年忘れと言ったら忘年会(2)ー理性ある者は苦労する

「だから言っただろ。みんなお年頃なの。普段は節制してるけど」

「お前は節制してない」

「オレはいつでも自然派だから」

「……橘、こいつ今から縛り上げて東京湾に沈めてきてもいいか?」

「司はそのまま帰りそうだから、駄目」


なんか橘さんも酒が入っているせいか雰囲気が違う。

死なばもろとも、みたいな空気は伝わってくる。


「神魔の事件、主にバトル経歴を教えてください!」

「趣味と年収教えてください!」

「彼女いますか!?」


混とんとした質問が飛び交っている。

オレの年忘れ。忘年会のイメージは、こんなじゃなかったはずだ。


「あ、そうだ。先輩、さっき忍さんに会いましたよ」

「!? 来てんの!? 情報部も!」


まさかの全セクション合流は避けたい。

しかし、一木はふふふーと意味ありげに笑って、こそこそと声を潜める。


「違いますよぅ。個人的に来てるみたいで」

「……あいつ、個人的にこういうとこくるタイプじゃない……って、司さん、ひょっとして今日ここで忘年会やること、忍に教えました?」

「いや」


そこは聞かれない限りは自分からは聞かないだろう。

司さんは否定したが、若干顔色が悪い。


「……忍には教えていないが、森には話してある……」


それ、二人ともいるフラグですよ。

どこにいんの? 合流してくるとは思えないけど、何やってんの!?


なんとなく不穏な心配が湧いて出てきた。


「オレ、それに関してふたりがどこにいるのか、内偵済で」

「何内偵してんだよ。ていうか、尾けたりしてないよな。そんなことしたらいろんな意味で抹殺フラグが立つぞ」

「隣の座敷の上がり口に、女性の靴がふたつ」


内偵でもなんでもないだろ。それ、単に向かいの部屋の面子が目に入ったくらいのレベルだろ。


しかし、司さんはすごく納得してしまったらしい。


「何? 司妹来てんの!? どこ?」

「隣です……!」


教えんなよ。

速攻御岳さんが、隣を隔てるふすまに手をかけようとしている。

本気でやめてください。

席から司さんの一撃が飛ぶ。


ものすごい速度で強襲した茶碗蒸しの蓋を、想定していたように叩き落してにやりと笑う御岳さん。

このやり取りを見ていた合流組からは「おー!」という素直な感嘆の声が上がっている。


「お前らー。司の妹、御開帳だぞー」


その言い方やめてください。

司さんが立ち上がったが、一歩遅かった。


再び勢いよく開かれるふすま。

端らしきこじんまりとした部屋には二人、女子がいる。


「……どっち?」

「いや、もうどっちでもいい感じ?」

「ていうか、御岳さんの所業に対して悲鳴一つ挙げないのが司の妹!って感じだよな」


特殊部隊の人がものすごい興味を示してしげしげと眺めている。

というか、どっち?はないだろう。

そんなことを言われた司さんの胸中は計り知れないが、リアクションが薄いのは二人とも共通項だ。


「こんばんは」

「あ、はい、こんばんは」


礼儀正しく挨拶されたので、暴挙に近いテンションは止まった。

むしろこれ、何事もなかったかのように閉めた方がいい感じだよな。


放っておけばそうなったのかもしれないが、司さんが時を動かしてしまった。


「何をしてるんだ、森、忍……」

「あっ、そうそう。忍ちゃんだ。情報局の」

「何言ってるんだ隼人。お前相当酔ってるだろ」


二人は司さんの問いに、何事もなかったかのように箸を動かし始めている。


「何って、忘年会だよー?」

「……珍しいな、こんなところでわざわざ食事なんて」

「特殊部隊の人が忘年会やるっていうから、何か面白いこと起きないかなって」


ふすまの向こうは静かだったが、どうやら観察されていたらしい。


「……基本的に、俺たちだけなら大体何も起こらない」


そうですね。もう事件は起きてしまってますが。


「個室で静かに過ごすのもいいけど、こっち来ない? あ、なんならオレたちがそっち行こうか。広いし」


防衛ラインを軽々越えて絡みだす御岳さん。


ひゅっ


空を割いて何かが再び隼人さんを強襲したが、ふたたびそれを打ち落としてにやりと笑う御岳さん。

カララ、と畳に落ちて転がったのは箸だった。


「甘いな、司。オレをやりたいならもっと殺傷能力の高いものもってこい」


いや、先がとがっているだけに本気で刺さったら切りつけられるよりダメージありそうですよ。箸。


「すみません。切り分けたいものができたのでナイフがあったら持ってきてもらえますか」

「司までやめろ! 流血が起きたら畳が汚れるだろう! 店に迷惑だ!」


橘さん、止めるところはそこですか。

通りすがった店員にすかさず声をかけた司さんの柔軟対応を、良識をもって制する。


「……わかった。じゃあフォークでいいです。できれば10本くらい」


何がわかったの?

フォークなら店汚れないの? 汚さないで御岳さん仕留められるの? どうやって?


……10本だから、全部投げて刺すくらいの感じだろうか。


「何かが起こり始めている」

「いや、今渦中なのお前ら」


興味津々な特殊部隊の面々からは、質問が飛び出してくる。


「司の妹、左の子だよな? 何歳違い?」

「いや、双子だろ? 前に聞いた」

「双子なの!? 妹と暮らしてるって聞いたけど、こんなかわいい妹二人と生活!!? どういうアプリなの!?」


…………………………妹が双子じゃなくて、司さんが双子だよ。

司さんの家族構成が勝手に一人増えちゃったよ。


酒のまわりと大人数ゆえに、会話が混線している。


「……」


他の面子に対してはどうしようもないと思っているのか、司さんから制する一撃はない。

もう勝手に喋ってる状態だから、ほっとこうくらいの気持ちなんだろう。

というか、アプリとか言われてもつっこみようがないわ。


「あはは、妹萌えじゃないですよね。双子なのは司さんで、右側は情報局の忍さんですよ~」


しかし、あろうことかその隙をついて、酔っぱらった一木が笑いながらどこか怪しい足取りで、踏み込んでいく。

司さんを境にして、敷かれているらしき防衛ラインを越えようとする前に、浅井さんが羽交い締めで止めてくれた。


「あっ、何するんですかシャンティスさん!」

「誰がシャンティスさんだ! お前はそっち行くな! 大人しくこっちで飲んでろ!」

「何言ってるんです、オレが大人しくすると思うんですか!!?」


どこまで言っても懲りない男、一木。

……浅井さん、がんばって。

女子二人はこちらを振り返りながら、傍ら、物見遊山よろしくマイペースに再び食事を進めはじめている。


「あ、適当に取ってんの? こっちフグ鍋やってるから一緒しない?」

「誘うな!」


三度目の強襲は、土鍋の蓋だった。

だんだん投げられるものの破壊力が上がっている。

直接締めないのは、さすがに座敷で暴れたくないからだろう。

叩き落すには固いと思ったのか、今度はそれを手で受ける御岳さん。


バシ!と音がして再び「おー」と歓声が上がる。主にオレの部署の奴らから。


「なんかさすがに俺たちあっち踏み込んだら危険な感じだな」

「妹さんかわいいのにもったいないけど、見てるだけでも希少な光景だ」


そうだな。

みんな年相応に騒ぎ出したからな。


これが本来の二十代の姿だよ。

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