「強くなんて」

 学校の教室、弥幸はいつものように窓側の席で眠っている。星桜達は、教室で声をかけることはせず、今まで通り距離を取りながら生活をしていた。


 そんな日々が続いていたある日の昼休み、教室で友達と話していた星桜のスマホが震え出す。

 ポケットから取り画面を確認すると、"赤鬼弥幸"という文字。一瞬眉を顰め、横目で窓側を確認した。


 机に突っ伏して寝ている弥幸の姿が彼女の目に映る。顔を引き攣らせる星桜に、話していた友人が疑問を抱き問いかけた。


「な、なんでもないよ。あはは……」


 何とか誤魔化し、スマホをポケットに入れトイレに行くと言ってその場を後にした。

 星桜の様子を教室の端で見ていた翔月と凛は事情を知っているため、苦笑を浮かべ星桜と弥幸を交互に見る。


「星桜じゃなかったらぶちギレ案件じゃない?」

「星桜だからこそ、赤鬼と行動できるのかもな」


 二人の様子に深いため息を吐き、二人は授業の準備を始めた。


 ☆


「遅い」

「いや、赤鬼君が速いだけだから……。あと、なんで私達を置いて帰るのさ!!」


 紅城神社の鳥居の下に、普段とは違う服を身にまとっている弥幸が、星桜と翔月、凛を仁王立ちで見下ろしていた。

 黒いシャツに、赤いパーカー。フードは取っておりマスクもつけていないため、整った顔が露わとなっている。


 弥幸に見下ろされている三人は今、鳥居の前の階段下で彼を見上げていた。


「集合場所はしっかりとメールに書いてあったじゃん。それでここまで時間かかるとか、運動不足なの? それとも知識不足? メールの意味が理解できなかった? 学校が終わってもう十五分経過してるよ?」

「運動能力は赤鬼君と一緒にしないで欲しいのと、メールだけでこんな短時間に目的の場所まで来れたのはすごいと思うけどね!!!」


 星桜が階段を上がり、弥幸にスマホの画面を見せつけながら言い放つ。


 画面には弥幸から送られてきたメール。単語だが一つ、書かれていた。



『紅城神社』



「これだけだとさすがに分からないよ!!!」

「普通にわかるでしょ。逆に場所を指定されて、来る以外の選択肢ある? 君はここに何か他の案件でも抱えていたの?」

「そんなことは無い……けど……」

「なら、君のたんなる推理不足じゃん。それで文句を言われても知らないよ、僕は何も悪くない」


 ツーンと他所を向き腕を組む彼に、星桜は怒りが芽ばえる。だが、これ以上言い争っても無意味と考え、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。


「えっと、それで。私達を呼んでどうしたの?」

「呼んだのは君だけのはずなんだけどね。まぁ、いてもいなくても後ろの二人は変わらないからどっちでもいいけど」


 弥幸が振り向きざまに言い放った言葉により、傍観を勤めていた二人は文句をギャーギャーと言う。だが、弥幸にとっては何処吹く風。足早に寺社の中へと入ってしまった。

 残された三人も怒りを何とか押え、お互い覚悟を決め彼の後ろを追う。その際、凛が星桜の肩に手を置き「がんばっ」と、一言だけ伝えた。


 ☆


 いつもの和室に入り、丸テーブルを囲うように座る。

 全員が座ったことを確認すると、弥幸が見計らったように今回の本題を前置き無しに話し出した。


「君には次の三連休の時、僕と共に"水光すいこうの港"に行ってもらいたい」

「っえ? 前置きなし? それに、水光の港って……。そこは確か海が綺麗で、魚介類がものすごく美味しい港だよね?」

「食い意地があるのはいいけど、今回は旅行じゃないからね。そこはしっかりと理解して貰わなければ困るよ」

「そういうことを言っているんじゃないの! 場所の確認をしただけじゃない!」

「それで、水光の港にある退治屋の手伝いをして欲しいんだ」

「私の言葉を無視しなっ──手伝い? 退治屋の?」


 弥幸に反射で文句を返そうとした星桜だったが、内容が内容なために一度言葉を止める。

 他の二人も予想外の内容だったため、弥幸を凝視した。


「え、手伝いってどういうことなの?」

「水光の港を担当している退治屋から届けが来てね。結構厄介で、大きな妖傀が港に出現してしまったみたい。一家族の退治屋だけでは厳しいからと応援要請が来た」

「なるほど、わかった。私も行く!」


 決断力が早い星桜は、弥幸からの簡潔な説明だけで即答。隣で聞いていた凛と翔月は同時に「「待って?!」」と制しの声を上げる。


「どうしたの?」

「いや、どうしたのじゃないでしょ?! 妖傀退治のお手伝いだよ?! 星桜、まだ戦闘とか慣れていないし、さすがに危険だよ!」

「もう少し考えてからの方がいいんじゃないか? 赤鬼も、さすがに無理やりは連れていかないだろ?」


 翔月からの問いかけに、弥幸は小さく頷いた。


「最初から僕は強制していないよ。"行って欲しい"とは言ったけど"行って"とは言い切ってないし。だから、決めるのは本人。僕はお願いしただけ」


 彼の言葉に安堵する二人。だが、張本人である星桜は変わらず「行くよ」と言い張る。

 翔月と凛が何とか止めようとするが聞かず、真顔で同じ言葉を繰り返す。


 星桜は、一度決めたことを途中で投げ出したり意見を変えたりなどはしない。頑固な部分があるのはこの場で翔月が一番身に染みていたため、これ以上は無駄だなと早々に諦めた。

