避難所にて

 避難所となっている小学校の体育館についた途端、アラトは膝から崩れ落ちた。

 少女を安全な場所へ送り届けるのに夢中で忘れていた疲労が、どっと押し寄せてきた。


「ナー」

 しかし、手に抱えた上着の中から聞こえてきた声で、まだ倒れるには早いことを悟る。


 体育館の中は避難所になっているだけあって、数多くの人々が所狭しと、それぞれに立ったり座ったりしていた。

 入口の向かい側にあるステージの上まで人がびっしりで、靴を並べる場所が無いからか全員が土足で過ごしている。


 一応床が傷まないようにマットやブルーシートが敷かれているが、なにせ広い体育館に急に大勢が詰めかけたものだから、カバーが追い付いていないところも多い。

 右手には、バレーボールのネット用ポールが立てられ、布で覆った一角があった。

 恐らくあそこで怪我人の治療をしているのだろう。


「どう? お母さん居そう?」

「わかんない……」


 女の子の返事にまあそうかと思いながら、頭を出して来るミーに上着の袖の部分をかぶせて隠す。

 もう少しだけ大人しくしていてくれ。


 結局、あの後家中を探してもヒロたちは見つけられなかった。

 玄関を出てみると、アストラマンと怪獣は最前よりも遠くに移動して戦っていたので、今のうちにと思い逃げてきたのだ。

 一度遠くの方で大きな爆発音が起こってからは、周囲は静かになっていた。


 戦闘の様子を目で見て確認することはできなかったが、もしかしたら決着がついたのかもしれない。


 とまれ、アラト達が家に入った時には既にヒロはこの女の子の母親を救出しており、二人とは別ルートを辿って先に避難所に来てくれていることを期待していたのだが。


 携帯は依然圏外のままだった。

 もしかしたら、本当はヒロは逃げ遅れていたのに見つけられなかったのではないか、と不安に駆られる。

 当たり前にそこにいた身近な人が理不尽にいなくなる恐怖を、この時アラトは初めて感じた。

 この間から、心の隅にずっと刺さっている言葉が、またしても脳裏をよぎる。


『あなたたちは、怪獣というものに対して感覚がマヒしすぎている』

 その言葉は大きな戒めであり、呪いのようでもあった。いつも適当にあしらっているくせに、今日ばかりはいつものように、ヒロに話しかけてきて欲しかった。


 ミーが服の隙間からしっぽを突き出し、ユラユラと揺らす。

 それを隠そうと布の端をしっぽにかぶせると、鼻の先がジンと熱くなった。

 泣いている女の子を見ているのがなんとなく耐え難くなり、アラトは下を向く。


 アラトが座り込んでいた体育館の入り口に、新たな避難者が何人かやってきた。

 その中にヒロが混ざっていればいいのにと思う。

 しかし、振り向いて確認してしまうことが恐ろしい。

 そこにいるならば、自分を見つけて声をかけてほしい。


「なんだ、先に着いてたのか」

 そう、こんな調子で……


「え!? 」

「無事で何より!あの子は?」

「ママ!! 」


 さっきまで泣いていた少女が、ヒロの後ろにいた女性へと飛びついた。


「家に入ったら目の前に怪獣が降りてきてな、勝手口から出て、家の裏の塀超えてきたんだ。あのお母さん足怪我してたから、背負って迂回してってなったら結構時間かかっちゃって……」

 ヒロが耳打ちするように、こっそり事の顛末を教えてくれた。


 母子はお礼を言いながら避難所の右手にある簡易な治療所へ、小学校の教師らしい避難所のスタッフの肩を借りてゆっくりと歩いていく。

 安堵とともに、アラトはふと肝心なことを思い出した。


「そうだ! ミーを……」

「いや、それはもう……大丈夫だ」

「じゃあ、やっぱり……」

「ああ、アストラマンが倒したよ」


 やはりあの爆発音は、あの怪獣が倒された時のものだったのだ。

 アラトの顔が一瞬で曇る。

 二人の会話が分かるのか、さっきまで布の中でもぞもぞと動いていたミーは、急にぴたりと動かなくなった。


「いいことの、はずなんだけどな……」

「うん……」


 二人は、小学校の広い体育館にギュウギュウに詰め込まれた人たちをざっと見回した。

 不安げな顔の大人、泣いている子ども、弱り果てる老人。

 妊娠している女性を心配そうに支える夫らしき男性や、幼い弟を寝かしつけている小さな姉。

 赤ん坊を抱えた母親が三人、泣きそうな顔をして集まっているのも見えた。


 こんなところで、こんな状況で、こんなことを思うのは、不謹慎なことかもしれない。

 非常識だと罵倒され、取り囲まれて殴られたって文句が言えないかもしれない。


 それでもアラトは、あの怪獣にどうしても、同情せずにはいられなかった。

 すぐ隣にいるヒロをちらりと見ると、その顔は不明瞭に曇っていて、何を思っているのかアラトにはわからなかった。

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