第10話 戦いは準備が8割

「なるほど、事情はわかった」


さほど感情を揺らすことなく、ブレンは俺の報告を受け止めた。

あの後、ギルドカードのメッセージ機能を通じてブレンの秘書さんに面談希望アポイントメントを伝えた俺は、さほど待たされることもなく執務室に通してもらうことができた。

ちょうど官僚たちとの会議中だったブレンは、法務次官と秘書を残して人々を部屋から退出させた。


「一応予見していたこととはいえ、随分あっさりしてるな。矢面に立たされて、しんどかったりしないのか?」

「この程度で揺らいでおったら、領主などやっておれんからの。それで、社長としての儂は何をすればいいんじゃ?」

「とりあえず、あと7日時間が欲しい。それまでの間、この件で誰かに何か言われても、コメントを出さずにいてくれ。王族としても、領主としても、社長としても」

「長いな。すっとぼけろと言われればやらんこともないが、5日くらいが限界じゃぞ」

「む、わかった。5日以内に報告に来る」


割と賭けなところもあるが、いざとなれば裏技も視野に入れよう。


「他に、何か手伝えることはあるかの?」

「そうだな……この街にあるゴムの工房を、大きい順に10社くらいリストアップできる?」

「それはお安い御用じゃ。リストだけで良いか?声もかけておくか?」

「とりあえず、名前と住所と、できれば代表者くらいが分かっていれば十分かな」

「心得た」


用途を説明せずとも動いてくれるのはありがたい。特に今は法務次官ぶがいしゃがいるから、細かい話はしたくない。


「一応、状況は都度メールするよ」

「了解じゃ。こちらからも随時連絡しよう」


会話を終え、俺はソファーから立ち上がった。秘書さんに軽く手を振って執務室のドアに手を掛ける。秘書さんはドワーフにしてはすらりとした体型の才媛なのだが、結果として人間の中学生女子がスーツを着ているような外見となっており、その妙なアンバランスさが気に入っているのだ。


「そういえばリュートよ、ちょいちょいうちの秘書にちょっかいかけてないか?度が過ぎるようだとアニエスに言いつけるぞ?」


ちょっかいなんてとんでもない。2期生プロジェクトに向けた下準備だ。



一旦研究所に戻った俺は、アニエスと研究員からそれぞれ報告書を受け取りつつ、セナを伴って街に繰り出した。

アニエスが監修しているだけあって、報告書はよくまとまっていた。これによると、想定していたシナリオの中でも2番目に可能性の高いと考えていた内容とほぼ一致しているようだ。ならば、対策はそう難しくない。問題は時間だ。

買い物がてら昼食を取り、その足で先日の太陽神教会に向かう。教会はやはり閑散としており、トボコグ助祭が庭の掃除をしているのが外から見て取れた。


「こんにちは、リュートさん、セナさん」


こちらに気付いたトボコグ氏は、ぱっと顔を上げて挨拶してくれた。ノーム種はドワーフの近縁種であり、俺の感覚から見るとおっさん顔ばかりの種族だ。トボコグ氏も例に漏れず見た目がおっさんなので、笑顔を向けられたところでキュンとくることは特にないが、好印象を持ってくれているのはありがたい。


「フルーゴ司祭に御用ですか?」

「ええ、昨日の今日で申し訳ないんですが、例のポーションの件でお時間いただくことはできますか?できれば、トボコグさんにも同席いただけるとありがたいんですが」


承知しました、と控室に案内してくれるトボコグ氏の後ろを歩いていると、首を傾げたセナが呟いた。


「昨日とは随分印象が違うシカね。もっとカチコチじゃなかったでシカ?」

「ははは、すみません。昨日はが目の前にいたので、緊張してしまいました」


しまった、この人はシャイル推しだったか。状況によってはセナに「お願い」させようと思っていたが、人選を間違えた。


「いやいや、今だってセナが目の前にいるんだから緊張しても良いんでシカよ!?」

「すごい、普段もこんな感じなんですね!感動だなあ」


まったく相手にされていない。こういうのは相性だからな。気にするなセナ。


「プロデューサーも、温かい視線やめるでシカ!別にセナは寂しくも悔しくもないでシカ!」


トボコグ氏はツボにはいったらしく、声を上げて笑っていた。良かったなセナ。ファンが増えたぞ。推し変とまではいかないだろうけど。



フルーゴ司祭との会談の結果、ポーションの早期大量生産についてかなり無茶なお願いを聞いていただくことができた。

司祭、トボコグ氏をはじめとする教会関係者には鼻血を吹きながらポーション作成に勤しんでいただくことになるが、それに見合う対価は得られるだろう。


「7セブン英雄ブレイブスのエグさを初めて見たでシカ。あんたとんでもない魔法使いだったんでシカね……」


昨日と同じ、教会からの帰り道。セナは若干引き気味に俺を見ていた。


「それほどでもない」

「それほどでもあるでシカ!」


むう、謙虚に言って胡麻化そうとしたが、そもそも黄金の鉄の塊の伝説はこちらに伝わっていなかったか。


「真面目な話、俺の魔法強度自体ってそこまででもないんだよ。他の系統でも、ギルドマスタークラスなら同程度の魔法は使える」

「いや、ギルマス基準って時点でおかしいんでシカ」

「俺の系統が珍しい、というか唯一ユニークだからな。何て言うか、珍重されるだけの話なんだ」


ボクシングや卓球で左利きが強いのと、基本的には同じだな。


「はあ、それならそういうことにしておくシカ」


疲れた様子で肩を落とすセナの頭をぐりぐりと撫でて、俺は元気を促した。


「さて、明日はいよいよ最下層に向けて出発するぞ。美味い物でも食って帰るか!」

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