第七日 創造の日

 新たな世界が始まる前の黎明。

 妖精アルマは呆然としている。プレイヤーを喜ばせるために存在しているつもりだったのに憎悪をぶつけられたから。

 エイジは怒りに猛っている。創作者だったはずの先輩に妨害されたから。


 今回創らねばならないものは決まっていた。

 作業の残りはアイテムやステージといったボリュームの要素、そしてそれに見合ったマネタイズだ。


 だがその前に先輩対策を考えねばならなくなって、エイジは歯ぎしりする。少しでもゲームを面白くするための手間暇をかけたいのに。


 ヒバナを優遇したのは原因というよりもただの隙だ。そこに対策したとしてもなにかしら別の角度から攻撃されるだろう。


 チートの類はどんなオンラインゲームでも発生して当たり前ではある。チート対策ツールを使ったとしても万全な防御は難しく、いたちごっこだ。覚悟して対策し続けるしかない。

 しかしゲームのネガティブキャンペーンを狙ってやられるのは厄介だ。プレイヤーの多くがゲームの敵に変わってしまう。


 アルマはうなだれている。

「あたし、プレイヤーのみんなに嫌われてるのかな。あたしはみんなが大好きなのに」

「ゲームはストレスを与えるものだからな…… 叩きのめしてすっきりしたくなる壊し屋もいるんだろう」


「やっつける相手はゲームの中に用意してるんだよ。どうしてあたしをやっつけるの? そんなことしてゲームが全部なくなっちゃたらもう遊べなくなるよ」

「その時はまた別のものを壊しに行くんだろう。壊して終わらせるのが彼らの遊びだからな」


「怖いよ、面白くなくて怒るのは分かるけど、そんな遊びなんてわけ分からないよ」

 アルマは力を失って消えそうになっている。


「アルマ、あんな壊し屋はプレイヤーじゃないんだ! 俺がやっつけてやるよ」

「守ってくれる……?」

「ああ、そして本物のプレイヤーたちは楽しいゲームを待ってくれている。負けずに凄いゲームを届けよう!」

「うん……」


 エイジは怒りをやる気に変える。

 まだアルマの元気は戻らないようだ。プレイヤーの楽しい気持ちが彼女の力になるのだ。前回のような目にあっては仕方ない。

 ゲームのサービス開始までは遠いが、今回は考えもある。



 エイジはβ版を創り始めた。

 システム空間を数多くの妖精たちが飛び交い、様々にシステムが構築され、連結されていく。

 エイジの設計でアイテムやステージが増産される。


 今回の大仕事はローカライズだった。

 世界各国の言語に対応するのだ。

 アクションゲームだからメッセージ類が比較的少ないとはいえ、あらゆる言語表示を置き換えていくのは面倒な作業だ。

 だがエイジのやりたいマネタイズを実現するためには必須だった。


 エイジはマネタイズにバトルパス型を選んだ。

 定額月額課金でバトルパスの権利を売る。バトルパスを所有するプレイヤーはゲーム内で一定条件をクリアするたびにスキンを得る。

 スキンはプレイヤーキャラの服装やエフェクトといった見た目を変更するアイテムだ。性能は変わらない。


 このバトルパスでスキンを与える方式ならばプレイヤーキャラの能力が課金とは関係しないので対戦バランスを調整しやすい。

 またガチャ型課金だと国によってはギャンブル扱いで規制されてしまう。バトルパス型であれば全世界的に安全だ。


 これらのメリットの代わりにバトルパスは値段が安い。見た目のために大金を支払うプレイヤーは少ないのだ。ガチャほどの売上は得られない。埋め合わせるためには大量のプレイヤーが必要で、そのためには全世界でサービスせねばならなくて、だからローカライズは必須だ。


「にしてもローカライズってめちゃくちゃ大変だ」

 言葉を置き換えるだけではなくて、文化のことも考えなきゃいけない。

 日本では通用しても世界では許されないことがたくさんある。キャラクターのスキンに宗教がらみのデザインを使うのはタブーだが、宗教だと意識していないようなことが実はそうだったということも多い。キャラクターのデフォルメ描写が人種差別と取られてしまうこともある。