 

 次に翔月は、三人のやり取りを眺めていた弥幸を見る。

 自然に気づき、弥幸は横目で見て「何」と呟いた。


「赤鬼、絶対星桜を守ってくれるんだよな?」


 凛と星桜がお互いの意見をぶつけている中、翔月は弥幸へ確認するように問いかける。

 彼の問いかけに、言い争っていた二人は言葉を止め、弥幸を見た。


 三人からの眼差しに一瞬眉を寄せる弥幸だったが、すぐに首を縦に振った。


「力の限りは守るよ。僕も、君を巻き込んだせいで死んでしまったなんて、後味が悪いからね」


 後ろに手を置き、体重を傾け言い切る弥幸を、翔月は最初疑うように見ていたが、すぐに視線を逸らしテーブルの上に手を置き組む。


「なら、いい」


 今度は星桜の方に向き直し、弥幸へ質問した時と同じ口調で問いかけた。


「星桜、お前は絶対に無理をしないと約束してくれ。自分の命を大事に、絶対に生きて帰ってくること。これを約束しないのなら、俺はお前を全力で止める。赤鬼が何を言ってもな」


 鋭く尖る視線。一瞬息を飲んだ星桜だったが、眉を釣り上げ、力強く頷いた。


「絶対に生きて帰ってくるし、無理はしないよ。それに、赤鬼君は強いから、絶対に大丈夫!!」


 鼻を鳴らし自信満々に言い切った星桜に、弥幸が咄嗟に文句を言おうと口を開きかけた。だが、三人の心配するような言葉や瞳に何も言えず、開きかけた口を閉ざす。


「強くなんて、ないってば……」


 顔を俯かせ、誰にも聞こえないような声で呟いた。

 弥幸の様子がおかしいことに星桜が気づき、視線を送る。だが、何も問いかけることはせず見続けるのみ。


 すると、廊下の方からトタトタと、忙しない足音が聞こえ始めた。

 その音はどんどん近づき、部屋の前で止まる。


 刹那、パーンと大きな音を立て襖が開かれた。そこに立っているのは、セーラー服を身にまとっている逢花。頬を膨らませ、怒っていた。


「え、あ、逢花ちゃん?」


 なぜ怒っているのか分からない星桜は、戸惑うように問いかけたが返答なし。

 襖を開けっ放しに部屋へと踏み入れ、真っ直ぐ弥幸の元に。

 彼自身も、なぜ逢花が怒っているのか分からず、「え、ちょ、え?」と困惑の声を上げていた。


 横に座った逢花から少し距離を取ろうと後ろに下がるが、すぐに腕を捕まれ動けなくなる。


「弥幸お兄ちゃん」

「…………はい」


 いつもより低く、圧のある声で名前を呼ばれ、咄嗟に返事。俯かれた顔をあげながら、逢花は弥幸の両肩を掴み大きく揺さぶった。


「私だけ除け者にするなんてひどぉぉおおおおおおいいぃぃいいいいいいいい!!!!!!!」


 泣きわめきながら叫ぶ逢花に、されるがままの弥幸。首がガクンガクンと振られ、今にも落ちそうな勢いだ。

 星桜が慌てて止めに入ったおかげで逢花は弥幸から手を離したが、頭をシェイクされた弥幸は顔を真っ青にしその場に倒れ込む。


「私に手紙の話をしなかった弥幸お兄ちゃんが悪いんだからね!!!」


「うわぁぁぁあん!!」と、泣く逢花をなだめるように星桜は背中を撫でてあげ。翔月は「お前なぁ……」と、呆れた声をこぼし弥幸を見下ろし、倒れている彼を凛はお腹をよじり笑う。



 この場で唯一冷静に周りを見ている翔月は、楽しげに頬笑み浮かべた。

 こんな楽しく幸せな空間が、これからも続けばいいのにと。翔月は四人の様子を見て、心中で呟いた。


「ほれ、まだ話は終わってないだろ。逢花ちゃんも話に入って、続きを話そうぜ」


 四人に声をかけ、再度弥幸抜きで話し合いが再開される。

 弥幸は、逢花からの攻撃によりそのまま深い眠りに入ったため、誰も起こそうとはしなかった。


「また、寝息が聞こえる」

「どこででも寝れるのね、赤鬼って」

「ある今すげぇよ、こんなうるせぇ中で寝れるなんて……」

「弥幸お兄ちゃん、可愛い!」

「「「?!」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る