じゅうよんてんご、たすいち。

1.

「もう知らない――」

 思わずそんな言葉を捨てて家から飛び出してしまった。

「ごめん、下手くそで」

 階段を降りながら、呟く。

 急かすべきでは無いのはわかってる、でも急かさないとあいつは動かないタイプなのは私が一番知ってる。

 言い過ぎてしまった、こうしてまた距離が離れていくんじゃないかと考えると寂しくて寂しくて、苦しい。

 とりあえず喫茶店か何かで気を紛らわせよう、落ち着けばちゃんとまた話し合える、そう思ってはいるけど。

 このぽっかり空いてしまった穴を、まだ埋めれそうにない奴のとこに戻ってどうすると言うのか。

「だめだなぁ、昔っから」

 自分に投げかける。

 高校の時も、中学の時も、その前だって。いつも私のそばに居てくれた。

 どんだけ理不尽な呼び出し方ややり方をしても、そんな不器用な私と付き合ってくれ続けてるのが嬉しくて。おそらくその気持ちが芽生えたのは中学の頃だと思う。

 でも、その気持ちに何て名前をつけるのが適切なのかまだわからなくて。下手に踏み出して関係性が壊れるのが怖くて。

 あの手の人間はズルズルと失恋を引きずるもんだ、そして私もその手の人間ときた。無自覚のうちに恐怖が感情を誤魔化していたんだろう。

 気づいた頃にはもう遅かった、そこには誰も居なくて。

 また、寂しいが積もる。



2.

 三日間モラトリアム、それは私の為の時間でもある。

 もしこの想いがただの一方通行で、あっちは一切恋愛感情を抱いておらず、心許せる友人くらいな立場として考えていたら。私はそれをずっと引きずって生きていくことになるから。

 怖い。大人になるという事が、人を知るという事が、好きな人の想いを聴くということが。

 本当に『モラトリアム』とはよく言ったものだ。

 お互いが踏み出すための猶予期間、そしてその後は否が応でも現実を受け入れなくてはいけない。

 私はどう受け止めればいいのか、一切わからない。


 スマホのバイブレーションがメッセージの着信を告げる。でも、今は見る気になれなくて。

 どこまでも不器用な私に自分で呆れてしまう。

 もう宿を取ってしまおうと身近なビジネスホテルを探し電話で予約を入れる。

 久々の電話はとても怖かったけど、そんな怖さよりも関係性が壊れることの方がもっと怖いと思い知らされる。

 短期的な恐怖ではない、長期的な恐怖をずっと抱えて笑顔で振る舞って。中身はこんなぐちゃぐちゃだなんて。

 帰ったらなんて話そう、なんて言おう、そして。

 何を聞いても受け止めよう、全力で、悔いのないように。

 その結果が嫌な方に転んでも。悪あがきだってしてやる、現に押しかけた時点で悪あがきのようなもんだけど、もっともっと悪あがきしてやる。

 このミナト様をここまで寂しくさせるだなんて、本当にズルい。



3.

 ホテルにチェックインするとベッドに倒れ込む。

 あぁ、広い。ホテルのベッドが広いのは当然だけど、一人で一つのベッドを使うと言う事に違和感を覚え、余計にむなしくなる。

 またメッセージが来る、カチンと来た。

『もう放っておいて』

 また、不器用な私が嫌がらせをしてしまう。

 会いたい、側にいて欲しい、もっと近くに来て欲しい。

 どう考えても、どこから見ても私のわがままでしかないけど。

 早く素直になりたい、その為にはこのモラトリアムで何か変わらなければいけない。

 でも、変わるって何を?どこを?どうやって?

 わからないまま、モラトリアム初日を消化してしまう。

「まだ眠くない……」

 習慣になってしまった言葉を零して自分でも驚いてしまう。

 こんなに好きなのに、離れ離れになるなんて嫌だ。

 また、わがままな私が一人増える。

 そうだ、まずはわがままな私を少しでも素直な私に変えよう。

 その為に――今日はもう眠ってしまおう。

 おやすみなさい、良い夢を。



4.

