アストラマンの戦い

 赤糸市上空。

 かつてない大災害である猫型の大怪獣を相手に、アストラマンは大空中戦を繰り広げていた。


 まるで少年漫画のように、殴っては防がれ、反撃を受けては躱す。

 キリの無い戦いの中にあってアストラマンは、内心安堵していた。


 本当はもっと早く駆けつけることが出来ていればよかったのだが、この街での怪獣の出現頻度はすさまじく、最近はややエネルギーがやや不足気味だった。


 エネルギーが足りなかったために、変身できるようになるまでに時間がかかったが、なんとかすんでのところで彼を助けることが出来た。

 この星における大切な友人である、彼を。

 とにかく彼を逃がすため、更にこの場から離れる必要がある。


 戦いの最中、宇宙服を纏った巨人は、かつて訪れた宇宙のとある惑星で、目の前のモノとよく似た突然変異を遂げた怪獣を見たことを思い出す。

 あの怪獣は確かナルテプと呼ばれていたか。

 元になったのは地球の猫によく似た四足獣で、目の前の怪獣と見た目がそっくりだった。  


 恐らく同じような進化を辿ったのだろう。

 巨人の渾身の一撃を躱し、地球産ナルテプは後方に大きく飛び退いた。

 アストラマンの動きが次第に鈍くなり、そこに出来た一瞬のスキを逃さずナルテプの鋭い蹴りが飛んでくる。


 ダメージを負った巨人は空中で上下反転しながらも、素早いバックステップで追撃を躱した。

 普段ほとんど行わない空中での戦闘は、エネルギーの消耗が激しい上にバランスの調整が難しく、上手く動くことが出来ない。


 しかし、これ以上街に被害を出さないためにもなんとか怪獣を空中に留め、意識を自分へと向けなければならない。


 ナルテプが腕を振り下ろした。

 爆発が来る! と悟り咄嗟に体の前で腕を交差させると、右腕の藤と手首のちょうど真ん中あたりの地点が急激に熱くなり、爆炎を噴出した。


 爆発を使うところまで、あの惑星の怪獣と同じらしい。

 爆発の衝撃で大きく後方に吹き飛ばされながら、熱と痛みに耐える。

 外装だけでは爆発を防ぎきれないが、こればかりは躱せるものではない。

 なんとかダメージを最小限に抑えるように努める。


 アストラマンが次の攻撃に備えて相手を睨んでいると、眼下に広がる住宅街の中に、小さく動くものが見えた。

 さっき自分が助けようとした、この星の友人の姿だった。

 少女の手を引き、その小さな歩幅に合わせて、何度も少女の方を見ながら走っている。


 腕には例の仔猫の怪獣を抱いたまま、時々気にかけるように視線を落として。

 優しい性格でありながら、いや、あるいはそのためにか、普段臆病で人を拒む彼は、おかしなところで大胆になる。


 怪獣を飼い慣らし、怪獣から人々を守るために一人で行動を起こそうとする。

 今も、見知らぬ他人を助けようと懸命に走っている。

 そんな彼の姿を、自分は密かに尊敬していた。


 自分達に自分の考えを明かした時だって、彼は自分達に危険が無いようにと、それしか考えていなかった。

 目の前の怪獣は、本当にあの仔猫の父親か母親だったのだろうか。

 今となっては確かめる術も無い。

 もし変身することが出来なかったから、あのまま彼の作戦を最後まで遂行したところだが、こうなった以上二度と作戦を決行する機会はやって来ないだろう。


 彼があの少女を安全な場所に送り届け、戻って来るまでにこの怪獣を確実に仕留める。

 新たな覚悟を胸に、アストラマンは体勢を立て直す。

 だいぶ距離が離れたナルテプが再び腕を上げるのが見え、そうはさせじと前方に向け思い切り加速する。


 己の体から放たれた熱を、衝撃を、黒煙を突き抜け、真っ直ぐに光の尾を引きながら、ミサイルよりも速く。

 次の瞬間に体を襲ったのは、先ほどの爆発以上の衝撃だった。


 怪獣の体にぶち当たったことを確認した瞬間、体長の割に細い首元を左手でむんずとつかんだ。

 怪獣の方では何が起こったのか分からず、ただおろおろとしている。


 そのまま左腕を加熱。

 怪獣の首元からプスプスと煙が上がりだし、タンパク質の焦げる匂いが漂ってきた。このまま発火まで持って行きたいところだが、たとえ全身が炎に包まれたとしても、この怪獣には大した効き目はないだろう。


 実際、彼の星のナルテプがそうだった。炎や爆発を使う怪獣は、熱に強いモノが多い。


 ならば強めの打撃をくれてやろう。

 市街地の中では被害が出ないよう抑えて戦っていたが、空中ならばそんな遠慮はいらない。

 最大級の力で叩きこんでやると右腕に力を入れた瞬間、ふとある考えが頭をよぎった。


 この怪獣は、我が子を探していただけなのではないのか?

 このアストロスーツのヘルメットには、怪獣の体の造りなどをある程度分析できる機能が付いている。

 本来は敵の弱点などを見極めるための物だが、あの地球産ナルテプを分析してもう一つ分かったことがある。


 あの仔猫の怪獣と、目の前の大怪獣は確実に親子だ。

 身体の構成がほぼ一致している。目の前の怪獣は、我が子を探してもがく母親だ。


 人間の活動によって突然変異を起こし、子供とはぐれ、突然に巨大化させられ。

 人家を襲ったのも困惑と、自分のことを見て騒ぐ人間たちへの威嚇か。

 戦闘機に襲われたから反撃をして、子供を見つけたから目の前に立ちはだかった。それだけの、はずだが。


 いや、感化され過ぎだ。

 どんな事情があろうと、こいつはこの街を襲い、大勢の人を危険にさらした。

 怪我人や、死人さえいただろう。

 自分の友人たちだって危うかったのだ。

 何が有ろうと守ると、とっくの昔に覚悟したじゃないか。


 今更、こんなことで惑うなんて。

 せめて子供は大切に育ててやると心の中で告げながら、もう一度右拳に力を入れなおす。握った拳が赤く光り、熱を持つ。

 そこに溜まったエネルギーを一気に開放するように、左手でつかんでいた首元を離すと同時にその少し下、胸に向けて真っ直ぐに叩き込んだ。


 真っ赤な光の奔流がナルテプの体をゆっくりと押し始め、そのまま一気に加速した。

 光は、人型の巨体ごとはるか彼方へと吹き飛んでいく。

 意外にも、怪獣の最期は静かなものだった。自分の思いが伝わったのか、己の死を悟り諦めたのか。


 何の抵抗も無く、あっけなく流されていく細い体が、どんどん小さくなっていく。

 鋭く光る眼は徐々に細められ、やがて閉じられたように見えた。


 一直線に伸びた光の槍の先、その向こう側で、怪獣は静かに光を放ち、その中に消えた。

 数秒後、今日中で最も大きな爆発音が響き、スーツの表面を撫でるようにフワッと優しい風が吹いた。

 それを見届けたアストラマンは急速に脱力し、投げ出されたように地上へと落ち始めた。


 その白い巨体は徐々に光となって消え、後にはただ人々の悲鳴だけが残った。

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