第三章  勇者の闇落ち?

第12話  道化の王の招待

「これは……」


 地下三階に上がったはずの俺たちだったが、目の前に広がっているのは倉庫か廃工場を思わせるだだっぴろい建造物の中だった。広さは大体、五十メートルプールが収まるくらいか。そこに様々な大きさの檻が、大はドラゴンでも入れるのかというものから小は独房サイズまで乱立していた。壁の二階にあたる高さにはキャットウォークが差し渡され、長辺のキャットウォークに開けられた窓からは夕刻のような橙色の光が差し込んでいる。


「相変わらず臭うわね。せっかくカイ様と一緒なのに……」


 ルグノーラが眉を顰めた。

 未だ俺たちは微かな腐敗臭の中にいる。

 不快さに辟易して、どこか出られる場所はないかと周囲を見渡した


「奥には大きな扉……大型モンスターを搬出するためかな。そして後ろには……また謎の制御室とその出入り口か。造りからすると、制御室の先は、敵にとって安全なエリアと見て間違いないだろうな」

「一応、侵入経路は後ろの扉なんだけど……そううまくはいかなそうよ」


 ルグノーラが耳を澄ます仕草をする。

 敵が忍び寄っているのか?

 せわしなく見回しているのを察するに、複数の箇所から近づいてきているようだ。人影一つ見えない空間の中で、ルグノーラの囁き声が耳に忍び込んでくる。


「カイ様、五つ数えたら制御室に向かって走るわ。五、四……一、ゼロ!」


 ルグノーラがカウントダウンを終えると同時に、周囲のガラスというガラスが叩き割られ、ガファス兵が乱入してきた。

 敵兵よりもルグノーラの数え方に不意打ちを喰らったが、何とか遅れずにルグノーラを追うことに成功した。


「三と二はどこ行った⁉」

「向こうが二拍、先走ったの。それとも、三と二を飛ばす女の子は嫌い?」

「そういうの、後回しな!」


 俺たちは檻の隙間を縫って、制御室の出入り口を目指して駆ける。


「制御室の扉、鍵掛かってたら俺が足止めする……っ!」


 言いかけて、俺は急制動をかけた。

 隣ではルグノーラも立ち止まっている。

 飛び込もうとしていた扉から、大勢のガファス兵が吐き出されたのだ。背後の兵も加わり、瞬く間に俺たちを包囲する。

 即座に長柄ブロードソードを抜き、臨戦態勢を取る。

 ルグノーラは俺と背中合わせになり、突剣を構えた。

 包囲の輪が武器の間合いの分だけ広がる。勇者パーティの雷名様々だな。


「ルグノーラ、今度は行けるよ」

「三分の一は、そっちに回すから」


 チートアイテムが全部揃っていれば、取り囲んでいる中隊規模の兵など殲滅対象だ。だが今は無理はできない。穴をこじ開けて、この建物を出ないと。


「……ハーイ、そこの勇者とコソ泥。動くんじゃないよー」


 今まさに跳び掛かろうとした時、包囲網の中から声が響いた。人垣が一カ所だけ開くと、女のトラの獣人が姿を見せる。獣人は周囲の兵卒より明らかに上等なレザーアーマーをグラマラスな身に纏い、シャムシールと呼ばれる曲刀を肩に担いでいる。恐らく、司令官だろう。


「何だ? 一騎打ちでもしたいのか?」

「まさかまさかー。ラフシャーン様を惨殺し、陛下を騙し討ちにするような鬼畜とやり合う気はないよー」


 トラ獣人は軽い口調に憎悪を滲ませて答えた。

 ……待て、話がおかしいぞ。


「違う! 魔皇帝が、急に何かに刺されたような隙を見せて……」

「あー、何か自己弁護してるねー。エルナール人のクズっぷりが凝縮しているような奴ー。でもねー、周りを見てごらーん」

「カイ様、これはちょっとまずいかも」


 ルグノーラに促されて周囲を見回す。いつの間にか、キャットウォークにクロスボウを構えた兵が並んでいた。


「取り囲んでいるのは、壁役を志願したただの決死隊。でも、クロスボウ隊は精鋭よー。斬り刻まれて死にたいかハリネズミになって死にたいか、選ばせてあげるわー」

「ぐっ……」


 一瞬の沈黙。

 ルグノーラの背からも緊張が伝わる。

 俺がしっかりしないと!

