第20話 結界

 2人は無意識に身をかがめ、川縁から速やかに藪側に走り寄る。目立たないように木や灌木に身を寄せ、を伺った。


 「小屋のようだが……奇妙な小屋だ」マルブランクは少し小声になる。


 「ええ。凄く変よ」コンスタンも目を細めながら言った。


 「川のそばに建っているのかと思ったら、あの小屋、川の真ん中に建っているじゃないか」


その木の古びた小屋は河原に接することなく川のど真ん中に建てられている。緩やかな川の水がその小屋を避けるように左右に分かれて流れていて、何か自然の中にあって不可解さを際立たせた。


 「どう見ても怪しいというか、あれが汚染の原因でなかったら何なのかという感じだがな」マルブランクはのそりと歩を進めた。


 辺りは果てしなく静かで、野鳥の微かな鳴き声以外は川のせせらぎしかなかった。


 コンスタンは細剣を抜いた。マルブランクも酒をバックパックに入れる。ゆっくり近づいた。


 「辺りに何かいる気配はするか?」マルブランクが訊いた。


 「いえ、何も感じないわ」


「あの小屋の中も無人だと思うんだが」


「ええ。温度や呼吸は感じない。でも妙よ。何かあの小屋変」


「何かあるな。毒物だろうか」


「このまま扉を開けるのは気が進まないわ」


 「俺が開けて見てみるよ」マルブランクはそう言うと少し歩くペースを早めて小屋に近づいて行った。


 「マル……!」コンスタンも後を追う。


 

 マルブランクは脛まで濡らしながら川に入って行き、小屋にひとつだけある扉を開けた。


 「む」マルブランクは中を見た。そこには床の代わりに水があり、それ以外は外から見た目の小屋の内部がある。狭い一間の小屋。その中の水面には一面に植物が生えていた。水に浮かぶ丸い葉、それらが綺麗な紫の花を自慢げに咲かせていた。


 「……しまった」マルブランクは小屋の壁を見て言った。「コンスタン、聞こえるか?」


「何?何があったの」後ろから声がした。


 「どこにいる?来るな」


「まだ川に入ってない」


「結界だ」マルブランクは小屋の壁の魔導文字クーンを見ながら言った。「どうやら俺が動いたらやばそうだ」


 「結界?罠魔導トラップマジックって事?」


 「うーむ。この手の魔導文字クーンは見たことがある。動いたら作動したような気がするんだが」


 「爆発とか?」


「毒ガスプシューとか、竜巻ぐるぐるとかかな。術師の魔力によるが」マルブランクは小屋の戸口で途方に暮れてしまった。かと言ってここに長くいるのもヤバそうだ。


「それで中には何があるの?」


はすだ。紫の蓮。見たことないが何か危険な感じがするよ。自然には生えないだろうよ」


「毒物はそれから出ていたみたい?」


「なんだろうな。小屋の水も心なしか紫みたいだ。暗いからよく分からないが」


 「てかどうすんのよ。一か八かこっちに走って来る?」


「いや、なんか気が進まないよ。察知した術師本人がここに来てくれないかなあ」マルブランクのズボンが上まで濡れてきた。


 「来たわ。こちらに歩いてきた。話を聞いてみるわ」コンスタンは少し険しい声で言った。


 「な、何?コンスタン、1人で大丈夫か」マルブランクは肩越しに後ろを見てみたが、コンスタンは見えないし返答もない。こういう結界は足に反応する。罠が発動するのは歩を進めるか、退避した時なのだ。



 遠目に見えたのは、こちらにゆっくり歩いて来る、マントを着た人影だった。山の奥側から川原を、徐々に近づいて来る。コンスタンはそちらに向かって立った。


 「止まりなさい」コンスタンは少し声を張り上げた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョンバイザー 〜マルブランク・レッドハートの仕事の流儀〜 山野陽平 @youhei5962

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