きみの存在意義

内山 すみれ

第一話 偵察


 轟音を響かせてビルが倒壊する。崩れ落ちるビルの窓から三人の人間が飛び出した。彼らは驚くべき身体能力で地面に着地する。


「ブルー!ピンク!平気か?!」


 赤をモチーフにしたコスチュームに身を包んだ男が二人に声をかける。


「ああ!大丈夫だレッド!」

「私もよ!」


 それぞれ声が上がる。レッドと呼ばれた男は仲間の無事に一先ず安心する。倒壊したビルの上に立ちこちらを見下す男を、レッドは睨みつける。彼は先程戦い、三人がかりでも全く歯が立たなかった男だ。


「リリス様、コイツらもう少し虐めてもいい?リリス様に攻撃しようとしてたし、許せないよね?」


 男は隣のビルにいる女に声をかける。リリスと呼ばれた女は蝙蝠のような黒い翼を使い、地上へと降り立つ。


「いいえ、もう十分よ。力の差は歴然。蠅のような力しかない人間を殺めても楽しくないわ」

「……ちぇ、ざんね~ん!お前達、リリス様が寛大で良かったねえ。僕一人だったら全員殺してたよ」

「行くわよ」

「は~い!じゃ、また今度ね~!」

「お、おい待て!!」


 レッドの声は虚しく響く。二人はレッドの声を無視し、リリスが右手から作り出したブラックホールの中に消えていった。


「逃げるとは、卑怯者め!」


 レッドが悔しそうに拳を地面に叩きつける。ブルーがレッドの肩を叩いた。


「レッド、我々は幸運でした。今の僕達では、あのまま戦っていれば全滅していたでしょう」

「……そうね。悔しいけれど、私達はまだ弱いわ」

「俺達はもっと強くなってやる!」


 三人は拳を合わせる。もう、負けたりはしない。そう胸に誓うのだった。






「ねえ、リリスさま~」

「何かしら」


 ブラックホールで空間を移動し、二人はリリスの部屋へと戻る。部下の男、阿久戸 翔(あくと かける)は甘えた声を出しながらリリスに抱き着く。リリスは背筋を粟立たせながら、それを悟られないよう平然を装い彼の腕を解く。椅子に腰かけたリリスを残念そうに見つめて、阿久戸は彼女に服従するように跪く。


「僕、よく頑張ったでしょ?」

「ええ、そうね」

「『ご褒美』ちょ~だい!」


 阿久戸はリリスを見上げて『ご褒美』をねだる。期待に目を輝かせる阿久戸は彼女の手を取り、爪先、掌、手首に唇を落とす。嬉々としてリリスにキスを送る阿久戸の瞳には底知れぬ闇があった。リリスは阿久戸の、ちらりと覗く闇に背筋が凍る。彼女は気付かないふりをして、眉間に皺を寄せ阿久戸の手を弾くように手を振り動かす。


「まだ『目的』は達成されていないわ。……『ご褒美』は、その後ね」

「ちぇ~。しょうがないなあ。約束だよ?」

「ええ、勿論よ」

「やったあ!」


 阿久戸の目が弧を描く。


「……カケル。私は一休みするわ。あなたも部屋に戻りなさい」

「え~。僕、リリス様ともっと一緒にいたい!」


 頬を膨らませてむくれる阿久戸に、リリスは言い放つ。


「戻りなさいと言っているのよ。分からなかったのかしら?」

「……。も~、リリス様のいじわる。じゃ、またね。リリス様」


 阿久戸は渋々部屋を後にした。ドアの閉まる音が聞こえ、リリスはようやく一息吐くことができた。疲労感がドッと押し寄せてくる。阿久戸といると心が休まることはない。底知れぬ恐怖と共に過ごしているような心地だ。しかし、この男を利用しないと自分の立場はない。あのお方に認められるために、これからも身を粉にして『目的』の達成へと突き進む他ないのだ。リリスは大きなため息をついて、浴室へと向かった。疲労が全て湯と共に流れてくれたらいいのに。彼女はそんなことを思いながら服を脱ぎ始めた。






「リリス様……リリス様、リリス様……可愛いなあ……」


 暗闇の中、液晶の光だけが唯一部屋を照らしていた。液晶には、シャワーを浴びるリリスの姿が映されていた。阿久戸は液晶越しにリリスを指先でなぞる。


「僕だけのリリス様。愛してる……」


 阿久戸の声は暗闇に紛れて消えた。


つづく

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