嵐の前の静けさ

「分かりました」

 赤色を基調とした寺社。鳥居からは距離があり、石畳が続いている。

 寺社の左右には瓦屋根より高い御神木があり、屋敷を隠すように覆っていた。


 石畳を通り、寺社の横を通り抜けると、人が一人入れるような小屋がある。扉を潜ると階段があり、闇が広がっていた。

 光源は蝋燭しかないため、足元が見えにくい。そんな階段を悠々と進んでいく一人の男性。片手に蝋燭を持ち、コツ、コツと音を鳴らし降りていた。


 藍色の腰まで長い髪を、右の耳下あたりで緩く結んでいる。

 黒いノースリーブのインナーに、赤色の着物を肘まで下げ着用。帯は黒色で、そこには刀が差されている。


 口元には優しい笑みが浮かんでおり、髪の隙間から見える耳には、黒色の石のような耳飾りが付けられていた。


 男性が散歩をするような足取りで地下を進むと、奥の方から女性の甲高い叫び声が聞こえ始めた。

 壁が叫び声を反響させ、廊下全体に響き渡る。男性は声を聞いた瞬間一度足を止め、やれやれと肩をすくめた。


「おやおや。まったく……。女性には優しくと、いつも言っているのに。困った弟ですねぇ」


 人あたりがよく柔らかい声で呟き、一度止めた足を進める。前方に現れたのは、冷たい鉄格子で遮られている牢屋が現れた。

 金属がぶつかり合うようなガシャン、ガシャンという音が漏れだしている。またしても肩をすくめ、ため息を吐いた。


「何をやっているのですか、碧輝たまき


 男性は、牢屋の中にいる二人のうち一人の男性に声をかけた。名前を呼ばれ、中にいる男性は声の聞こえた方に振り返る。


 服装と髪型は男性と同じだが、黄色く光っている目はつり上がっており、口元にも笑みはなく怒っているように見える。


 碧輝と呼ばれた男性の後ろには、鎖に繋がれ壁に縛り付けられている一人の女性。白装束を身にまとっており、服の隙間から見える肌は青く腫れている。切り傷も至る所にあり、血がポタポタと流れ床を赤くしていた。顔を俯かせ、髪はボサボサ。

 何度も蹴られたり、殴られたりしているのが見て取れた。


「こいつが精神力を渡さねぇから悪いんだよ、俺は悪くねぇ」


 不機嫌丸出しで不貞腐れている碧輝は、簡潔に説明をしたあと男性から顔を背ける。

 そんな彼を見て、男性は余裕な笑みを浮かべながら「おやおや、それは困りましたね」と言う。


 ギギギッと牢屋の扉を開き中へと入り、角に手に持っていた蝋燭を置く。そのまま、真っ直ぐと女性へと近付いた。


 項垂れている彼女に手を伸ばし、顎を持ち上げる。


 彼女の顔にも複数傷があり、口の中も切っており血が流れていた。

 顔を上げさせた人を確認するまでは全てを諦めたような無表情だったが、彼の顔を確認した途端、顔が青ざめ身体を大きく震わせる。


「おや、まだ意識はあるそうですね。でしたら、早く精神力を分けていただいてもよろしいでしょうか? 今は厄介な案件を抱えているため、時間が無いのです」


 口調は優しく、丁寧にお願いする口調だが語勢に勢いがある。笑顔の中にあるのはどす黒く冷たい感情、鋭利の刃物のような口調。お願いではなく、命令しているような物言いに、彼女は震える声で何とか言葉を伝えた。


「き、昨日からずっと、分けていたので、もう、げんかっ──」


 痛みに耐えながらか細く言うと、途中で男性が顎に添えていた右手を離し、右頬を思いっきり平手打ちした。


 バチンという音が地下室に響き、地面に血が飛び散る。


「言い訳なんていりません。欲しいのは貴方の精神力。精神の核を持っているのですから、少しは私達の役に立ってもよろしいかと思いますが?」


 男性は再度女性の顎に手を添え、自身へと無理やり向けさせた。


「もし、嫌なのでしたら仕方がありません。また、無理やりにでも精神力を頂くだけです」


 言う男性は、懐から二本の釘を取りだしチラつかせる。それを見るだけで、女性は先程より顔を青くし歯を震わせた。目を大きく開き、声にならない悲鳴が口から零れる。

 よく見ると、女性の左胸あたりに鋭く尖っている物で何度も刺されたような傷跡が、白い服から覗かれていた。今も血がにじみでている。


「選んでください。無理やり抜き取られるか、自ら差し出すか」


 彼は女性を見下ろし笑みを浮かべ脅しをかけるように問いかける。今まで見えなかった瞳が少しだけ覗かれ、楽し気に歪んでいた。

 その目は碧輝と同じく黄色く光り、言い訳など許さないというように冷たく、ないも言えない。返答を間違えると、どうなるか予想ができない。


 彼に対して女性はガタガタと、体を震わせるだけでなにも口に出来ず見つめるのみ。鎖で体が吊られていなければ、今頃地面に倒れ込んでいた手あろうと思う程体から力が抜けていた。


 何も言わない彼女に、彼は我慢の限界というように眉を下げる。


「無言ということは、差し出したくないということですね。分かりました」


 肩をすくめ、釘を左手で弄びながら右手を女性の左胸あたりに移動させる。傷口の周りを指でなぞり、口の端を横へと引き延ばす。


「では、無理やり頂きましょうか」


 黄色い瞳が左胸あたりに狙いを定めた時、女性は恐怖と共に慌てて口を開いた。


「ま、待ってください! 差し出します!! 差し出しますから、お願いだからやめっ──」

「もう、遅いですよ」


 彼が言うと、釘を無理やり女性の左胸あたりに深々と突き刺す。肉が切れ、血が刺さっている隙間から滲め出た。


 地下室には、女性の悲痛に泣き叫ぶ声が鳴り響いた──………


 ☆


 紅城神社、弥幸が寺社に入り荷物を女性に渡していると、逢花から一通の手紙を渡されていた。

 見た目は普通の便せん、差出人の欄には一人分の名前が書かれている。


 名前を見た瞬間眉を顰め、便せんを丁寧に開いた。


「……………………なるほどね」


 中身を読み、すぐに手紙を便せんに戻す。逢花に散るもんされても何も答えず、そのまま自身の部屋へと姿を消した。

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