第21話  スポットライト、落ちる

 あ……朝?


 跳ね起きると同時に、首が胴から離れていないことを確かめる。よし、生きてる。

 散々殺す発言をしてくれたメフルが同室だったこともあって、最初は横になりながらビクビクしていた。だが、ここ数日まともな睡眠を取っていなかったせいもあってか、睡魔にやられてしまったようだ。異常があったらメフルがロクサーナを起こすはずだし、俺もそれに気づくだろうという甘えもあったな。


 今日は外光を取り込む照明が、いつになく眩しい。天気はかなりいいようだ。

 部屋の反対端を見ると、桃色の髪を寝癖で爆発させた可愛いロクサーナが……いない。


「あ、カイ。おはようございます」


 ベルベットのように柔らかな低音で声を掛けてきたのは、身の丈三メートル弱の巨大な甲冑だ。


「あ……あれ? ログス、おはよう」


 俺は昨晩、確かにロクサーナという美少女と語り合い、眠りに落ちたはず。あれはまさか、一夜の夢?


「はい……今後もこの格好の時は、ログスと呼んでくださいね」


 ログスの巨体と、ロクサーナの華奢な肢体のヴィジョンが重なる。笑顔が上品だったなぁ。


「……白鳥の湖……か」


 不意に思いついて口を突いて呟いてしまった名作の題名に、対角の位置にいた二人が反応する。


「急にどうしたのです? 素敵な言葉……綺麗で、何だかもの悲しい響きを感じます」

「クソ人間には相応しくない、美しさを感じる言葉だ」


 綺麗で当然だ。

 考えたのチャイコフスキーだし。

 夢じゃなかったし。きっとまた会えるし……多分。


「よし、気を取り直して出発だ。メフルが囮になってくれるんだったな?」


 作戦の要――メフルは、案の定そっぽを向いて不愉快オーラを吹き出した。


「気安く呼ぶな。私が武器庫から回り込んで厨房の者を見送りに出す。貴様は貴重な捕虜だから、ログス様についていけばよい。が、ログス様に何かあれば……殺す」

「ふう……了解了解」


 このメイド、二言目には「殺す」だな。

 まだ二日目なのにもう暴言に慣れてきた俺がいる。


 ともかく、いよいよ行動だ。

 早速倉庫を出る。

 分かれ道まで来ると、メフルは音もなく武器庫の方へと駆け去った。

 俺たちは食料庫の裏で待機することになる。


「その……メフルのこと、悪く思わないでくださいね」


 ログスが囁く。


「気にするなって」


 取り敢えず、平気な風を装ってパタパタと手を振ると、ログスは安堵したように軽く息を吐いた。


「よかった。あの子……両親を人間に殺されているので、つい辛く当たってしまうんだと思います」

「……そうか」


 彼女にそんな過去があったとは。それほど酷い目に遭っていたのなら、人間を敵視するのも仕方のないことなのかも知れない。

 メフルの境遇を案じている内に、厨房から漏れる音が変化した。メイド長であるメフルと料理長らしい声とが話し合っているようだ。


「……片づけの方は一段落しているから、別にかまわねえが……」

「……では、出陣の見送りに出ましょう」


 その提案に反応して、女性厨房係らしき歓声が聞こえてくる。


「ほら、そろそろベフラング様の御出陣です。みんなで見送りにいきましょう」


 その呼びかけを合図に、厨房から声の数が減っていく。


「ベフラングは赤の軍きっての美丈夫で、女性からの人気が高いのです。赤の軍所属にしては腹黒さがなく、好感が持てる男です。ただ、少々漁色家だという噂ですが……」


 ログスが囁く。

 赤の軍ということは、『杯の王』モルサルの配下だな……なんて考えている間にも声はどんどん遠ざかり、ついに厨房から音が消えた。

 【命の器】で向上した聴覚を使って耳をそばだててみても、人の気配はない。

 俺はログスと頷きを交わすと、食料庫へと通じる扉を開き、そのまま隣接する厨房へと侵入する。

 果たして、よく整頓された厨房には誰一人として残ってはいなかった。

 よし……


 余計な器具に身体を接触させないように気をつけて、厨房をすり抜けた。歓声が小さく届いてくる渡り廊下を通って、ガファスの中枢である巨大な主塔に入る。そのまま反対側の壁に【顕術けんじゅつ】で扉を創ると、主塔の背後にある歩廊へと抜け出した。


 頑丈な歩廊を備えた城壁の外は森に囲まれ、その先は何かを栽培している低地が広がっている。さらに向こうには海岸線が見てとれた。

 ガファスは山城のため、その景色は雄大とも言えるものだったが、見とれている暇はない。歩廊を回り込むと、西の稜堡に勝手口のような出入口があるのが見えた。そこからは幅の狭い道が、城壁の外を取り巻くようにぐるりと延びている。