『みなとー』

「なぁに?」

 少年は笑いながら近付いてくる。

『呼んだだけ』

「殴るぞー?」

 えい、と軽く頭を叩く。

 痛いなぁと笑いながら私の隣に座る。

「なんだ、寂しいのか?」

『寂しくなきゃいけないの?』

 そうじゃない。

『みなとが寂しいのは僕も寂しい』

「わたしも一緒だよ」

 だから、だからこそ。

『みなとが笑ってると僕も元気になるからさ、みなとも無理のない程度に笑顔になってよ』

「自分のために?」

 お互いの為に、と笑みを零しながら。

「まぁ、考えておいてやろう」

『うん、いつまでも待ってるから僕は』


 うそつき。

 どこか遠くに行っちゃったくせに。

 元気になれないじゃないか。

 お前が居ないと、私は笑顔の作り方すら忘れてしまいそうなんだよ。

 だから、お願いだから。


 ずっと、側に居て欲しいんだ。



5.

 泣きながら起きたのは何年ぶりだろうか。

 夢の内容はさっぱり覚えてないが、そこまで怖い夢では無かった気がする。

 懐かしい物を見てて、それから……。

 好きって気持ちの形にようやく気がついて。

 もしかしたらこれは愛と言う曖昧な定義の感情なのか。

 ……定義すべきなのか、これは。

 好きも嫌いも、愛も恋も、何もかも。

 側に居てくれるなら、どうでもいいのかも知れない。


 でも、一方通行は嫌だ。

 お互いが目を見て、ちゃんとわかりあえて。

 もっと、良いわがままを言い続けて、悪いわがままは捨てちゃって。

 素直に、純粋になれるように。少しずつ力を借りればいいんだ。私は一人じゃない。


 好きだ。


 これは紛れもない私の感情で思考で。


 曇り一つない澄み渡る空に叫ぶ。


 大好きだ、ばかやろう。



6.

 二日目はとにかく素直になれるように一人でイメージトレーニングを繰り返した。

 鏡を見てぎこちない笑顔になってるのを見て、さらにぎこちなく苦笑する。

 昨日まではあんなに自然に笑えてたのに。今では作り笑いすら出来ないと来たもんだ。

 弱い私に負けてしまわないように、必死に考えて考えて考える度に顔が、声が、匂いが頭をよぎる。

 会いたい。


 こんな感じで一回のシチュエーションを想定するのに邪魔な『』が蝕んできて一回あたり三十分はかかる。

 効率が悪いトレーニングだ、本人と重ねていけたら苦労することは無いというのに。

 馬鹿だなぁとまた呟く、に対して。



7.

 昨晩から思っていたけど、アメニティのシャンプーがとても髪質に合わない。

 なんだか自分の髪じゃないようなゴワゴワした感じで、とても嫌になる。

 そうしてふと『』を思い返しまた切なくなる。

 無駄にいいシャンプーを使いやがって。

 実家に居た時は自分の使っているシャンプーなんてさほど気にしてなかったけど、髪質にぴったり合うかのように髪に馴染んで、最初お風呂入った時は感動したのを思い出して少しだけ笑う。

 あぁ、私笑えるじゃん。好きな人の事を考えればちゃんと、笑えるんだ。良かった。

 だから、明日はちゃんと帰って私からも伝えなきゃ行けない。

 好きだって事を。

 あのぬいぐるみ達には申し訳ないけどダンボールの中で寝てもらうことにしよう。

 だって、ちゃんと両思いだったとするなら。

 もっと距離は近づいていくんだから、狭くする必要なんてない。



8.

