第17話 転売屋との闘い(4)

「さてみなさん!私たちがいまどこにいると思いますでシカ!?」


カメラが回り始めると、セナがオーバーリアクションで周囲を見回す。


「なんとですね、ここは我らが通販ビジネスを最も多くご利用いただいているお客様の事務所なんです!」

「今回は感謝の気持ちをお伝えするべく、アポなしでお礼に来ちゃったでシカ!」


扉の前で元気に騒いでいれば、そりゃあ中の人に気付かれる。慌てた足音が聞こえ、男たちが飛び出してきた。


「こんな時間に誰だ!営業時間考え……ってシャイルちゃん!?セナちゃん!?え、本物!?!?」

「おいアルジャ、何してる。さっさと帰ってもら……ってなんでこいつらがここにいるんだ!?」


何だ何だと扉から出てくる冒険者たち。初級冒険者の集まりだけあって平均年齢は若めだが、中にはそれなりのおっさんも混じっている。


「この方たちはですね、前回の丸底鍋を700個近く買ってくれた方々なんです!いやあ、凄いですね!何に使ったんですか!?」


アホの子のふりをしてシャイルが手近な男に質問するが、当然誰も答えてはくれない。


「うるせえ!おいお前!その道具で撮ってるんだろ!?それをこっちに向けるな!」


激高した様子で一歩前に出てくる男には見覚えがあった。転売屋集団で一番等級の高い、カイジュールとかいう名前の魔術師だ。


「しかもでシカ!今回のポーションに至ってはこちらの住所だけで10,000個近くの発注があったでシカ!40人以上で手分けして買っていたみたいでシカ、近々大遠征でもする予定があるのでシカ?」


セナは吠える男たちを無視してしゃべり続ける。いいぞ、がんばれ。


「だから何なんだよ!?商会の許可は取ってるのか?あまり好き勝手やられると、上が黙っちゃいないぞ!?」

「へえ、上ってどなたを指すんですか?リンゲン商会様でしょうか?」

「馬鹿野郎、上の名前を出すな!リンゲン商会は関係ねえ!」

「でもでも、ここってリンゲン商会の倉庫でシカ?こんな時間に37人も集まって、それこそ商会の許可がないと怒られるでシカ!?」

「だぁあああ!うるせえ!もう喋るな!」


うーん、キレてるキレてる。頃合いかな。

暴力沙汰の気配を察し、俺が二人を護る魔法を準備し始めたところで、しかし予期せぬ邪魔が入った。


「君たち!これは何の騒ぎかね!?」

「リンゲン様!こいつらが!勝手に!」


俺達の背後、闇の中から現れたのは、パリっとしたビジネス服に身を包む壮年の男性だった。数人の護衛を引き連れ、足早に近づいてくる。


「リンゲン様!?ということは、リンゲン商会の会長様ですね!こんばんは初めましてわたくしシャイルと申します!」

「セナ=ルでシカ!こう見えて」

「黙りなさい!聞くべきことは私が順番に質問する!」


これは手強いぞ。会話の主導権を強引にもぎ取り、自分のペースで話を進めるタイプだ。経験上、ワンマン社長とか剛腕とか呼ばれる経営者に多い。


「聞いての通り、私はリンゲン・ギアグリンデルだ。このリンゲン商会を束ねている。君たちは最近冒険者たちの中で名を売っている二人組だね?」


冒険者たちの中で、を強調した詰問口調。商人には通じませんよ、というメッセージか。


「そ、そうでシカ!今回は」

「しかしだ!」


再び遮られ、口を閉ざすセナ。シャイルはあからさまにムッとした表情となる。


「その冒険者が、何故こんな時間に我が商会の倉庫にいるのかね?誰が許可を出したというのだ!?」

「あらあ、こちらの商会様にはポーションを特別にたくさんご注文いただいたんですのよ。ですので特別に即日お届けを、ねえ?」


“特別に”、“たくさん”を強調し、シャイルが対抗する。実際、ポーション6本入りの木箱を、申し訳程度にラッピングして持って来てはいる。


「それはありがとう!では荷物を置いてさっさと帰ってくれたまえ!私も従業員にいらぬ残業はさせたくないのでね!」

「まあまあそう焦らないでくださいます?せっかくですので、インタビューなど受けていただけると助かるんですの!」


口調だけは辛うじて丁寧さを保っているが、もうほとんど怒鳴り合いになっている。流石にここまでだ。


「インタビュー!?お断りだ!さっさと出て」

「リンゲン会長。この企画のプロデューサー、リュート・シバイです。ぜひ話を聞いていただきたい」


俺はカメラを顔から離し、直接表情の見える位置まで会長に詰め寄った。


「プロ……?何だね君は?彼女らの責任者か?」

「はい、そしてサリオン通販においても責任のある立場を預かっています。今回、御社による大量発注の意図を確認しに参りました」


肩書を持つ者は、同程度の肩書を持つ者を無視することはできない。彼がビジネスにおける最低限のマナーを持っているなら、会話自体は成立するだろう。


「ほう!噂のサリオン通販は、こんな小僧を責任者に据えているのか!先も知れたものだな!」

「若輩者ゆえ、是非ともご教示いただきたい。前回の鍋に今回のポーション、買い占めと転売、および弊社への攻撃的コメントを行った形跡を確認しています。いかなる意図によるものでしょうか」


俺自身、話術が巧みなわけではない。できるのは、単刀直入に、できるだけ急所を目掛けて刺していくことだけだ。


「逆に訊こう!どんな権限を持ってそれを尋ねるのだね!?こんな非常識な時間に、非常識な手段をもって、君は何様のつもりなのか!?」

「質問に答えてください。先に攻撃を仕掛けてきたのはあなたたちだ」

「今この場で無礼を働く君にこそ、質問に答える義務がある!」

「それは後日書面にてお伝えします。まずはあなたたちの行いについて説明いただきたい」

「では書面を確認した上で書面にて回答しよう!さあ、今日は帰りたまえ!」


うーん、水掛け論か。そのうち企業秘密とか何とか言われて逃げ切られるパターンかな。


「それに!我が社には我が社の考えがある!それを正直に話してもらえるとでも思うのかね!?」


そら来た。しかし、ここで引くのはもっとまずい。時間を与えることで、彼らに逃げ道を作らせることだけは避けたい。


「しかし!」

「だが!」


押し問答を続けることしばし。俺自身の心を焦りが支配し始めた頃だった。

救いの手は、再び闇の中から現れた。


「リンゲン会長よ。お主どんな権限があってとか言ったかの」

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