 稜堡から外に出るべく狭い階段を下りようとすると、後ろから駆け寄る足音が響いてきた。この軽さと歩幅は……


「ログス様、お待ち下さい!」


 ちっ、メフルだ。


「貴様をログス様と二人っきりにするわけないだろう。私もついていくぞ……残っていてもガシェールムにいいように使われるだけだからな」

「メフルがいると心強いです。ね、カイ?」

「あ、ああ。もちろんだ」

「クソ人間、貴様なんぞ助けんぞ」

「はいはい」


 メフルは俺のことをつけ狙っているが、ログスにとっては強力な味方だ。

 パーティが三人になったことで、反ガシェールム連合は戦力が一気に一・五倍になった。


 早速、裏口へと向かう。前門のエルナール軍、後門のガシェールムといった現状である以上、早急にアルドと合流するのがいいだろう。国の中枢が混乱したままでは、捕虜である俺は真っ先に切り捨てられるだろうから。

 裏口から侵入者がないよう、メフルがつっかえ棒を仕掛け、戸が開かないことを確認する。


 俺たちは低地に繋がる森の小道へと足を向けた。


「城の南西にガファスの生産拠点があります。そこを領地とし、取り仕切るのが『棍の王』アルドです」

「文官なのか?」

「そのような括りをするならば、純粋な武官はラフシャーンだけとなります。でも、アルドも強いですよ。マルダウロスですから」

「ほう……」


 マルダウロスとは、ミノタウロスの上位種だ。四つの目を持っていて、ミノタウロスを凌駕する膂力と明晰な頭脳を誇る。

 チートアイテムが揃っていればどうにかなるが、今は関わりたくない――そんな感じの相手だ。


「ガファスの潤沢な国力は、アルドの手腕……」


 言いかけて歩みを止める。ちょうど城の山を下りきり、間もなく道が森に入る、といった場所だ。


「いるな」

「いますね」


 向かって右手の森に気配を感じる。

 たいしたことのない殺気だが、かなりの数だ。

 一歩下がって相手の出方を待つ。


 と、一歩手前の地面に矢が刺さった。それを合図に、森から兵たちが湧きだしてくる。その数は百人前後といったところだ。正面に大軍を配置し、要人や臆病な貴族が裏口から逃げようとするのを狩る……手柄の入れ食いってわけだ。

 相手が、チートアイテムを取り戻し切れていないとは言え勇者と、『道化の王』でなければ、の話だが。


「ログス、悪いけど四六で頼む」

「あら、わたくしが七割引き受けますよ?」


 倒す相手の数を相談していると、兵たちの列が中央から割れる。

 そして人影が二つ、姿を現した。


「カイ様!」


 聞き慣れた甘やかな声。わざわざ俺を地下牢まで助けに下りてきてくれた盗賊、ルグノーラだ。


 もう一人は……忘れもしない。俺より若干背が高く、魔術師のはずなのにまるで格闘家のような引き締まった体躯。若白髪の混じる髪を短く刈り込み、日焼けした彫りの深い顔。俺を召喚し、俺を鍛え、俺に生き残る術を教えてくれた魔術師。


「ジーベルト……師匠」

「カイ」


 ルグノーラと共に現れた師匠は、無感動な視線を俺に向けてくる。もしかすると敵将と行動を共にしている俺を見て、疑念を持っているのかも知れない。どうも感動の再会という場面ではなさそうだ。

 ジーベルトは「任せろ」というジェスチャーをすると、ルグノーラは引き下がった。ジーベルトはそのまま一歩、二歩と歩み寄る。


「ログス、ちょっと師匠と話をさせてくれ」


 俺の言葉に、ログスとメフルも数歩下がる。

 俺はジーベルトと一対一で向かい合う形になった。

 表情筋がヒクつきそうになるのを何とかコントロール下に置く。


 俺に生き残る力を与えてくれた師匠であるジーベルト。まだアラフォーなのに『魔術府召喚局長』とかいう高級官僚の肩書きを持っている。いや、肩書きだけでなく魔術師として優秀な能力を持ち、戦士として魔術師離れした能力を持っている多才さだ。

 チートアイテムを失った状態で相手にするのは、正直なところ自殺行為だと思う。


「カイ」


 ジーベルトが口を開く。再会の喜びも、敵と行動していることへの猜疑心も感じない。感情を抑えている声色だ。


「師匠」


 いつものジーベルトは、もう少し感情豊かだったように記憶している。戦場だからか? とりあえず、報告が先決だ。


「依頼はクリアした。実は今、ガファスの捕虜になっているが、『道化の王』ログスが捕虜交換として俺を解放することを約束している。それより、フェリオロが『あれ』を持っていたせいでチートアイテムを抜き取られた。どういうことだ?」


 『あれ』とはもちろん、『聖鍵せいけん』のことだ。

 ジーベルトのこめかみが一瞬動く。

 だが、それだけだ。厳重に保管されていることや、持ち出されれば勇者の力が失われる恐れがあることなどを教えてくれたのはジーベルトなのに。

 彼は、相変わらず感情を抑えた口調でロボットのように言葉を紡いだ。


「……お前には国家反逆の疑いが掛けられている」


 その言葉は、俺を細く照らし続けていた照明が突如脳天に落ちてきたような衝撃をもたらした。

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