怪獣と客人

 ジュンキに基本的な世話を任せているとはいえ、ジュンキがアラトの家にいられるのは夕方だけなので、当然それ以外の時間帯でのミーの面倒はアラトが見ることになる。


 動物に関心の無かったアラトでも、いざ飼い出せば嫌でも分かる。

 この小さな命の責任は自分にある、と。


 面倒だの興味ないだのと言っていても、アラトはこの子猫を見殺しにできるほど残酷ではない。

 むしろ何か悪いことをしたわけでもないのに社会全体から攻撃されてしまう仔猫に同情すら覚え、その結果。


 気が付けばしっかり献身的に世話をし、居心地の良い環境を用意してやるために部屋の模様替えまで行っていた。

 特に部屋に置いてあった巨大な本棚が倒れては危ないので、転倒防止のポールまでつけた。


 ちなみに、アラトの部屋に置いてあった数百冊の本のうち、十冊ほどは小さな大怪獣によって解読不能の古文書にされてしまったため、本棚周辺の環境はさらなる改善を検討している。


 とまれ、思いやりをもって接すれば、動物にも、怪獣にも伝わるものなのだろう。ミーは次第に警戒を解き、アラトにすり寄って来るようになった。

 そうなると今まで興味が無かった猫もなんだか可愛く見えてくるもので、気付けばミーを撫でまわしている自分に、アラトは驚いた。


「だから危険は無いと」

「いやまあ、今のところは」


 再びリビングに戻ったアラト達は、ミーをアラトの家で飼うようになった経緯などを説明した。


 ソファに宇喜田うるちと並んで座ったヒロは、はじめ訳が分からないという顔をしていたが、話を聞き終えると呆れたように深く、長い溜息をついた。

 それはもう長い溜息だった。

 あの馬鹿でかい声を支えている肺活量に感心すらした。


 一方隣の少女は終始能面だった。

 本当に美少女の仮面をかぶった宇宙人なのかもしれないと思った。


 大体の説明を終え、ローテーブルを挟んで床に座ったアラトとジュンキは、少し極まりが悪そうに俯き、顔を見合せる。


「え、で? どうすんの、これから」

 ヒロの言葉に、改めて四人の目線が、アラトの膝の上で丸くなっている猫に向けられた。

 しかし当の本人(猫)は、そんなことはお構いなしにくつろいでいる。


「怪獣は、このまま放っておくわけにはいかない」

「ちょっと待ってよキタさん!!」


 キタさん!?


 宇喜田うるちの言葉に、やや食い気味に噛みついたジュンキは、アラトを説得したとき同様に熱く語り始めた。


「この子はまだ子供なんだよ!? この子だって怪獣になりたくてなった訳じゃないんだし……」

「今はまだ子供でも、いずれは成長する。大怪獣にもなるかもしれない。一時の情のために大勢の人が犠牲になることは避けるべき」


 ぴしゃり。


「これ見てよ! ミーはゲン……煙野に懐いてるでしょ! さっきのはちょっとびっくりしただけで、人を襲ったりしないから!」

「怪獣はまだ分からないことが多い、はず。今は大人しくしていても成長していく過程で凶暴化していく可能性もある。それに、下手に情が移ると……いざという時に辛い思いをする」


 取り付く島もない、とはまさにこのことだろう。

 相変わらずの感情の籠っていない平坦な物言いではあったがしかし、後半の方の言葉は、アラト達のことを気遣っているようでもあった。


 実際、彼女の言っていることは正しい。

 それはアラトにもわかる。

 だが、ジュンキの言うことを否定する気もアラトには無い。


「まま、宇喜田さん! そうだ、俺達もあの猫の世話に加わればいいんだ! 宇喜多さんもちゃんと様子を見てさ! ヤバそうだなって思ったら、俺達で何とかしよう!」

 女子二人の無言のにらみ合いが続き、アラトが席を立とうとした頃、ヒロが勤めて明るい調子で声を上げた。


 多少無理をしているのだろう、笑顔が少し引きずっている。

 しかしナイスだヒロ。

 何せアラトにはそんなことを言い出す勇気はない。


 ほら、案の定二人の険しい目がヒロに向いた!

 こんな状況で横から口出しなんかしたらそうなるのは目に見えている。


 彼の自己犠牲の精神に感謝しながら、ミーを膝の上から避難させたアラトが立ち上がったその時。


 来訪者を知らせる電子音が部屋中に響いた。

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