アラトと仲間

 怪獣と呼ばれる突然変異体の中には、怪獣化の過程で超能力のような特殊な能力を得るモノがいる。

 代表的なところでは口から炎や毒ガスを吹き出す、体の一部が破壊されても瞬時に再生する、などがそれにあたる。


 今回出現した大怪猫はどうやらその能力を持っているらしく、ニュースやSNSで集めた情報から見るに、羽も無いのに空を飛び、離れたところから爆発を起こすことが出来るらしかった。


「とりあえず色々持ってきたけど……まずはミーを隠さなきゃだよね!?」

 ジュンキが大きめの上着でミーの体を包みながら尋ねる。

 ミーは、普段ジュンキ相手にはされるがままなのに、今日は珍しく少し暴れた。しかしすぐに大人しくなり、素直に……というよりは半ば諦めたように布の中へとくるまれる。


「つってもこんな状態で遠くまではいけないし、まだこっちの方に来るかもわかんないから、しばらくはここにいたほうがいいだろ?」

 ヒロの冷静な判断に、ジュンキは照れたようにミーを解放する。


「二人が来るとは思ってなかった」

「そう? まあでも、俺も宇喜田さんが来たのは意外だったな」


 うるちの呟きに、ヒロは何の嫌味も無く、むしろ嬉しそうに笑みすら浮かべて答えた。ヒロはどうも、うるちには扱いづらい相手らしい。

 アラトの家に案内させていたりもしているので、実際はどうか分からないが。


 アラトが何の連絡もしないうちから三人はアラトの家に集まり、いつものようにリビングでそれぞれ腰を下ろして、久方ぶりの大怪獣災害をどう乗り越えるか協議していた。


 ちなみに、ヒロは部活帰りにそのままやってきたのか少し汗臭かったので、さっきシャワーを浴びさせた。


 アラトの服が小さいので、着てきた練習着をもう一度着ている。

 ジュンキも今日は学校が休みだったので身軽なシャツパンツスタイルだが、何故かうるちだけは学校の体操服だった。


「動きやすい方がいいと思って」

 という彼女の言葉に、ヒロが「確かにそうだ」と鼻の穴を広げながら大笑いした。


 こういう時に、馬鹿にするわけでなく心の底から賛同しているのが彼の良い所だと、アラトは密かに思っている。

 ちなみに、妙に大人びたうるちには、体操服はやや不似合いな印象を覚えた。体育は男女別なのでアラトもヒロもうるちの体操服姿を見たのは初めてである。


「細すぎて運動をさせるのが不安だな」とヒロがアラトに耳打ちしてきた。

 だから平和ボケ呼ばわりされるんだ。


 テレビをつけるとそこには夜の闇の中に浮かび、尚も爆発を連続させる大怪獣の姿が映っていた。

 自衛軍の物らしい戦闘機が次々にやって来て麻酔弾を発射しているが、すんでのところで躱されるか、腕で叩き落される。


 そして街を爆破する時と同じように腕を振り下ろすと、何機か飛んでいる戦闘機の中の一機が突如として燃え上がり、街の中へと落ちていった。


 突如として現れた猫型の巨大な怪獣は、地上五十メートルほどのところに浮かんだまま、街を襲撃していた。

 一か所を破壊してはゆっくりと移動し、また破壊活動を起こす。

 ニュースによると、幸いというべきかアラトの住むマンションとは反対側へ移動し、六キロほど離れた場所にいるが、まだ安心はできない。なにせ自衛軍でも対処しきれていないのだから。


