幕間1 赤い髪の少女

幕間1-1 夏空に思い出す

夜半から降っていた雨がカラリと晴れ、頭上には見事な青空が広がっている。

幸先が良い。こういう日は営業が捗る。

そう喜ぶプロデューサーに連れられ、今日は朝から刀剣工房へお邪魔している。


今回は私自身も前から楽しみにしていた案件で、実際にドワーフの親方が打った新作をいくつか見せていただけることになっている。

何でも、代替わりした工房のオーナーが私たちを推してくれているらしい。通信販売という新しい業態にも好意的とのことだった。


「いやあ、最近すごい人気ですね。私も息子と一緒に拝見しておりますよ」

「幸いなことに、皆様に応援いただいています」


いつも通り、プロデューサーは営業用のいい笑顔ですいすいと話を前に進めている。

口先では何かとぼやいているが、この人は生来の仕事好きだ。


「ここだけの話、何人くらいの方が配信を見ていらっしゃるんですか?」

「今はまだ冒険者に限った配信なので、数万人程度です」

「ほう、数万人!すごい数じゃないですか!」

「ですがまだまだ伸びますよ。いずれは100万人を超える人々に、彼女たちの存在を知っていただきます」


100万人。

その単語が、唐突に昔の記憶を思い出させた。

昔と言っても、そう前のことではない。プロデューサーと初めて出会った、暑い季節の記憶だ。


◆◆◆


初めて彼と出会ったのは、今からちょうど1年ほど前のこと。

私はいつものようにクランタンの街角で大道芸をしていた。

クランタンは私たち短耳族の国であるジヨ・ホールの都だ。スチールフロントほどは栄えていないものの、都を名乗れる程度には賑やかな街だと思う。


そんな街の一角にある広めの公園が、まだ一介の大道芸人に過ぎなかった私の”仕事場”だった。


「はいっ!それでは最後にコーニー流剣術秘伝!五連突きですっ!」


私は的である丸太人形から距離を取り、意識を集中すること一呼吸。


眉間、左肩、右肩、鳩尾、そして心臓。


カカカカカッ!と小気味良い音が響いくと、お客さんから小さな歓声が上がる。

少しでもおひねりを増やしてくれますようにと祈りつつ、締めの口上を始めた。


「どうもっ!ありがとうございましたーっ!

改めまして、私はシャイル・コーニーと申します!

この町にあるコーニー流剣術道場で師範代を務めていますので、強くなりたい人はぜひ見に来てください!」


できるだけ大きな身振りでと大きな笑顔を振りまきつつ、足元の籠を拾い上げ、


「ついでに、今回の演技が良かったと思う方は、こちらの籠にお気持ちを入れていただけると嬉しいです!一つまみ程度で結構ですので、ぜひよろしくお願いします!」


頭の上に掲げて、まだ残っている人々に向けて強調した。

いつものことだが、このタイミングで大抵の観客は足を別の場所に向けている。

わずかに残ってくれる人の善意で少しばかり籠が重くなった頃、遠巻きに見ていた男性客が光り輝く100ゴルド金貨を手に近づいてきた。


「素晴らしい演技でした。これは少ないけれど、良いものを見せてくれたお礼に」


少ないなんて、ご冗談を。大道芸に100ゴルドも落としていけるお大尽なんて滅多にいない。少なくとも私の演技では初めてのことだ。

太客になってくれるかもとの期待ぼんのうが頭をよぎり、ついいつも以上の笑顔で応対してしまう。


「わあ!ありがとうございます!晴れの日はだいたい毎日ここで演技しているので、ぜひまた来てくださいね!」

「ぜひとも。失礼ですが、もう一度お名前を教えていただけますか」


やたっ!この人の顔は覚えておこう!


「シャイル。シャイル・コーニーです。双剣士のシャイルと覚えてください!」

「シャイル……シャイル。うん、良い名前だ。不躾で申し訳ありませんが、もう少しだけお話しする時間をいただけますか?近くのお店で、お茶くらいはご馳走させて貰いますが」


おっと、そう来たか。

大道芸なんてやっていると、この手合いも珍しくはない。

相手を傷つけずにやんわりと断るのも芸のうちだ。得意ではないけれど。


「すみません、この後外せない用があるので」


にこやかに、しかしはっきりと拒絶の意思を示すと、男性は少し慌てた様子で両手を振った。


「ええと、誤解しないでください。そういう意図ではないんです。仕事の話をさせていただきたくて」


ますます怪しい。若干の不気味さを感じて私もつい早口になってしまった。


「ごめんなさい、そういう話は親に強く止められているので。また演技を楽しんでいただけたら嬉しいです!」


私にしては、頑張った方だと思う。

辛うじて愛想笑いは絶やさずに、相棒の丸太人形を抱えてその場を後にした。

やや意外なことに、男性客はそれ以上は追ってこなかった。



……と思ったのも束の間。

翌日も彼は現れ、やはり最後に金貨を手に話しかけてきた。


「昨日は不快な思いをさせてすまない。どうか話だけでも聞いてもらえないだろうか」

「お気持ちはありがたいんですけど、本当にそういうのは困るんで」

「まず、その誤解を解きたいんだ。純粋に仕事ビジネスの話を聞いてほしい」


17歳の乙女相手にお仕事の話を持ち掛けるなんて、もう絶対ダメなやつだ。


「いえいえ、私まだ17歳ですし」

「君は、もっと大きな舞台に立ちたいと思わないか?」


大きな舞台。この街にも劇場はあるが、そこを使えるのは有名な劇団だけだ。


「お客さん、劇団関係者なんですか?」

「劇団ではないけれど、似たようなものだ。君を、トップアイドルにしたい」

「トップ……あいどる?」

「人族の世界で最も大きいのはドワーフの王都ステラ座。その観客席は2500人だ。でも僕は、その100倍の人に君の剣技を見てもらう舞台を用意できる」


話が大きすぎて、ちょっと何を言っているのかわからない。


「あの、私のことを評価いただけるのはわかりました。よければ明日も見に来てください」


わからないので、この話は打ち切ることにした。たぶんまともに相手をしてはいけない手合いだ。


「突拍子もない話で申し訳ない。順を追って説明するから」

「そうそう!私、道場でも師範代を務めておりますので!体を動かしたくなったら、こちらも見学に来てみてくださいね!」


言うだけ言って、すたこらさっさと逃げ出した。

まあ、道場ならば父もお弟子さんたちもいるし近所の目もある。余計なちょっかいはかけてこないだろう。

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