 ――急に苦しさに襲われる。

 寝相が悪かったのか何なのかはわからないけど、急に過呼吸になる。

 苦しい、苦しいよ、助けてよ。

 ちくりと更に胸に刺さる痛みがある。その痛みにも苦しめられる。

 あぁ、わかってるんだってば。


 ――好きなの、大好きなの、好きなんだから……一人にしないでよ、もうどこにも行かないで――


 また、涙が零れてくる。それに伴うように呼吸もまた荒くなる。

 胸の痛みも、自分の中で言葉を重ねる毎に感じる。

 だけど、言葉は、思いは。溢れ出て止まってくれやしない。

「好きなんだよ、ばか」

 当たり散らすように、枕に強く顔を埋める。

 涙でじわじわと濡れていく枕、それでも止まらない涙。

 まるで夕立のように、降り注いでいく。

 じゃあこのベッドの上は、入道雲?


 嫌だ、上からじゃない。

 横から、隣からじゃないと嫌だ。

 対等な関係になりたい、好きと好きが同じ目線に並ぶ位置に。


 そう考えていると雨は上がっていき、呼吸も整ってくる。

 少し腫れぼったい目を鏡で見て苦笑いしながらお茶を飲んで一息つく。


 明日、帰る。



9.

 一人でバスに揺られる。

 そう言えば来る時もこの系列のバスだったっけ。

 あの時は大きい荷物が邪魔だったな。

 そんな事を考えてるうちに停留所に着く。

「あぁ、帰ってきてしまったな」

 昼下がりの太陽はこれでもかと言う程私の白い肌を照らしてやがる。

 こんな美少女がこんがり焼けたら大事件だぞ、太陽め。


 なんてぶつくさ言いながら、どうやって部屋に入ろうか迷いながら階段を登って扉の前に立つ。

 ……鍵は持ってる、少し色あせたキーホルダーが付いた合鍵。

 でも怖くて怖くて、暑いと言うのにも関わらず涼しいであろうその空間に立ち入れずにいる。

 何をしてるかだけ確認しようと耳をすませて聴いてみる。


「――ミナト」

 確かに、そう呼ばれた。

 音を立てないように静かに鍵を開け、扉を締め施錠する。

 幸いにもバカで間抜けな家主は気付いていないようだ。

 廊下を通って扉の前でまた、足止めを食らう。

 なんて顔すればいいか、なんて言えばいいか。

 わからない、今私がどんな表情をしているのか。

 わからない、今彼がどんな心境をしているのか。



10.

「帰ってきてよ、ミナト――」

 ……。

 はぁ。

「帰ってきたが?」

 扉を開けてしまった。

 ベッドで唸っていたその生命体はベッドの上でびくっと跳ね上がり、床に落ちる。

「床で寝るなと言ったろうに」

 はぁ、私が居ないと――

 私も、彼が居ないと――

 ダメなんだろうな。


 ほら、泣いてる。

 私が側に居てやらないと。

 寂しいのは一緒だったんだ。

「本当に、私が居ないと何も出来ないヤツだ」

 本当に、彼が居ないと何も出来ない私だ。


 私のモラトリアムはもう少しで終わる。



11.

 覚悟を決めたかのように話だすのを聴く。

「僕はミナトの事が好きだ。昔から、ずっと」

 良かった、本当に良かった。同じ気持ちだったんだ。

 それに反して、自分の口はバカみたいな事を口ずさむ。

「ふーん」

 赤面してる姿を見ながら、笑ってしまったのだ。

 愛おしすぎて、昨晩とは違う胸の痛みがする。

 これは、幸せな痛みだ。


 だから、返事は一言で返してやる。感謝しろ。

「遅い」


 そして私のモラトリアムは終わった。

 返事くらい、素直にやってやろうじゃないか。

 ――唇が重なる、鼓動が高まる。

 これが、好き。

 これが、大好き。

 これが、愛してる。


 どんな言い方でもなんでも構わない。

 私達の関係性は、ここからようやくスタートするんだから。

 幼馴染でもなんでも無く、二人としての生活がスタートするんだ。



Moratorium x Sanatorium / Fine.

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モラトリアムxサナトリウム るなち @L1n4r1A

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