第2話:初恋

 それ以来、桜は和希と話せていなかった。和希に会いに教室に行くも、彼は常に誰かと話していた。割り入るほどの用事もなく、遠慮して話しかけられずに居たが、ある日の昼休みのこと、和希の方から桜の教室にやってきた。


「な、何の用ですか」


「それはこっちの台詞。最近よく教室覗きに来てるでしょ?誰かに何か用があるの?」


「……安藤先輩に」


「俺?」


「……うん。その、先輩と……仲良くなりたくて。でも先輩、いっつも人に囲まれとるから……話しかけづらくて」


「あぁ、なるほど……じゃあ、はい」


 和希はポケットからスマホを取り出し、LINKリンクという無料通信アプリのアカウントのQRコードを表示して桜に差し出した。


「……ええの?」


「ん? なんで?」


「その……彼女さん、怒らへん?」


「えっ? 彼女? 居ないよ」


「……あんなモテるのに?」


「あまり恋愛に興味を持てないんだ。無理してするものじゃないと思ってる。義務じゃないしね。恋愛って」


「……そう……なんや……」


 桜は複雑だった。恋人が居ないことに関しては安堵したが、恋愛に興味が無い人をどう振り向かせたら良いのだろうかと。


「ん? どうした?」


「な、なんでもあらへん。……おおきに」


「ん。あんまり遠慮せずにメッセージして良いからね」





「って……言われたけど……うー……」


 自室のベッドの上で、桜は唸る。和希に対する恋は、桜にとって初恋だった。好きな人との距離の詰め方など全く分からなかった。

 癒子に助けを求めるが返ってきたのは『頑張れ(笑)』の一言のみ。


「他人事やと思ってー!もー!」


 癒子の適当な返しに文句を言っていると、和希の方からメッセージが送られてきた。


『そういえば冬島さんって、結局何部に入ったの?』


部です』


『えっ。そんな部活あったっけ』


『誤字です。合唱』


『合唱?』


『そうです。合唱部』


『合唱かー。歌好きなの?』


『はい』


 和希から話題を振ったおかげで、桜の緊張が少しずつ解れ、会話は自然と弾んだ。


『文字打ち込むの面倒だから電話していい?』


『はい』


 桜のスマホに、和希から電話がかかってくる。緊張していた桜は、間違えて拒否をしてしまった。慌てて自分からかけ直す。


「ご、ごめんなさい。間違えて拒否しちゃって」


「ん。良いよ。今何してた?」


「特に何も」


 電話越しに、カタカタとキーボードを叩く音が聞こえてくる。何をしているのかと桜が問うと、和希は「テスト作ってる」と答えた。


「テスト?」


「うん。そろそろ定期テストあるから。先生達がどんな問題作ってくるかなーって想像しながら」


「……えっ。それ、毎回作っとるんですか」


「うん。毎回。期末になると科目が多いからちょっと大変」


「……まさか全教科?」


「そうだよー」


 なんだか思ったより変な人だなと、桜は苦笑いする。


「普通に勉強せんでええの?」


「テスト作成するだけでも充分勉強になるよ。理解してないと作れないしね。それに俺、将来的に教師になりたいんだ。いずれは仕事でやることになる作業だし、その練習だと思えば全然無駄な作業じゃないよ」


 それを聞いて桜はなるほどと感心した。どうやら和希はしっかりと未来を見据えているらしい。


「あ、そうだ。一年の頃のデータも残ってるけど、良かったらテスト勉強用にあげようか?」


「ほんまに? 欲しいです」


「ん。じゃあ一学期の中間の分を印刷して持っていくね」


「ありがとうございます」


「ところで気になってたんだけど、冬島さんって出身どこ? 関西の方?」


「あ、はい。生まれは京都で、中学から名古屋に来ました。……訛ってます?」


「うん。めっちゃ訛ってる。可愛い」


「かわ——!?」


「京都弁ってなんか、可愛いよね。上品な感じで。名古屋弁はほら、濁点多くて汚いじゃん」


「あ、ほ、方言ね……方言の話ね……」


「うん?」


「な、なんでもあらへん……。先輩は名古屋生まれなんですか?」


「うん。両親も名古屋生まれ。生粋の名古屋人です」


「なんか、名古屋っぽくないな」


「そう?」


「うん」


 桜がふと時計を見ると、通話が始まった頃には八時ごろを指していた時計が、気づけば十時を回っていた。


「もうこんな時間だ。俺、明日朝練あるからそろそろ寝るね」


「あ、はい」


 カサカサと聞こえてくる布が擦れる音に、桜は思わずドキッとしてしまう。


「じゃあ、冬島さん。また明日ね。朝は忙しいから、テストはお昼に持っていくね」


「あ、は、はい」


「おやすみ」


「お、おやすみなさい」


 通話が切れる。桜もベッドに入るが、心臓の音が睡眠を邪魔する。その音を聞きながら、桜は確信した。やはり自分は彼に恋をしたのだと。

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