第2章 空飛ぶ物流改革

第1話 新サービス、お披露目

「さあ皆さんご唱和ください!10秒前!」

「8!7!6!」


シャイルとセナが声を張り上げ、会場を盛り上げる。彼女らの後ろでは、商業ギルドの重鎮たちが固唾を飲んでその瞬間を見守っている。


「5!4!3!」


今行われているのは、冒険者ギルドと商業ギルドの合同 式典イベントだ。

ギルドカード同士の情報連携が進み、商業ギルドの人たちもサリオン通販に正式アクセスができるようになったのだ。

その記念として、今回大大がかりなイベントを開いている。


「2!1!」

「いま、開通しました~!!」


この瞬間、配信画面には商業ギルドの出品者たちが登録したページがずらっと並ぶ演出が出ているはずだ。


システム連携によって何が変わるかというと、大きく二つ。 


一つ目は、商業ギルドの人たちも出品者としてサリオン通販で商品を売ることができるようになったことだ。

今までは、冒険者ギルドのカードからしか出品できなかった。両方のギルドに所属する人も珍しくはないのだが、いずれにしても個人としての出品だったのだ。

これからは、各商会がその会社の名前で販売することができる。ブランドを大切にする会社にとっては非常に大きな意義があるし、買い手としても信用のできる作り手の品を選べるのは良いことだろう。

副次的に、マイナーな会社は同じ品質の商品でも値段を下げて勝負するケースが増えるだろうから、健全な価格競争が行われることも期待できる。


二つ目は、商業ギルドの人たちもサリオン通販から商品を買うことができるようになったこと。

日用品は、冒険者よりも商会が買うケースの方が圧倒的に多い。商売ビジネスの規模が何倍にも広がるはずだ。サリオン通販として良いことであるのはもちろん、多くの出品者にとってもポジティブな効果があるだろう。


「商業ギルド会長、ベンヤミン・ベッカー氏にお話を伺います」

「商業ギルドとしては、これからどんなことを期待するでシカ?」


シャイルとセナに挟まれて、商業ギルド会長も目尻を下げている。


ちなみに、敢えて表には出していないが、今回のイベントにはもう一つ大きな意味がある。

異世界では初めての生放送が行われているのだ。


これまでは冒険記がメインだったこともあり、編集で臨場感を出しつつも録画放送のみ行ってきた。

だが、今回のようなイベントでは盛り上がりを演出するため、カウントダウンを是非ともやりたい。

これも冒険だ!と自分でスタッフに号令をかけて生放送に挑戦してみたものの、何か起きるんじゃないかとさっきから胃が痛くなる思いをしている。


会長は台本通りに応答し、壇上でブレンと握手を交わしている。

視線の先でパシャパシャとフラッシュを焚いているのは新聞記者たちだ。

ドワーフの王都だけじゃなく、都市エルフや短耳族(彼らはほぼ地球人と同じ見た目をしている)の記者も見られることから、この世界における通販事業、そして配信事業の注目度が窺える。


「ベッカー会長、ありがとうございますでシカ!」

「続きまして、記者会見に移ります。ご質問される方は、挙手の後、指名を受けたら所属と氏名をお伝えいただいた上でご質問ください」


俺の心配とは裏腹に、シャイルとセナは恙なくイベントを進めていく。

セナは時折人見知りな部分が垣間見えるが、シャイルは大道芸で培ったアドリブ力を発揮し、この手の進行を円滑にこなしてくれる。本当に、得難い人材だ。


「今回の変更で、私たちの生活にどのような変化が起きるのでしょうか?」

「商業ギルドとサリオン通販の間には確執が噂されていましたが、現在の関係について教えてください」


質問を受けると、主にブレンが、時折ベッカー会長が補足する形で答えていく。

実は、これも今回の狙いの一つだ。ブレンはきたるドワーフ王国の後継者選定で勝ち残らなければならない。

今のうちから国民の信頼を得られるよう、その存在感をアピールしておくのだ。商業ギルドとの良好な関係も、ここでしっかりと見せておく。


「はい、それでは次の方、どうぞ!」

「王都新聞です。早速ですがブレン社長にお伺いします」


アランサリオン第2王子のお膝元、王都新聞か。記者名も名乗らないところが嫌な感じだ。王子の息がかかった者かもしれない。


「当社の取材によると、サリオン通販の配達車両がスチールフロント各地で渋滞を引き起こしているそうです。特に、サリオン通販の倉庫に出入りする馬車や魔導車の列は影響が大きいとのこと。これからますます商売を拡大させるに当たって、どのような解決策をお考えでしょうか?」


と思ったら、至極真っ当で、しかも痛い所を突かれた。ジャーナリストとしてよく勉強している。偏見で疑ってしまい、申し訳なかった。

強がってはみたものの、どう答えるかな。解決のための制約がいくつもある問題だから、一筋縄にはいかないぞ。


「そうさな。まずはサリオン倉庫からの出荷時間を、現行の日中帯から深夜早朝帯に変更する案がある。これが実現すれば、交通渋滞の緩和にはある程度貢献できるはずじゃ」

「しかし、郵便ギルドからの悲鳴も聞こえています。彼らの負担がますます大きくなるだけなのでは?」

「運搬車両の大型化も検討中じゃ。1回の輸送でより多くの商品を運べるから、運転手ドライバーの負担も軽減されよう」

「なるほど、1回の輸送量が2倍に増えれば、回数は半分に減るということですね。しかし、その分通行中の交通に対する影響は大きくなるのでは?交通事故の被害が大きくなる懸念も……」


記者氏の追撃は止まらない。

今問われているのは、個別の問題に対する対策は考えられるが、その対策が別の問題を生むというたぐいの難問だ。生放送中に決着をつけられる内容ではない。

話を打ちきれないかと俺が舞台袖からシャイルをこっそり手招きした瞬間、ブレンが盛大に笑い出した。


「ぶわははははははは!お主、問題をよく理解しておるのう!新聞記者にしておくのが勿体無いわ!」


その音圧に、記者氏だけではなく隣のベッカー会長も目を丸くしている。

こんなブレンは滅多に見ない。最後に見たのは、先の大戦時に7人で魔王の護衛部隊に突っ込んだ時だったか。


「確かに!ご指摘の通り交通への影響も郵便ギルドの負担も根の深い話じゃ。一朝一夕に解決できることではない!」


水を打ったような、という表現がぴったり当てはまるような静寂。誰もがブレンの次の言葉を待っている。


「しかしじゃ!儂らは今、革新的な解決策を検討しておる!この場では詳しく言えぬが、しばらく待っていてほしい!」


おお、何か考えがあるのか。運搬専用の地下道でも整備したりするんだろうか。

見ると、記者氏も次の言葉を探しているようだが、うまく言語化出来ないようだ。

俺は二人に質問を終わらせるようハンドサインを出す。


「は、はい!ブレン社長、ありがとうございましたでシカ!」

「王都新聞さんも、ご質問ありがとうございます。のちほど、ご芳名を伺いますね」


クロージングの音楽が流れ出し、司会の二人が締めの口上を始めた。

ブレンのおかげで、含みを持たせたインパクトのある記者会見となった。明日から街中で噂になるだろう。今度は何をやってくれるのかという人々の期待は、重圧にもなるけれど、仕事に対する大きなモチベーションにもなる。


「それではみなさん、次回の配信でお会いしましょう!」

「ばいばーい!でシカ!」

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