お泊まり会

 真美さんに話を振られて、私は困ってしまった。


 皆が話している間に考えたけど…………好きなタイプを聞かれても、頭の中には千早さんしか出てこない。

 そして千早さんがどういうタイプかと考えたけど、自分の中で答えは出なかった。


 …………そりゃきっかけは、私に興味が無さそうな態度にキュンときたことかもしれない。私は昔から男の人に言い寄られることが多くて、恋愛に対して苦手意識があった。

 だから私を助けてくれた時、全く私の事なんて見ていなかった千早さんに惹かれた。

 それはうん、そうだと思う。


 でもそれだったら……仮に千早さんが、今まで言い寄ってきた人達のように私の事を好きになったら、私は千早さんの事を嫌いになるの?


 想像したけど、答えは全くのノーだった。

 もし千早さんに告白されでもしたら、私はその場でくるくると踊り出してしまうかもしれない。それくらい嬉しい。今私が一番欲しいもの。それは千早さんなんだもん。


 ────結局、人を好きになるのに理由なんてないんじゃないのかな。

 当たり前だけど私だって全ての人に言い寄られてきたわけじゃない。これまで男の人にそっけなくされたことなんて沢山あった。でも私はその人達のことを好きにはならなかった。だから、そういうことなんだと思う。


 ────私の好きなタイプは…………『千早さん』だったんだ。今までずっと。これから先も。


「こおりちゃん? いつまで考えてるの〜?」


 いつの間にか下がってしまっていた頭を上げると、真美さんが目を三日月みたいに歪ませて、口なんてもう、にやぁって吊り上がって……顔をプルプル震わせなから私を見つめていた。必死に笑いを堪えているのは明らかだった。


 …………真美さん、さては私の答えがどれだけ千早さんに合致してるか楽しみにしてるな。私を肴に楽しもうとしてるんだ。


「…………」


 いいもん。真美さんの知らないことだって沢山あるもんね。

 私は意を決して肺から息を吐き出した。


「私の好きなタイプは…………風邪をひいた時、私が作ったお粥をおいしいって食べてくれる人です」


 答えて真美さんに目をやると、何とも言えない奇妙な表情をしていた。勢いよく「ほ」と叫んだ時のような、驚いたような表情。

 「そんな事までしてたのか!?」って、顔に書いてあるみたい。


「え、こおりちゃんって料理出来るの!?」


 真美さんを見ていると、対面に座ったありすさんがソファから身を乗り出して聞いてくる。


「一応自炊していますよ。映え〜とか、そういうのは出来ないですけど」


「ええ…………そんなに可愛くて、さらに料理も出来て……何この完璧な存在は……!」


「いやいや、それを言ったら三人ともお綺麗じゃないですか。メモちゃんは会ったことあるので知ってましたけど、ありすさんもバレッタさんもとても可愛くて、私今日びっくりしたんですよ」


 本当に、三人ともとても可愛いんだ。もしかしてバーチャリアルって顔も選んでるのかな、って思ってしまうくらい。


 コメントに目をやると、私の事が沢山書かれていた。


『こおりちゃんの作ったご飯食べてえ……』『俺おいしそうに食べるねってよく言われる』『皆可愛いのか!!!』『チャンネル登録した』『こおりちゃんは美少女に決まってるだろ!』『こおりに看病されてえよ……』『みんなどんな人なの?』『こおりちゃんのファンになりました』


「あははっ、こおりちゃん大人気だね〜」


 今回の配信はバーチャリアルの皆さんのファンが多かったけど、初めて私の声を聴いたという人も私の事を優しく受け入れてくれて、コメント欄は本当にいい雰囲気だった。


「よーし、じゃあそろそろ終わろうかな!」


 いつの間にかいつもの顔に戻っていた真美さんが勢いよく宣言する。

 時刻は午後十時。気付いたらノンストップで三時間もお喋りしていた。


「だねー。バレッタがさっきから眠そうにしてるし」


 バレッタさんに目をやると、丁度あくびして出た涙を指で掬いとるところだった。


「…………ごめんなさい。……緊張が解けたら、なんだかホッとしてしまって」


「あははっ、今更リラックスぅ〜? ま、バレッタは初めてのオフコラボだったもんねえ」


 ありすさんがバレッタさんの頭をよしよしと撫でる。バレッタさんは最初借りてきた猫のように固まっていたが、次第に目を細め始めた。見てるだけでも気持ち良さそう。


「じゃあそんな感じで今日の配信は終わりっ! 皆長時間観てくれてありがとね〜!」


 真美さんがそう締めくくり、オフコラボ配信は大盛況のまま無事終了した。





 今日は皆ありすさんの家に泊まることになっているから終電の心配をする必要はない。真美さんなんかは配信後の飲み会が本番だと思っていそうな節があった。


「バレッタってお酒飲めたっけ?」


「……うん、この前ハタチになったから」


「そうなんだ! おっめでと〜! じゃあはいこれ。大人の階段を登った記念」


「……ありがとう、ありすちゃん」


 ありすさんが缶ビールをバレッタさんに手渡す。コンビニとかでよく見る銀色のラベルのやつだ。


「こおりちゃんはどうする?」


 缶チューハイと缶ビールを両手に持ってありすさんが尋ねてくる。


「私はソフトドリンクにします」


 また酔っ払って前後不覚になる訳にはいかない。配信中では無いけれど、家主のありすさんに迷惑をかけてしまうかもしれないし。


「えー、飲めばいいじゃんななみん。可愛いのに」


 笑いながら真美さんがありすさんから缶ビールを受け取る。


「…………恥ずかしいだけですよ、あんなの」


 コメントでも『可愛い』って言ってくれた人は多かったけど、あんなのは可愛くもなんともないと思うんだ。ただべろべろに酔っ払ってしまっているだけだもの。


「残念。まあ無理に飲ませる訳にもいかないからね」


 ありすさんからオレンジジュースを受け取りグラスに注ぐ。綺麗なオレンジ色が……なんだかそれだけで楽しかった。オフコラボが大成功に終わって、私も少し浮かれているのかも。


「じゃあ姫、乾杯のあいさつやっちゃって!」


 ありすさんは小麦色の液体が注がれたグラスを持って準備万端といった様子。バレッタさんも胸の前でグラスを抱き締めるようにしている。


「よーし、そんじゃ…………オフコラボ、お疲れ様でした〜!!」


 カチン、とグラスがぶつかった高い音が部屋に響く。オフコラボの打ち上げと称した女子会、もとい飲み会が始まった。

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