第13話 魔女の本気 ~ただし絵面は極めて地味である~

この世界では、生物無生物を問わず、万物に魔力が宿る。その魔力は微量ずつ空気中にも放出され、自然魔力マナとして魔法や魔道具に利用されている。なお、何らかの理由で地中に大量の自然魔力が蓄積されると、その場に止まることができず流れとなって大地や海の中を移動することがあるらしい。この流れを魔法使いたちは龍脈レイラインと呼んでいる。


そんな感じの講義を、俺はシャイルに引っ張ってもらいながら語っていた。

現在は、ダンジョンから脱出した翌日。荒野を縦断し、スチールフロントへ帰還中だ。冒険さつえいの主目的を終えたとはいえ、やるべきことはまだまだある。

昨日、ダンジョンから脱出したところで撮影データを研究所の編集班に送っておいた。アニエスの開発した魔導カメラは、ギルドカードを経由して指定した相手にデータ転送をすることができる。これで、一足先に動画の編集作業に着手してもらう。


またアニエスとはお互いに状況を伝え合い、計画変更の必要はないことを確認した。その上で、ブレンには簡単な報告書を作成し、送っておく。

旧魔族の支配域から荒野に差し掛かったところで日が暮れたため、シャイルとセナに狩りを指示し、以前紹介した中華鍋(この世界に“中華”という言葉がないため、丸底鍋と紹介している)を使った料理動画を追加撮影した。残念ながら、シャイルが獲ってきた獲物は鹿ではなかった。


「ちなみにセナ、鹿を殺したりすると、気分悪くなったりする?」

「プロデューサー、まさかセナのこと本当に鹿族の獣人だと信じ始めてたりするのでシカ?」


たまには気遣いを見せようとしたところ、ジト目で睨まれた。しまった、そういえば角がそれっぽいというだけで、俺とシャイルが面白半分でシカ属性を付与したのだった。実は彼女、高貴な種族の出だったりする。

そんな会話も挟みながら、追加撮影した動画も編集班に送信してこの日の仕事は終わりとした。


そして翌日、というか今。

俺は浮遊レビテーションを自分にかけた上で腰にロープを縛り付け、反対側の端をシャイルの腰に結ぶことで風船のように引っ張ってもらっている。今日はブレンとの約束から3日目。朝から各所との連絡、指示を出しまくらなければならない。ギルドカードは通信に便利だが、文字や画像のインプット機能はまだまだ発展途上だ。思うように上がらない生産性にやきもきしながら、朝からカードの文字入力インターフェースを叩きまくっていた。


「それじゃあ、龍脈レイライン小窓・スフィアとのパスが確立した魔法使いって、無限に魔力を使うことができるの?」


シャイルは嫌な顔一つせず俺を引いてくれている。むしろちょっと嬉しそうだ。テーマパークにいる子供のような気分なのだろうか。


「いや、そうでもない。例えば、大きな川から水田に水を引くとしよう。その場合、水田に流れ込む水の量って、引いてきた支流の大きさ依存するだろ?元の川にどれだけ水が流れていたとしても、その全てを使うことはできないんだ」

「なるほど、そううまい話はないか」

「でも、だからこそ魔法使いたちは更なるスフィアを求めるのでシカ。複数の川から複数の支流を引くことができれば、一度に使える魔力はその分大きくなるでシカ」

「へえ、最大で何本くらいのパスを通せるの?」

「確認できている範囲では8本かな。その域になると、世界各地の、大抵は地下深くにあるスフィアを見つける運と

実力に加えて、魔力操作の技術も格段に難しくなるんだよ。俺は6本が限界だった」


世界で唯一8本のパスを持つ彼女は、今頃ポーション作成のためにその膨大な魔力を消費しまくっている。


「なるほど、姐さんの強さの秘訣はそこにあったのね」

「強い弱いだけで言ったら、魔力量は後付けだけどな。アニエスは出会った時から強かったよ」

「プロデューサーが昔の話をしてくれるなんて珍しいでシカね。その辺り、もっと聞きたいでシカ」


しまった、余計なことをしゃべりすぎた。注意力が散漫になっているかな。


「それはまた今度な。ほら、転売屋に関するレポートが届いてるぞ。分析班、良い仕事してる」

「もうセナ!余計なこと言うから、あからさまに話題変えられちゃったじゃないの」

「う……すまんでシカ」


口ぶりからして、シャイルは意図的に話題を誘導していたのかもしれない。彼女は脳筋に見えて、話術も巧みだ。

余計なことは口にすまいと気を引き締め、俺は仕事に意識を切り替えた。レポートを読む限り、転売屋の動向は、この世界で初めて企むにしては良く練られている。だが、相手が悪かったな。こちらにはインフラを支配する魔女がついており、俺という地球出身者チーターがいる。彼らには「転売屋は割に合わない」と世間に知らしめる役割を担っていただこう。


その後、セナが新魔法『群狼ウルフ行進・マーチ』の発動に成功したこともあり、予定よりも随分早く荒野を渡り切ることができた。この魔法は術者の一定範囲内に仲間がいる場合、その全員の行軍速度が速くなり、疲労も軽減される。初めて訪れる場所など、転移門ゲートを利用できないケースは少なくないので、こういった魔法は重宝する。

夕刻過ぎにはスチールフロントの街に入り、その足で太陽教会に立ち寄る。突貫のポーションの製造工場となった教会地下墳墓では、文字通り精魂尽き果てたフルーゴ司祭とトボコグ助祭、それにアニエスが長椅子でぐったりしていた。


「お疲れ様、アニエス」


さすがに良心が痛み、できるだけ優しい声で話しかけてみる。


「リュート……さすがに、これは、恨むわよ……」


眼球を動かす気力もないらしく、アニエスは天井を見上げたまま枯れた声で呟いた。うん、申し訳ない。でもまだ終わりじゃないんだよなあ。

奥の方にはできたてのポーションが木箱に入っているのが見えたので、シャイルとセナに数量確認を頼む。

その間、俺はアニエスをきちんとベンチに座らせてやり、皴になった白衣を整え、乱れた髪を櫛で梳いてやった。


「とりあえず、研究所に帰ろう。歩ける?おんぶする?」

「……おんぶ」


されるがままのアニエスを背負ったところで、確認を終えた二人が帰ってくる。


「おうおう、見せつけてくれるわねえ」


「100本入りの箱が4段25列、確かに10,000本ありそうでシカ。ただ、1箱ずつ中身は確認してないでシカ。あとプロデューサー、手つきがいやらしいでシカ。姐さんのお尻触ってないでシカ?」


そんなことはない。が、こういう時は反応したら負けだ。俺はフルーゴ司祭に歩み寄り、感謝の意を伝えることにした。


「フルーゴ司祭、大変なご助力ありがとうございます。ポーション10,000本、取り急ぎ確認させていただきました。出荷に際してはこちらから人員派遣いたしますが、まずはゆっくりお休みください」


ベンチに横になったフルーゴ司祭の手が、かすかに上がった気がした。

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