 怪獣の進行方向に住む人々は既に自衛軍の補助のもと避難を開始し、怪獣に破壊された場所では怪我人を救うための救急活動が行われている。

 赤糸市全体では避難の準備をするよう呼びかけられ、街は今まで見たことも無いようなパニックに包まれていた。


 アストラマンは、まだ現れない。

 今自分に出来ることは何か。アラトは自分の頭をポンポンと軽くはたきながら、素早く思考を回す。


「みんな自分の家族と合流した方がいいんじゃないのか?」

「いよいよヤバそうだったらそうするけどな。それでも何か対策はしていくよ。こいつだけは、俺達が守るしかないもんな」


 真面目な顔でそう言ったヒロは、ミーを撫でようとして、腕をはたき落された。

 まだまだ警戒されているようで、かっこが付かねえなあと言いながら大袈裟に顔を歪めて手の甲をさすった。


「おかしいなー。あんまり動物に嫌われるタイプでもないんだけど……」

「じゃあ怪獣に嫌われるタイプ?」

「それは喜んでいいのか?」


 怪訝な顔をするヒロを見て、ジュンキがおかしそうに笑う。

 こういうところが呑気だと言われるんだろうなと思いながらアラトがうるちを見ると、彼女はいつもの無表情のまま何も言わずに、ただ二人のことを見つめ、それから手元の携帯端末に視線を落とした。

 少し意外だが、これはこれで怖い。


「そういえばキタさんは、家族とか大丈夫だったの?」

 ヒロとジュンキは小学校が同じだったのもあって、アラトと家が近い。


 家族の安全は今のところ確保できているのだろう。

 しかし、うるちの家族や家の場所については誰も知らなかった。  

 何かを考えるように、髪留めのある顔の左側を押さえていたうるちは、会話に耳を傾けていなかったのか一瞬ハッとして、それが自分に向けられた質問であると分かると淡々と答え出した。


「私は、一人暮らしだから大丈夫」

「え!? 高校生なのに!? 凄い!」


 今そのリアクションはおかしいだろと思いつつ、アラトはミーを自分の上着にくるんで、家を出る準備を進めた。今度はミーも大人しかった。


「とりあえずいったん解散にしよう。また何かあったら連絡するから……」

「なんか、さっきから私たちを返そうとしてない?」


 ジュンキが、ブスッとした不機嫌な顔でアラトの言葉をさえぎった。


「一人で何かやろうとしてるだろ!?隠してもわかるぞ!!」


 ヒロがニヤニヤとしながら大声で言ってくる。長い付き合いだけあってお見通しのようだが、ここでそれを認めるわけにはいかない。


「いや別に何も……」

「ダウト!!」


 ジュンキの甲高い声とともに、小さな手がアラトの額をこつんと、軽く小突いた。


「やっぱりゲン、私たちに何か隠してるでしょ」

「いやそんなことは……」

「ダウトォ!!」


 再び響いた声に、アラトは半歩下がる。


「そうやって微妙に距離取られるのなんかすごくムズムズする!」

「それは……」

「そうやって煮え切らない感じなのも!」

「うっ……」

「なんでそうやって距離を置こうとするの!」

「いや……」

「ねえ……ゲンは私のこと嫌?鬱陶しいって思ってる?」

「それは違う!!」


 その瞬間、アラトは自分が大声を出したことに驚き、口をふさいだ。

 今の質問は、ハッキリ言ってズルい。鬱陶しいなんて思っているわけが無い。


 アラトは少し気まずくなって、視線を横に逸らした。


「それなら……」

 ジュンキの言葉は、ここまでしか聞こえなかった。


 頭の中がぐるぐると回っている。

 その中のどこか遠い所に、かすかに見えたのは、去年の自分だった。

 それまでなんとかやっていたバレー部員達との間に、決定的な壁が出来て、上手く連携が取れなくなっていった自分。


 他人に壁を作り出した自分。

 戻らない言葉。

 そして、決定打になった高校入学前の春休み……そこまで思い出したところで、急激に胃がひっくり返るような感覚に襲われた。


「アラト!?」

 手でふさいだ口の奥から、嗚咽が漏れる。


 目に涙が浮かぶ。

 ヒロの声が聞こえて、意識が戻る。


 何度も込み上げてくる何かに耐えながらアラトは次に発すべき言葉を、意識の奥から引っ張り出した。


「多分ッ! アレは……この前言ってたミーの母親じゃ、ないかって……おも……」

 何の確証も無い、勘だけの仮説。しかし何故か、妙な確信がある。


「ごめんッ! ちょっと、協力してくれッ!」


 アラトには三人の顔は見えなかったが、代わりに明るい声が届いた。


「了解!」

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