友達以上

 こおりちゃんには謎が多い。


 バーチャル配信者はリアルの素性を隠して活動しているが、なんやかんやで少しずつリアルが透けてくることがほとんどだ。

 年齢だったり、身長体重だったり、住んでいる地域だったり。あとはまあ……下着のサイズだったり。


 雑談の中でポロっと言ってしまったり偶然配信画面に載ってしまったり等原因は沢山あるが、こおりちゃんはその辺りキッチリしていて今の所何かリアルの情報が透けたということはない。


 『氷月ひゅうがこおり 中の人』で検索を掛けてみてもまともな情報は見つからない。広告を踏ませるための中身のない記事がいくつか出てくるだけだ。


 菜々実ちゃんとのピクニックから帰ってきた俺は、スマホにとある画面を表示させ悩んでいた。


栗坂くりざか真美まみ』。


 現在、こおりちゃんの中の人を知っている唯一の人物。


 ……いや、唯一はどうかは分からないが。


 ────知りたい。


 こおりちゃんがどんな人なのか、知りたい。


 でも……もしここで栗坂さんにこおりちゃんの中の人について聞いてしまったら、それはもうただのストーカーではないか。


 その行為は、俺の中で明確にアウトだ。その時点で俺はこおりちゃんのファンを名乗る資格はない。


 ────知りたい。


 その気持ちは俺の中でどんどん大きくなっていく。


「…………聞けるわけないよなあ」


 道端で偶然知り合った子が、実はこおりちゃんでしたなんて、そんな都合のいいこと起こったりしないだろうか。


「…………はは」


 その考えはいよいよ末期だ。ある訳ないだろそんなこと。


 …………はあ、やめやめ。


 恋したったって、本当に付き合おうとしてどうする。


 バーチャル配信者への恋なんてはしかみたいなものだ。この気持ちもすぐに無くなるさ。

 俺は栗坂さんのページを閉じようとした。


 その時、一通のメッセージを受信した。





『明日、ボクの家に来ない?』


 発信者は神楽さんだった。


『何故?』


 神楽さんとは何度も通話しながらゲームをやっていたからかなりラフな関係になっていた。


『明日MMVCあるじゃん。ボクの練習の成果を隣で見てて欲しいなって』


 MMVC。

 バーチャル配信者限定のエムエムの大会で、明日はその第二回大会の開催日だった。


 姫もありすちゃんもバレッタも、勿論こおりちゃんも出場する。ネットでもかなりの注目度を集めているイベントだ。


 ……そうなんだよな。普通に遊んでるからただの友達みたいな感覚になっていたけど、神楽さんはチャンネル登録者百万人の大人気バーチャル配信者なんだよな。このところ完全に失念していた。


『隣は不味いと思うけど』


 ありすちゃんは勿論大会の間配信するだろう。恐らくペアのバレッタと通話しながらプレイして、その音声を配信にも載せるはず。

 もし俺の声が入りでもしたら大惨事だ。炎上は免れないだろう。


『千早くんが静かにしてれば大丈夫! 小さな声ならゲーム音でかき消されるし、最悪お兄ちゃんの声って言うから!』


『うーん、でもなあ』


 もし何かあったら、と考えると簡単に行くとは言えなかった。確かに配信中の姿を近くで見られるというのは気になりはするが。


『千早くんが傍にいてくれた方が実力出せる気がするんだよぉ……頼むよ〜〜』


 ぽこん、と泣いているスタンプが表示される。


 ……うーん、まあそこまで言うなら行こうかな……。気持ちだけで言えば俺だって行ってみたいのだ。神楽さんの言う通り静かにしていれば何事もなく終わるはずだ。


『……そういうことなら』


『やった! じゃあこの前と同じ感じで入ってきてね!』


 こうして俺は何故か神楽さんの家でMMVCを観戦することになった。

 元々は家で酒でも飲みながらこおりちゃんの配信画面で観戦しようと思っていたが、仕方ない。


 神楽さんは一緒に練習した戦友でもある。こおりちゃんとは敵同士だが、明日は神楽さんも応援しよう。




 次の日の夕方。


 二回目となると迷うことも無く、俺は神楽さんの家に到着した。


 ベルを鳴らすと、例によって肌色面積の大きいルームウェアに身を包んだ神楽さんが出迎えてくれる。

 磁石に引き寄せられるように視線が無防備にさらけ出された生足にいきそうになるがぐっと堪えた。友達をそういう目で見るのは良くない。


「やっほ。来てくれてありがと!」


 神楽さんが笑顔で手を振ってくる。


 俺はそれに軽く手を挙げ応えると、用意されたウサギのスリッパを履き神楽さんの後ろを着いていく。


 健康的なお尻がふりふりと動き、俺は咄嗟に視線を外した。

 どうして前回も今回もそんなくっきり体のラインが出る服を着てるんだ。

 恐らく俺を男として全く意識していないからなんだろうが、こっちとしては目に毒すぎる。勘弁してくれ。


「千早くんはブラックでいいよね?」


 リビングに通されると神楽さんはキッチンの方に消えていった。


「いや、今日は甘いのが飲みたい気分なんだ」


「ふうん。了解」


 もう二度とあんな苦い物は飲んでなるものか。


 ソファに座り待っていると、ややあって神楽さんがカフェオレを持ってやってきた。


「はいどうぞ。とびきり甘くしといたよ」


 差し出されたグラスを受け取り、口をつける。


 うん、甘い。これがいいんだよな。

 暑い外を歩いて喉が渇いていた俺は、半分ほど一息に飲み干した。


「千早くん、実は苦いの苦手でしょ」


 神楽さんは俺の対面に座ると、にやっと嫌な笑みを浮かべて俺を見つめてくる。


「……どうしてそう思う。前回はブラックを飲んだはずだが」


「あはは、飲みながら眉間にシワ寄ってたよ? それにあんなに居たのに半分残してったしね」


「…………バレたら仕方ない。よく見てるんだな」


「この前も言ったけど結構人は見るタイプだからね。因みにちらちらボクの足とか見てるのも気が付いてるよ?」


「なっ────」


「いいっていいって、怒ってないから。男の人はつい見ちゃうものだって聞くしね」


 …………バレていたのか。


 見ないように意識していても、視界に入るとつい一瞬視線がいってしまうんだよな。男のサガなのか、俺がスケベなのか。本当に申し訳ない。


「…………気付いてたなら隠してくれ。はっきり言って目に毒なんだよ……」


「や〜だ。ボクこの格好じゃないとゲームに集中出来ないし。それに、千早くんになら別に見られてもいいかなーって思ってるし」


「…………なんだそりゃ」


 やはり神楽さんは俺とは違う常識で生きているんだろう。確かなことは、俺の事を全く意識していないということだけだ。


「あ、そろそろ集合時間だ。先に行ってるから千早くんは好きなタイミングで来てね!」


 そう言うと神楽さんは隣の部屋に消えていった。


「…………」


 俺はカフェオレを口に含みながら、脳裏に焼き付いた神楽さんの身体を必死に消去していた。


 ……変なことを言うから意識しちゃったんだよ。

 変態じゃないからな。

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