幕間1-7 いつか、必ず

翌日。

お金の問題が片付いた以上、大道芸小銭稼ぎをやる理由はなくなったのだが、それでも私の足は公園に向かっていた。


いつも私が陣取っていた広場を見渡せる長椅子に座って程なく。


「やあ、今日は練習着じゃないんだね」


とても伝説の英雄とは思えないような、ふらっとした足取りで彼は現れた。


「よくわかりましたね。私服姿、見せたことなかったと思うんですけど」


今日は赤い袖なしのシャツに薄手の黒いフード付き上着を合わせている。下も黒で、七分丈のズボンに編み込みサンダル。練習着のイメージとは結構変えたと思う。


「よく似合っている。だから、すぐに見つけることができた」


相変わらず、照れもせずに歯の浮く台詞を口にする人だ。

こんな言葉に耐性のない私は、頬が赤くなる前にそっぽを向き、ぱたぱたと手で顔をあおいだ。


『そういえば、ラ―ティールが女の子を口説くセリフをリュートに伝授していたからね。何を言われても、惑わされちゃダメよ』

昨日アニエスさんから聞いた話を思い出すが、これのことだったか。


「わ、私に話があるんじゃなかったんですか?」

「そうだね。以前少しだけ伝えたことだけれど、もう一度聞いてほしい」


今度は、拒否したりはしない。

軽く頷くと、彼は私に手を差し出した。


「少し、歩こうか」


◇◇◇


アイドルという仕事について説明を聞きながら、公園内をぐるりと歩いた。

この公園は街の中心部にあるが、平日の昼間ということもあって人はまばらだ。


半周ほど歩くうちに、大きな池に行き当たった。石の上で、亀がのんびりと欠伸をしている。

私は池の縁にしゃがみ込み、泳ぐ魚に目をやりながら疑問を口にした。


「本当に、私なんかが主役で良いんですか?それこそ劇団の主役級の人とか、どこかのお姫様に声をかけた方がいいんじゃないですか?」

「実は、そちらも調べてみたんだけどね。これという人は見つからなかった」


彼は平然と言い放つ。


「たぶん、2万人くらいは調べたと思う。いろんな女性のプロフィールを読んだり、実際に見に行ったり、中には会って話した人もいた」


何というか、行動力が想像の範疇を超えている。

池の魚がぱしゃんと跳ねて、波紋が私の顔を揺らした。


「でも、やっぱりこれだという人は見つからなくてね。そんな時、君の演技を見た」


少し間が空き、私は下から彼の顔を覗き込んだ。今度は彼が顔を背ける。正面を向いて話すことが多かったので、横顔をまじまじと見るのはこれが初めてだ。


「衝撃が走ったよ。ラ―ティールじゃないけど、これを一目惚れと言われたら、まあ否定はできない」


そう、照れたように付け足した。


「お気持ちは嬉しいですけど、今までそんなこと、言われたことがないので」

「僕だけじゃない。いずれ全ての人族が君を知ることになる。100万人を超える人々が、君に恋をする」

「そんな、大袈裟すぎです」

「大袈裟なことなんて言ってない。一人目のファンとして、君の魅力を保証する。君は、綺麗だ」


流石に顔が赤くなるのを感じる。何て恥ずかしいことを言うんだろう。

沈黙に耐えられずに俯くと、再び池に映った自分の姿が目に入った。


いつも通りの、自分の顔。

髪を短く切り揃えているため、女性らしさはない。学生時代も、女子から「格好良い」とは言われていたが、男子から人気だったことはなかった。


私は、“綺麗”に値する存在なのだろうか?

この人の言うことを、信じても良いのだろうか?


「綺麗だなんて、言ってくれたのは、あなたが初めてです」

「だったら、僕が君をもっと輝かせる。100万人のファンが、君に恋するように」


今振り返ると、どうやってとか、何言ってるんだとか、そんな返しもできたと思う。

でもあの時私は、彼の言葉を受け入れてしまっていた。

受け入れたいと、願ってしまっていた。


「……わかりました」


私も、精一杯の勇気を振り絞って顔を上げた。

彼の黒い瞳を見つめて、


「一人目のファンとして、私を支えてください」


そう口にした。


◆◆◆


正直に言おう。

私は、途中から愛の告白を受けているのだと錯覚していた。

伝説の中から王子様が現れて、私を攫いに来たのだと勘違いしていた。

仕方ないじゃないか。そういう年頃だったのだ。


デビュー配信に向けて準備が進むうちに「何かこれ違うぞ」と悟り、やり場のない怒りを抱えたのは良い思い出だ。いや、今でも思い出す度に沸々とこみ上げてくるものはあるけれど。


「やはり主力は消耗品にしましょう。価格と品質と供給量を安定させることができれば、この商会の名がブランド化します。冒険者達の価値基準になるんです」

「素晴らしいですな。まさに、そういうのをやりたかった」


私の隣で、楽しそうに商談を進める仕事中毒者ワーカホリックの横顔を盗み見て、そっと心の中で決意する。


いつか思い知らせてやろう。

初手で私を落とさなかったのは失敗だったと。

100万人のファンができた時には、もう手の届かない存在になってしまったのだと、後悔させてやろう。


「高級路線を食いに行くのは、名が浸透した後でも間に合います。その際にはうちのアイドルもぜひ広告塔として使ってください。な?シャイル」

「もちろん、楽しみにしていますわ」


その日を楽しみに待っているがよい。

泣いて反省して膝をついたら、少しは情けをかけてやらないこともない。

手の甲にキスをするくらいは、許してあげてもいい。


「いつか、必ず」


あなたをもう一度、振り向かせてやる。



~ 幕間1 赤い髪の少女 ~

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