 だが、打開策を考えるより前に、ルグノーラが口を開いた。


「カイ様とハリネズミ……いいわ。いい! 一択よ!」

「ルグノーラ……」

「お前らー……」


 俺とトラ獣人は、ルグノーラに呆れた視線を向けた。

 また沈黙がやってくる。

 トラ獣人が先に我に返った。


「わかったわー。お望み通り……」

「お待ちなさい!」


 今まさに攻撃命令を下そうかという所で、重々しい制止の声が響いた。

 大軍を統率し慣れているような威厳のある声に、トラ獣人と兵たちがビクリと立ち竦む。

 そして俺は、全身の産毛がぞわりと逆立つ感覚を覚えて立ち竦む。

 制御室の扉をくぐって現れ――ようとして戸枠に頭をぶつけて兜を擦りながら出てきたのは、あの金と黒の甲冑に身を包んだオネエっぽい奴、牢屋に閉じ込めたはずのログスだった。今日は背中に巨大な鉈とショートスピアを背負っている。


「『道化の王』ログス様……」


 獣人は一歩身を引き、自身が開いた通路をログスに譲る。

 やっぱり偉い奴だったらしいログスは、俺の方を注視しつつ獣人に声を掛けた。


「バブレーフ、勇者カイの身はわたくしがいただく取り決めになっているはずです」

「でもー、こいつはラフシャーン様の仇ですしー」


 ゴネるバブレーフとかいう名のトラ獣人。強敵が増えてしまったが、とりあえず時間は稼げている。頑張れログス!


「悔しい気持ちはわかりますが、取り決めを破ると、王たちの不和の種になりかねません。こらえてください」

「ちぇー、わかりましたー」


 ガキっぽく拗ねるバブレーフが腕を一振りすると、キャットウォークのクロスボウ隊は音もなく窓から消えていった。

 フロアの包囲網も波が引くように退室していく。


 残ったのは俺たちとログス、バブレーフとその側近らしき数名のみ。

 撤退の手際を見やって満足そうに頷いていたログスだったが、おもむろに俺たちの方へ向き直った。


「さて、勇者カイ。わたくしは、ただであなたの命をお助けしたのではありません」

「……だよな」

「今日はわたくしの私的な客人としてお迎えしたいと思っています。ついてきてもらいましょう」


 ログスが先程自分がくぐってきた扉を指し示した。


「拒否権なし、か。武器とかは預けなくてもいいのか?」


 至極もっともな疑問に、ログスは首を振った。


「勇者カイは虚空から無限に武器を創り出すと聞いています。それに、勇者というのは、こちらが客として遇すると言っているときに、武器を振り回したりしないと思っていますから……お仲間はどうか知りませんが」


 振り向きもせず答えるログスに、先手を打たれたような気持ちになる。背後でルグノーラが鼻を鳴らした。


「ふん、高尚なことで。でも、そっちの手下はどうなのかしら?」

「だいじょうぶだよー」


 ログスの背後に控えていたバブレーフが、ぱたぱたと手を振る。


「『青の軍』は、騙し討ちなんかしないよー。エルナール人と違ってねー」


 相変わらず間延びした受け答えをするトラ獣人だが、内心では怨恨が渦巻いているのがわかる。

 だが、殺気立つ獣人をログスが制した。


「勇者はわたくしの管理下ですので、抑えてくださいね。それで、勇者カイは招待に応じてくれますか? こちらも、あなたが興味をそそられるお話ができるかと思います。例えば……の話とか」

「……っ⁉」


 そこまで言われては、別にここで徹底抗戦する必要もない。俺たちはログスについて檻の迷路から出ることにした。

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