやガーゴイルのように細かい行動をプログラムすることができなくなってしまう。


「あら、でもアニエス姐さんの家にいたわね」

「趣味で作ったとか言ってたでシカ」

「……何だって!?」


俺は思わず、アニエスと緊急時にしか使わない約束をしていた“今すぐ迎えに来てボタン”を押していた。

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