「残念だったね」

「そういえば、妖傀を出している本人には自覚ないの?」

「寝てるんだから当然だよ。オート操作で人を襲ってるの。妖傀は簡単に言えば自動で動く人形だからね」


 星桜は「そっか」と話を終らせる。改めて前を向くと、見覚えのある家が視界に入り足を止めた。


「ここって……?」

「着いたよ、目的の家だ」


 弥幸は二階建ての一軒家の前に立ち止まる。その一軒家の表札には【月宮】と書かれていた。


 月宮は、星桜の幼馴染である翔月の苗字。信じたくないというように、星桜は何度も表札を確認するが、何度見ても月宮と書かれている。


「やっぱりそうなの? 勘違いじゃなくて?」

「勘違いじゃないよ。考えないようにしていたみたいだけど、現実は変わらない。受け止めなよ」

「そんなことを言われても……」


 以前、屋上で詳細を話していた時、名前だけは聞いていた。その時はまだ信じる事が出来ず、星桜は目を逸らし続けていた。だが、解決に近付くと、現実を突きつけられ。解決したいが、真実を見たくない。そのような感情が胸の奥から湧き上がり、憎しみなのか悲しみなのか。よくわからない強い感情で思わず顔を俯かせた。

 息が徐々に荒くなり、胸に痛みが走る。どんどん呼吸の方法も忘れ、息苦しく胸を抑え始める。


 何故、大事な幼馴染と思っていた翔月が自身を恨み、殺そうとして来た。妖傀を作り出してしまう程の恨みを持たれてしまった。


 どこで、何が原因で。いつからなのか。わからない、わからない。苦しい、胸が痛い、耳鳴りまで星桜を襲い、眩暈で立っていることが出来ずその場に体が前方に傾き倒れそうになった。



 ――――ガシッ



 倒れ込みそうになった星桜の腕を、弥幸が倒れる直前で掴み止めた。


「っ!」

「落ち着きなよ。君がどれだけ幼馴染を大事にしてきていたかは今のでわかった。でもね、人は人を恨むものなんだよ。妬みや嫉妬心と言った、無自覚な感情が膨れ上がり恨みに変化するものなんだ。そんな、人間の負の感情は、必ずしも”恨まれた奴が悪い”って事ではない。理不尽に感情をぶつけられることだってある。今回のは、優しさから恨みに変わり、理不尽に君は襲われている状態。運が悪かったんだよ、残念だったね」


 弥幸の言葉は励ますものでも、慰めるものでもない。優しくもない言葉なのに、星桜の心にすぅっと浸透していった。


 徐々に荒れた息は落ち着き、体を超す。流れていた汗を拭きとり、眉を吊り上げ弥幸を見返した。


「ありがとう、赤鬼君」

「礼を言われるようなことは言ってはいない。僕の考えを君に伝えただけ、勘違いしないで」

「…………本当、もったいないよね。赤鬼君って」

「何を言いたいのわからないけど、こんな所にいても意味はないから、早く用事を済ませるよ」

「え?」


 返答を待たずに、弥幸はなんの躊躇となくチャイムを鳴らそう手を伸ばす。


「マジで待ってってば!!!」

「離せ」

「さすがに少し待って、気持ちを落ち着かせてよ」

「落ち着いているように見えるけど」

「駄目」


 弥幸の腕にしがみつき全力で止める彼女の様子に、弥幸は苦虫を潰したような顔を浮かべ、無理やり腕を振り解きチャイムを鳴らした。


「あぁ!!」

「時間の無駄、早く話をするよ」

「急ぐ意味と話す意味は!?」

「見ていれば分かる」


 弥幸が簡潔に答えていると、インターホンから翔月の声が聞こえた。星桜は顔を青くし弥幸見るが、声を出すように顎で指示を出している。


『私が?!』

『当たり前。早く、怪しまれる』


 インターホンに声が入らないように、小声で文句をぶつけ合う。

 弥幸はそっぽを向き、絶対に答えないという意思を見せ、星桜はインターホンに顔を向ける。


 翔月は返答がなく怪しみ、もう切ろうとしている。慌てて星桜は、弥幸をキッと睨みながら名前を名乗った。


「あ、えっと……星桜だよ。翔月、今時間あるかな」

『星桜? 暇してたからいいけど、いきなりどうしたんだ?』

「い、色々あって」

『よくわかんないけど。とりあえず玄関行くわ。待ってて』

「いきなりごめんね、ありがとう」

『あいよ』


 翔月が返事してから数秒後、中からはトタトタと人が歩く音が聞こえ、それから直ぐに扉は開かれた。


「いきなりどうしたんだっ────誰?」


 翔月は弥幸を見ると、眉間に皺を寄せ怪訝そうな顔を向ける。彼の様子に、星桜は一瞬きょとんとするが、すぐに教えてあげようとした。


「え、翔月。この人、同じクラスのあかっ──」

「初めまして、私はナナシ。貴方の悩みの種を取り除きに来ました」


 弥幸は今まで見た事がない、紳士的な笑顔を浮かべながら星桜を押しのけ、敬語で翔月に自己紹介をした。

 いきなりの豹変に、星桜は口をぽかんと開け絶句。


「はっ? ナナシ? 何をふざけて──」

「名前も説明も、一切ふざけていませんよ。今の貴方は自身の想いを閉じ込め、そのせいで大事な人を傷つけています。貴方は自身のせいで人を傷つけていると知りながら、このまま放置しますか?」


 弥幸は少し早口で翔月に訴える。まるでどこかの執事のような言い回しと雰囲気に、翔月は一瞬たじろぐ。圧に負けるように翔月は、「お、おう……」と顔を引きつらせ、曖昧に返事をする。


「詳しい話をしたいので場所を変えましょう。付いてきて頂けますか?」


 胸元に右手を添え、腰を浅く折りお願いをする。隣に立つ星桜は口をパクパクとさせ、指をさし「誰なのこの人」と言うような目を向けていた。


 怪しい勧誘のような言い回しに、翔月は頷くことが出来ず眉を吊り上げる。


「……………怪しい所に連れていく訳では無いだろうな。勧誘とかならお断りだ」

『あんたを勧誘するわけねぇだろ』


 指を差し、苛立ちを隠すことなく翔月は言い放つ。弥幸は彼の言葉で顔を逸らし、聞こえないよう笑みを消し呟いた。星桜はそんな弥幸を見て「あ、やっぱり赤鬼君だ」と、安心したように手を打ち小さく呟く。


「何か言ったか?」

「いえ、何も。勧誘とかでは無いので安心してください。では、準備が出来次第来ていただけると嬉しいです。ここでお待ちしておりますね」


 再度笑みを浮かべ、半強制的に告げる。翔月も怪しむような表情を浮かべながらも、星桜を一目見て「わかった」と口にし、中へと戻って行った。

 ドアがパタンと閉じ、翔月の姿が見えなくなると弥幸は浮かべていた笑みを消しいつもの無表情になる。隣から乗り出すように星桜は彼の顔を覗き込み、じぃっと見つめながら問いかけた。


「…………貴方は赤鬼君ですか?」

「それ以外に誰がいる」

「得体の知れない誰かが一瞬居た気がして……」

「君は霊感少女なの? 今はそんなの流行らないと思うよ」

「違いますがね!!!」


 そんな会話をしながら、中に入っていった翔月を、二人は今か今かと待っていた。

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