2.ゆく年くる年見ながら除夜の鐘を聞いていたい
『森ちゃんと話して、もしよければ、ってことになったんだ』
「森さんが?」
『秋葉、どうせ一人でゆく年くる年でも見てるんでしょ』
「…………」
なんでわかるんだよ。
『楽しいと思うよ?』
「お前の楽しいとオレの楽しいってちょっと違うからなぁ」
『そこでひっかかるのか。ゆく年くる年と私たちと過ごすのどっちが大事なの? 強制参加してください。』
「……だからそのメンドクサイ彼女みたいなこと言い出すのやめてくれる? なんで比較対象がゆく年くる年なんだよ。あと、強制参加なのかお願いなのかどっちかにしてくんない」
つっこみどころが多いが、とりあえず概ねつっこんだ。
『じゃあゆく年くる年と私たちのお誘いどっちが大事か、そこだけ』
「それ言われてテレビ番組っていうほどオレ、出不精じゃないから。行くよ。何時にどこ行けばいいんだ」
『午後6時に東京駅』
また、人が多そうなとこ集合場所に指定してきたな。
たぶんそこから移動するだろうから、集合ポイントなだけだろうけど。
オレはそして、この仕事に就いてから3年目の大晦日。
久々に夕方から街へとでかけることにした。
師走。師も走るほど忙しい月。
はっきりいって、官公庁(事務職)はそうでもない。
一般企業のように何らかの締め日だとか決算だとか、仕事としてのイベントが存在しないからだ。
しいて言えば、年始のあいさつ回りの方が外交官としてはスケジュールが密になっている。
年末は「もう年の瀬だし、掃除でもして終わりにするか」みたいな空気が席巻していて、業者に委託しているにもかかわらず、職員は窓ふきだとかそれなりに大掃除っぽいことをして、仕事納めの式をして……その頃にはもうみんな机の上も片付いているので、仕事をする気も失っている。
終業のチャイムが鳴れば「よいお年を」という言葉を合図に、解散という名ばかりの年の瀬である。
その師走の最後の日。
12月31日。
オレは忍たちと合流した。
「秋葉くん付き合ってくれてありがとう」
「え? いえ。付き合うって言うか、一緒に年越しするんですよね?」
「そばを食べる予定はないけど、いい年が迎えられるといいね」
森さんは機嫌が良さそうだった。
そんなふうに言われると、ちょっと参加してよかったと思う。
歓迎してくれている。
そもそも忍からこの面子で誘われるとは思っていなかったけれど……
「それで? どこ行くんだ?」
「着けばわかるよ」
そして。
着いた先は。
特殊部隊の年末特別警戒の本部だった。
「なんでだよ! 来ちゃダメって言われてただろ!?」
「森ちゃんはね」
「……忍ちゃんは言われてないんだ」
……あ、今何か脳内でつながった。
「言ったでしょ。私は今年行きたいところがあると」
「そして、司が許可した通り、忍ちゃんが外出予定していた場所に、私は一緒に来ただけ」
……ふたりとも。
それ最初から、全部計画してたでしょ。
すごい言葉のマジックだよ。
盲点ついてるよ。
種も仕掛けもあるのに、見えないからすっかり驚かされるパターンだよ。
さすがの司さんもそこまで深く見切れなかったか……
「嘘はついてないよ」
「「ねー」」
「そこだけ女子っぽく言わないの。怒られないか?」
「怒るはずがない」
……うん、まぁなんか、もう手遅れだしどっちかというとため息とともに受け入れられる光景しか見えないわ。
「ていうか、オレがついてきてほんとによかったの……?」
「なんだかんだ言って、みんな喜んでくれると思うよ。差し入れもあるし」
とりあえず、ここに来るまでに、ほかほかの中華まんをいくつかのコンビニで買い占めてきた(迷惑)
「オレさ……特殊部隊の人達よりあの人の方が怖いんだけど。去年いたんだろ?」
「?」
「和さん」
あの人は最近、護所局の大魔王という異名が一般職員の中にも浸透してきた。
出所は一般警察らしいが、そこから関わりの深い特殊部隊にも広がり、ついにオレたち外交や情報局の一部に異名が届くようになったという、時間差のある遍歴だ。
「この時間はいないよ。多分」
「なんでわかるの?」
「本部詰めは各部隊長がメインで、局長は各地警戒中の現場を見回って、最初と最後に詰所に顔出してく感じだから、真ん中の時間はいない」
リサーチ済なのか去年の経験からなのかはよくわからないが、いないならまぁいいか。
そして、灯りの消された正面から入って、忍び込むような暗さの中を進む。
「……人が少ないから、消灯か」
「去年もこんな感じだったよ。奥の詰所は明るいから、人が集まってるところすぐわかる」
森さんが先に進んでいるが、自分の部署どころか他部署を年末のこんな時間に入ったことがないから、なんだか不思議な感じだ。
「非常口」の白と緑のライトだけがやけに煌々として見える。
そして。
詰所に着いたが忍はなぜか先に顔を出すことになって、森さんとオレ、待機。
……また何かサプライズでもやるつもりか。
あちら側が明るいせいで、こちらは見えていない模様。
ドアの近くで待つ。
「こんばんは」
そこにいたのは、部隊長・副部隊長、ほか本日の待機組だ。
大体、顔見知りが多い。
故に気さくに、忍は内側に開いたドアを一歩入ったところで後ろ手にノックすると、あいさつをする。
「あれっ? 忍ちゃん」
ほぼ全員が振り返った。
それを待って、奥に進む忍。
「お疲れ様です。今年も差し入れ、持ってきましたよ」
「わー やったー」
と、口々に席を立つ隊員たち。
ほとんど、コート脱いだりラフな感じでいるから、緊急事態がないとこんな感じで終日過ごすんだろう。
「忍、お前出かける場所があるんじゃなかったのか?」
司さんはさすがにいつも通り制服を着ていたが、それでも大分、首元は気崩している。
聞かれて忍はこう答えた。
「あるよ。その前に、差し入れとこうかと思って。夕飯が冷たい弁当だと、なんか寂しいよねと」
「あったかい……」
「その気遣いがあったかい……」
なんかもう警戒どころか名ばかりの警戒でダレ気味なのか、肉まんアンマンに頬ずりをしながら、幸せそうになっている数名。
「出前とかとらないの?」
「注文が割れまくるから取らないんだ」
まぁ男ってけっこう人によって食べる量激しかったりするしな。
割れるどころか食数も違いそうだ。弁当の方が、手っ取り早いんだろう。
「司くんには他にもお届け物があって、持ってきたよ」
そういって、なぜか取り出したのはレコーダー。
……といっても当然、出力も対応しているので、録音ではなく伝言か何かだろう。
「? 届け物?」
「森ちゃんから、労いのメッセージ」
「!」
いや、オレ聞いてないですけど、どういうことですか。本人ここにいるんですけど。
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