予想外の訪問者

「ああ、やっと帰ってきた!って、ん?」

「あれ? ヒロ……と宇喜田さん!?なんで一緒にいるの!?」

「お前らこそ、なんで一緒に帰って来るんだよ?」


 ここ最近は、アラトとジュンキは一緒に帰り、ジュンキがアラトの家に寄って猫怪獣・ミーの世話をするのが習慣になっていた。

 エコアースに絡まれた帰り、いつも通りアラトの家に帰ってきた二人は、マンションの廊下で思わぬ相手に出くわした。


「宇喜田さんがお前に用事があるからって。いつの間に仲良くなってたの?」

 なるほど、つまり自分は話しかけるためのダシに使われたらしい。


 まあこの際それはいい。

 普段から昼食の誘いも断っていることだし、アラトだってそれを少しも悪いと思わないわけではない。


 しかし問題は同行者だ。


「別に仲良くなったわけじゃないけど……」

「ごめんなさい。家にまで来るつもりは無かったのだけど」


 リビングの床に腰を下ろし、目の前のローテーブルに置かれたコーヒーを一口飲んだ宇喜田うるちは、無表情のまま謝った。


「い、いやまあそれはいいんだけど」

 全然よくない。


 半月ほど前に捨て台詞を残して逃げてしまった相手が家に上がり込んで目の前にいるせいで、さっきからアラトのストマックは悲鳴を上げっぱなしである。


 唯一の救いは、家を出る時と寝る時はミーを自室に閉じ込めておくので、二人に見られずに済んだことだ。それだけでとりあえずは安心できる。


「それで煙野くん、怪獣はどこ?」

「うえぃっ!?」

 はい前言撤回っ!! 全く安心できませんでした!!


「この部屋に来た途端、気配が濃厚になった。小怪獣か……中怪獣?」

「何言ってんの、宇喜多さん?怪獣?」

「そ、そうだよよよ!! かっかっかっ怪獣が部屋にいるわけないじゃん!!」


 床に正座したまま鳥のように羽ばたくジュンキ。怪しすぎる。


「……石井さんも共犯?」

「はうっ!?」


 本気で何のことか分かっていないヒロと、明らかに狼狽えるジュンキ。

 素直な二人の性格が如実に出ている。こんな状況でも無ければ微笑ましい場面だがそれどころではない!

 やはりジュンキに隠し事をさせるのは無理だったか。


 しかし驚くべきは宇喜田うるちの洞察力、明らかに怪しいジュンキの反応に目を細め、獲物を探す獣のように部屋をぐるりと見回している。


 これ以上誤魔化すのは無理か?

 いや、なんとかしなければ。


 アラトが、ミーのいる自室の扉にチラリと目を向けた瞬間。


「そこっ!」

「ちょっ!?」


 こちらの視線に気付いた宇喜田うるちはアラトの部屋を目指して一直線に駆けだした。

 アラトも少し遅れて追いかけるが、間に合わない。


 既に置いて行かれているヒロと、パ二クったまま固まってしまったジュンキの横をすり抜け、開けられた扉の中には。


 こんな時に限ってスヤスヤと眠っている猫怪獣の姿があった。


 最近はこの部屋にも慣れ、ミーも徐々に警戒心が薄くなってきていた。

 餌もよく食べ、この家にやってきた当初のガリガリからは見違えるほど肉が付き、いたって健康的な猫になっている。それはいいことだと思う。


 しかし、お前を守ろうと必死になっているのに、肝心のお前が呑気に眠っているとはどういうことだ!


「これ……何?」

「猫……だよ?」

「…………」


 クソ、さすがに無理だ。もうこれは誤魔化しきれない。


「おお、なんだこれ。猫……じゃねえな。毛も無いし……こりゃまるで」

 二人を追いかけてきたヒロがひょいと顔を覗かせ、ミーを見つける。


 ヒロは身長が高いので、ドアの前で固まっている二人の頭の上から部屋を覗き込むような形になる。


「ああ、ミー!! ミー!!」

 どうやらヒロの後ろにはジュンキもいるらしい。


 こちらは小柄なのでヒロの後ろにすっぽり隠れてしまっている。

 そしてそのやかましい声により、怪獣が目を覚ました。


「ンアアァァ――……」

 大きなあくびを一つしたかと思うと、丸めていた体をのそのそと起こし、四人の方を睨んだ。


 瞳の無い鋭い目と、爬虫類のような質感の肌は明らかに普通の猫ではない。

 その異様な存在感に気圧されたように、宇喜田うるちとヒロは警戒した様子で身構えた。


 一方のミーも寝起きで状況が飲み込み切れないのかピタリと動かなくなる。

 数秒、アラトの部屋の時間が止まった。


「クルルァァーーーッッ!!」

 小さくても怪獣は怪獣。警戒心を剥き出しにした仔猫はその凶暴さを隠そうともせずに吠え、二人の客を驚かせた。


 ヒロは一瞬怯みはしたものの、すぐに油断なく構え、いざとなれば自分が戦うと言わんばかりの臨戦態勢を取っている。


 宇喜田うるちの無表情の中にもさすがに緊張が見て取れた。


 ついでに言えばアラトのミノも緊張で満たされている。


「ほら、ミー落ち着きな。お客さんだから、な?」


 依然、「体毛があったらめちゃくちゃに逆立っているだろう」レベルの警戒を続けるミーに、アラトが一歩踏み出して近づいた。


「アラト!? 何やってんだ!! 怪獣だぞ!? 危ないぞ!?」

 ヒロが必死になってアラトを止めようと声をかけるが、正直このままにしておく方が危ない。


 ジュンキはさっきから騒いでいるだけで役に立たないし。

 アラトがこの場を収めるしかないだろう。

 ミーの前で腰を下ろし、あぐらをかく。


「ほら、おいで」

 緊張感が漂う中、アラトとミーはじっと見つめ合う。


 ジュンキもさすがに状況を察したのか、部屋の外も静かになっていた。

 ピンと張りつめた静寂の中、とても、とても長く感じる時間が過ぎ。


 ついにミーが動き出した。


 アラトにとびかかったかと思うと、そのままあぐらをかいたアラトの膝の上で丸まり、ごろごろとくつろぎ始めた。


「え、え、え、ええーーーーー!?」

 肝の座った男子バレー部キャプテンのひたすらうるさい絶叫が、部屋中に響いた。

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