 性差別問題にもしっかり対応せねばならない。

 昔のゲームによくあったような「キャラクターの性別を決めてください。 男? 女?」みたいな質問はだめだ。

 エイジはこの手の質問を一切止めて、ただ好きな見た目や声を選べるようにした。


 こつこつ作業を続けていくエイジはすっかり集中していて、アルマが大声で叫んでいるのになかなか気が付かなかった。


「火の玉! 空から火の玉が降ってくるよ!」

 アルマが絶叫して天を指さす。


 巨大な火の玉がシステム空間へと降ってくる。いずれ落着すればシステム空間に設置された数々のシステムを粉砕するだろう。


「火の玉! 隕石なのか!?」

 エイジは未曽有の事態に驚愕する。


 隕石からは高らかなラッパと共に天の声が響いてくる。

<SFは売れない>

<最近売れたのはファンタジー>

<世界観をファンタジーにせよ>


 エイジは愕然とする。

「天の声……!? 何言ってるんだよ! ファンタジーが売れたからって同じものを出しても仕方ないだろ!」


 だが天の声は変わらない。

<ファンタジーが売れる>


「シューターでファンタジーはむしろマイナーじゃないか!」


 天の声はより大きくなる。唱和が重なる。

<<ファンタジーが人気>>


 システム妖精たちは恐怖のあまりに動きを止めてうずくまっている。


「エイジ様、開発費が!」

 アルマが叫び、エイジは自分の頭上にある開発費バーグラフに目をやる。

 バーグラフは激しく明滅していた。


 天の声に従わなければ隕石にシステム空間を破壊されるだけでなく、開発費も奪われてしまうのだとエイジは直感する。

 だが言うとおりに今からファンタジーに創り直そうにも変更範囲が大きすぎて開発費が持たない。手詰まりだ。


「どうして今さらそんなことを言うんだ! 愚かすぎる!」

 エイジは天に向かって悪態をつく。だが理由の見当はついていた。

 天は完成寸前になってようやく判断するものなのだ。それまではろくに見もせず、完成してからも数字しか気にしない。


「そうか、ろくに見もしないんだ。だったら!」

 エイジは「機械系」の能力を「錬金系」、兵器の説明を「兵器」から「魔導器」に全置換した。

 ステージ名も「大陸」とあったところを「魔界」に変更した。

 最後にタイトルを「ファンタジー戦記アルティマウォーズ」にする。


「どうだ、ファンタジーに変えたぞ!」

 エイジは天に向かって叫ぶ。


<ファンタジーは正しい>

 天の声が響き渡る。


 巨大な隕石は揺らぎ始め、やがて爆発した。

 無数の赤い火に散らばって白い煙を引きながら落ちていく。

 落ちながらさらに砕けていって、とうとう全てがただの煙になった。


 天の声は鎮まり、天のラッパも聞こえなくなる。


「エイジ様、あたし変わっちゃったの?」

 アルマが心配そうに言ってくる。度重なる重圧でアルマはすっかり力を失っている。


「いや、単語を少しいじっただけだよ。ゲームは全然変わっちゃいない」

 そう言われてアルマはきょとんとする。

「そんなことで天は納得したの?」

「いいんだよ、ファンタジーということになりさえすれば。さあ作業再開だ!」

 エイジの掛け声で妖精たちは一斉に作業を再開する。



 時が流れ、ゲームは八部がた完成した。ボリュームは不完全だがシステムは一通りできている。

「βテストをやるぞ!」

 エイジは宣言する。


「βテスト……?」

 力が消えかけているアルマの声は弱々しい。


「本番前に、一般プレイヤーに参加してもらってβ版を広くテストするんだ」

「そんなことしたら、また先行プレイでずるいとか言われない……?」

「大丈夫、β版は誰でも参加できるようにするからな」


 そしてβテストが開始された。

 ログオンの一番乗りはいつものようにヒバナだった。今回は開発に参加してもらっていないので他のプレイヤーと対等な条件だが、もともとの力量ゆえかすぐに操作を極めて大活躍し始める。


 まだバグを取りきれていないのでところどころ動作がおかしく、プレイヤーから不満の声が上がる。アルマが恐怖に慄く中、エイジは全力で不具合を修正した。

 

