第7話 図書室の住人

 ビクッとした季三月彩子はノートを手で隠して俺を見ている。


「あ、あ、あ」


 フリーズしやがった、少しびっくりさせ過ぎたか?


「季三月、小説書いてるのか? 熱心だな、でも飯食い終わってからにした方が良くねえか」


「大神……何で……」と聞こえたような気がする、なんせ彼女は声が小さい。


「一人で飯ってのも味気ないだろ、俺と一緒に食おうぜ」


 俺はヤキソバパンの袋を掲げ、彼女の前でチラつかせる。


「いや、いい」


 彼女は素早く弁当箱に蓋をして椅子から立ち上がり、逃亡を図る。


「待てって、お前そうやって苦手なことから逃げてるんだろ? そんな事してたって埒空かないぞ、一生そうしてるつもりか?」


 廊下へ向かう季三月は立ち止まり、俺を睨みつけて言った。


「分かったようなこと言わないで!」


 図書室に大きな声が響き渡る。


「何だ、デカい声出せるじゃねえか」


「何も知らないくせに……」


 季三月は床を見つめて吐き捨てるように言った。


「だったら教えてくれよ、お前の力になれるか分かんねえけど」


 彼女は視線を俺に戻し、真顔で答えた。


「私の傍にいたら不幸になるから近づかないで」


「そうなのか? 俺は今、幸福だぜ。なんせ高校イチの美少女の季三月から告白されたんだからな」


「告白って、あんなの実験だよ、冗談に決まってるでしょ!」


 手を振り乱し、感情をさらけ出したのか季三月は顔を紅潮させている。


「いいぜ、付き合ってやるよ」


「だから! 今の話聞いてた? アレはジョーク、超平均的平凡男子の反応を観たかっただけだよ」


「だけどお前は俺に告白した、だから付き合ってやる」


 眉間に皺を寄せ呆れたように片手で顔を覆い、ため息交じりに彼女は言った。


「バカじゃないの? あんなの小説のネタだよ」


「実験はまだ続いてる、平均的平凡男子の勘違い野郎が美少女にコクられて舞い上がってるんだ、その相手がコミュ障で人を不幸にする変人でコスプレマニアでも関係ねえ」


 「変人って余計だよ、いや……変人か……私キモくて友達いないし、ホント死にたい」


 語尾が聞こえねえくらい小さくなった季三月は視線を落とした。


「死にたい奴は小説書いたりしないだろ? 小説ってのは書くのに何か月もかかる、作品が出来上がるまでは本気で書きまくって、逆に今死んだらこの作品を発表出来ないって思うんじゃ無いのか?」


 俺の言葉に反応し、キッと睨み付けて彼女は声を張った。


「そうだよ、駄作でも最後まで書いて、誰か一人にでも最後まで読んでもらいたい」


 拳を握り、俺に力説した季三月だったが、急に風船が萎んだように肩を落とした。

 

 俺は言った。


「もし、お前が嫌じゃ無かったら、その小説、最初に俺に読ませてくれないか?」


「嫌だよ、こんなゴミ小説、アンタに見せる訳無いでしょ」


 季三月はそう言って少しだけ笑って図書室を後にした。


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