3.年越しそばはコンビニ産

ここで通話するそぶりはない。

あれ、あらかじめ仕込んだやつだ……どこまで手が込んでるんだよ。


「いいなぁ、司さん。家族にメッセージまで送ってもらえるなんて」

「電話じゃなくて、メッセージってところがいいですよね。なんか心があったかくなるっていうか」

「忍、向こうの部屋で」

「もう再生押したけど」


……晒されること前提か。

一体何が吹き込まれているんだ……?

無意味にドキドキするオレ。


森さんの声が、空間に対して絶対的に人の少ないその静かな部屋に響いた。


『司ー おつかれさま。みんなと仲良くしてますか』

「……どういうメッセージですか」

「これは多分、最初は何言っていいのかわからないから、適当に入れたやつだ。気にしないでくれ」


……司さん……意外に冷静だ。


「森さん、そうなんですか?」

「うん、伝えたいのはそこじゃないから、まぁいいかという感じで」


何がいいのだろうか。

謎のまま再生は進んでいる。


『聞いてる人達がいたらおつかれさまです。今年は家族で過ごせないので寂しいのだけれど、忍ちゃんとでかけることになったので、精一杯楽しんで来ようと思います』

「……お前、普段妹、敬語で話してんの?」

「いや、それメッセージだからそうなってるだけだと思う」


永久保存版だ。


『でもやっぱり寂しいです。今年だけじゃなくて、これから毎年かもしれないし……そう思うとせっかくの年越しの日だから、やっぱり司と一緒に過ごしたいと思います。……ちょっとだけ抜け出して、顔見せてくれるとか、ダメかなぁ』

「…………」

「妹かわいい! オレこんな妹欲しい!」

「妹連呼するな。お前はには弟の方が合ってるぞ」


御岳さんが音声だけでツボっているらしい。司さん、もはや黙殺。相当、堪えているようだが、大丈夫か。


『できるようなら忍ちゃんに言ってね。待ってるからね。今年の年越しは今年しかないんだからね。無理ならーーーー』



「というか、忍。もうやめてくれ、あとで聞くから。ここで晒したら森だって嫌がるだろう!?」


ついに限界が来た様子。いつになく語尾が強い。


「どうだろう。司くんの反応が微妙で面白いから、そのさまを見られたら喜ぶような気がしないでもないんだけど……このメッセージ自体がどっきりとかそういう類では」

「……ありそうで怖いんだが」

「そして、現場をモニタリングをする方が、もっと楽しいと思いませんか。司くん」

「!」


その可能性に気付いたらしい。


バッと周りを見る。

完全に隠れていたわけではなく、途中からレコーダーにみんな注意が言っていたため、すでにドアのところに姿を現している森さんには、誰も気づいてなかった。


「森!?」

「司ーおつかれさま」

「今年は来ちゃダメだと言っただろう! 一体どういう理由でこうなったんだ、秋葉!」


隣にいるオレにいきなり質問が飛んできた。


「えー! 来ちゃダメってどういうことだよ司!」

「そうですよ、去年だって楽しく過ごせたじゃないですか。歓迎ですよー。ここ座ります?」

「ありがとうございます」


オレが答えるより先に、席の確保が為された。


「いや、オレもただ忍に誘われただけで……行き先とか全然聞いてなくて」

「忍……?」

「森ちゃんは来ちゃダメって言ったけど私は言われてないし。私の予定先に森ちゃんを連れていくことには司くん同意してるし」


……頭を軽く抱えている司さん。

結局こうなった。


「他にも差し入れあるんですよ。夜、長そうだからいろいろ」

「あーなんか地味にパーティみたいでいいなぁ……オレ、去年外組だったけど、本部はこんな楽しいことになってたんですか」

「……」


二の句もない。

全員まだ暖かい文字通り「パーティ」バーレルに手を伸ばし始めている。


みんな夕食済んだとこじゃないの?


「それにしてもみんなラフなかっこですね。あんまりコート脱いでるところ見ないんで新鮮」

「うん? 空調効いてるし、ここ奥まってて人来ないからなー 夜勤組は夜が更けると大体こんな空気になってくるぞ」


ドラムにかぶりつきながら御岳さん。

まだ夜勤というほど夜は更けてません。


「それで……さっきのメッセージというのは……」

「原稿いる?」


アドリブじゃないのか。確かにらしくないとは思ったけども!


「ポイントは寂しいという単語はもちろん、名前を呼ぶこと、ちょっとおねだりモードでお願いすること」

「そんな心理作戦は練りこまなくていいんだ」

「でも不自然だと思わなかった司くんは、妹想いですね。明らかにキャラ的に不自然なのに」

「……」


声はないが「う……」と詰まったような顔をしている。

冷静になってみればいろいろとおかしいところにも気づき始めたんだろう。

……のきなみ冷静だとは思うが。


「と、いうわけで本部居残り組限定のモニタリング終了」

「俺たちもモニタリング!?」

「誰だ、妹欲しい発言したの!」

「その妹は虚構です。そんな妹は現実には存在しません」


ちょっと、森さん。

そんなきっぱり否定しないでください。

司さんのフォローを誰かしてあげて……!


「僕は妹萌えとかないんで、大丈夫ですよ」

「浅井……」


それ、フォローになってないです、浅井さん。


「顔なじみになってきたから今年は秋葉も連れてきたんです。事件も何もなければ、夜勤も少しは変化があるかなって」

「年越しは仮眠もないからなー」

「仮眠がないんじゃなくて、仮眠を取ろうとしないだけだろう。テレビ見てカウントダウンしてわざとらしい挨拶してもかえって空しくなるだけだからな」


そうだな、あの年越した瞬間に「おめでとうございます。今年もよろしく、じゃあ寝るか」みたいな空気はいろんな意味で絶妙だよな。

家族ならともかく職場の奴とそれをする意義をオレは問いたい。


そんなことをしているうちに、もうすぐ10時だ。


6時に集合して移動して、一応買い出しなどもしたのでここに着いたのが7時半くらいだったか。


その間、無線は各所から常に入っているが、定期連絡のようなもので問題は全く発生していない。

むしろオレも忍や森さんも、こんな人の部署のこんな奥まで来て、長居することもないから珍しいものやことが多くて、話が尽きない。


無線が入ると時々、仕事モードになる人が出るが、概ね「待機」という言葉が合う光景だ。


その内、UNOとかやり始める始末。


ひと気のなさ、他の棟の暗さも相まって、夜の学校で合宿でもしているような感覚に陥ってくる。


「あ、妹ちゃん忍ちゃん、向こうにシャワーあるからね。使ってもらって全然……」

「秋葉にも勧めろ」


下心全開を感じたのか、第二部隊長が丸めた情報誌で頭を叩かれている。


「夜勤があるからやっぱり仮眠所とかもあるんですか」

「あるよ。ベッドもあるから眠くなったら使っていいからね」


と良心的にオレにも自由にどうぞ、と勧めてくれる他の隊員たち。

詰所という言葉を使うだけあって、泊まり込みでも不自由ないいろいろが整っているようだ。


「ところで夜食とかも出るんですか」

「一応、そばが出るんだけど……コンビニ産なんだ」


冷たいやつだ。

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