 プレイヤーたちの評価は上昇していき、βテストの参加人数も増えていった。


 先輩も参加してきたのを見つけたが動きは無かった。炎上させるきっかけを見つけられなかったのだろう。


 βテストは好評のうちに終わり、アルマはすっかり元気になった。

「みんな喜んで遊んでくれたよ! あたし生きてて良かった!」

「後は最後のひと踏ん張りだな!」


 βテストでプレイヤーからもらった感想をフィードバックしていって、ぎりぎりまでエイジは調整を追い込み続けた。

 そして時は尽きた。


 アルティマサービスはサービスを開始する。

 βテストを楽しんでいたプレイヤーたちが続々とログオンしてきて再会を喜び合う。ヒバナもいる。彼らは待望のゲームを始める。


 その時だった。

 開発者用の裏コマンドを使ってデバッグモードを起動するプレイヤーが出現した。卑怯なプレイを行うチーターだ。

 どこかで裏コマンドをばらまいたのか、その数は急速に増えていく。

「こんなクソゲー、ぶっ壊しちまえ!」

 叫んでいるのは先輩のプレイヤーキャラだ。


 彼らチーターは無敵モードや無限弾数モード、自由飛行モードなどのチートモードをONにしてでたらめなプレイを始める。

 だがしばらくして彼らは気付いた。対戦相手にチーターしかいない。誰も彼も無敵で弾を無限にばらまいて飛行している。

「やっぱりクソゲーだな! くそしかいねえ!」

 彼らは自分自身を嘲っていることにも気付かず、悪口雑言を垂れ流す。


 彼らはチーター専用のルームにマッチングされていた。そこにはチーターしかおらず、いくら暴れても一般プレイヤーの迷惑にはならない。

 そして彼らの暴れる様は動画配信サイトに中継されていた。チーターとの説明付きで。

 武士の情けでプレイヤーネームは消されていたが、チーターたちはSNSに「このゲームはバグってる」などと自ら投稿したことで正体をさらしていった。


 チーターたちは何度ログオンし直してもチーター専用ルームにしか入れなくなっていることを思い知らされて、一人また一人と消えていく。

 最後にただ一人残った先輩は誰も聞いていない中でひたすらゲームを罵倒し続けていた。



 アルティマウォーズの運営は好調に進んだ。

 大きなバグが見つかって慌てて修正したり、チートプログラムが開発されて対策に追われたりするのはきつかったが、プレイヤーたちがゲームに熱中している様子にエイジとアルマは励まされてきた。KPIも問題なく伸びていった。

 

 もう大丈夫だな。そう思ったときエイジの姿は薄れ始めた。

「そうか、俺のここでの役割は終わったんだな。この楽しかった夢ともお別れか」

「エイジ様! 行っちゃうの! アルマを置いていくの!?」

 アルマがすがりついてくる。


 エイジは優しくアルマの髪を撫でた。

「夢は終わる。だけどゲームは終わらない。アルマとはこれからも一緒だ」

「でも…… 寂しい……」

「アルティマウォーズのシステムは完成した。でもゲームはこれからプレイヤーたちの手で創られていくんだ。プレイヤーたちと共にあれ、アルマ」


 アルマはゆっくりとエイジから離れた。

「うん、あたしのプレイヤーたちだよ。任せてよ」


「また遊ぼう」

 エイジはゲームの世界から消失した。



 PCが並ぶ開発室。

 冷房は全開で回っているが、機械の発する熱がこもっている。


 詠司は開発室の机に座っていた。

 PCのディスプレイにはアルティマウォーズの運営管理画面が映っている。

 今日も多くのプレイヤーが参加していてサーバーはパンクしそうなくらいだ。

 そろそろ予算申請をしてサーバーを強化しなければと詠司は思う。


 開発室の壁には大会のポスターが貼られている。

 今度の大会ではヒバナ率いるチームが優勝候補と噂されている。


 開発室の外で騒がしい声がする。

 自分がアルティマウォーズのディレクターなんだと怒鳴る声、そしてお前は機密漏洩で解雇済みだと怒鳴り返す声。

 やがてパトカーのサイレンが鳴り響いて騒ぎも静まった。


 エイジにとっては取るに足らないことだった。

 それよりもずっと大事なことがある。


 エイジはスマートフォンを手に取って、アルティマウォーズを起動する。自らとことんテストプレイしてみるのが詠司の主義だ。


「アルマ、もっともっと面白くしていくぞ」

「うん、エイジ様!」

 運営管理画面の片隅に表示されている妖精アルマが笑って返事したような気がした。


 神は天地の創造を終え、プレイヤーを迎え入れてその主人とした。

 そして遊びの日と定められた。 

 第七日である。


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クソゲー創造 モト @motoshimoda

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