今日の未来ハイライトをお送りします

ちびまるフォイ

未来の顔色をうかがう

『ピンポンパンポン。それでは今日のハイライトをお伝えします』


頭に響く人工音声とともに、今日一日起きるであろう未来が頭に送られた。

今日も代わり映えしない日だった。


恐ろしい自然災害や、壊滅的な人災を予想するために

全知全能コンピューターを作って未来を予報しはじめてから数年。


最初は未来を予想するなんて誰にもできないと思っていたが、

未来はしょせん現実の延長線でしかないので予測はかんたんだった。


未来を予測するようになってからというもの、

犯罪は減り、事件や事故は未然に防がれていた。


「今日も未来の教え通りに従おう」


あくまで予測であるために、あえて従わない事もできる。

でもそんなのはなんのメリットもない。

わざわざギャンブルをするようなものだ。


「おはよーー」

「おはよう」


クラスメートと未来ハイライト通りの会話をし、

未来の通りの授業をし、家に帰って一日を終える。


先に未来を教えてもらえることでこんなにも安心して毎日過ごせる。

翌日になると、また聞き慣れた人工音声が聞こえた。



『ピンポンパンポン。それでは今日のハイライトをお伝えします』



ハイライトが終わると体からは冷や汗が止まらなかった。


「うそだろ……じ、事故るのか……?」


ハイライトで届けられた未来には自分が車に跳ね飛ばされる未来だった。

こんなことははじめてでどうしていいかわからない。


「あら、ごはんそれだけしか食べてないの?」


「なんか……食欲なくって……」


未来どおりいけば自分は車にはねられる。

まるで死刑執行をまつ囚人のような状態で食欲などなかった。


未来通り家を出て、曲がり角にさしかかる。


「大丈夫……。運転手だって同じ未来を見ているはずだ。

 わざわざ人をはねる未来を見て、そのとおり行動するわけ……」


曲がり角を曲がったときだった。

すでに見覚えのある車が目前まで迫ってきていた。


「未来どおり従うのかよ!?」


とっさに避けると車は壁にぶつかって止まった。


「危なかった……未来を知ってて本当によかった……」


その足で学校につくと、みんな何食わぬ顔で過ごしていた。

教室に入ると自分を見てぎょっとしていた。

なにやらヒソヒソと話す声が聞こえる。


(どうして来てるんだろ……)

(未来とちがくない?)

(どういうつもりなの……?)


友達すら声をかけてくれなかった。

昼休みになると職員室へと呼ばれた。


「お前……どういうつもりだ。未来どおりならお前は休みだろう。

 先生もお前が休みである前提で授業準備していたんだぞ」


「聞いてくださいよ。今朝、事故に巻き込まれる未来を回避したんです。

 だから多少未来は変わったとしてもいいじゃないですか」


「なに言ってるんだ。悪いに決まってるだろ」


「えっ」


「お前ひとりのせいで、この学校みんなの未来が変わってしまったんだぞ。

 未来ハイライトをみてみんな準備してきたのに、お前のせいでパアだ」


「それじゃ僕が車にひかれたほうがいいって言ってるんですか!?」


「少なくとも、重症にならないひかれかたはあっただろう。

 ここまで大きくみんなの未来を変えることはなかったはずだ。まったく……」


先生はあきれていたが、その態度すら信じられなかった。


人身事故で遅れた電車にキレるサラリーマンのような口調で、

電車にひかれて死んだ人のことなんか考えもしない冷たさがあった。


従わないと他の人の未来に差分が出て迷惑がかかるからと、

誰もが未来のハイライトに対して従うようになっている。


それを意図的に変えるやつは、周りの迷惑も考えないやつだと煙たがれた。


学校でも友達は距離を置くようになり、

明確ないじめこそないものの誰も触れたがらないようになった。


僕に関われば未来のハイライトが崩されてしまうから。



『ピンポンパンポン。それでは今日のハイライトをお伝えします』


『ピンポンパンポン。それでは今日のハイライトをお伝えします』


『ピンポンパンポン。それでは今日のハイライトをお伝えします』



それから数日。

送られてくる未来ハイライトはどれも地獄のような日々だった。


空気のように扱われ、毎日クラスメートに後ろ指さされながら過ごす。

どれだけ未来ハイライトにしたがって行動しても、未来を変えた前科は消えない。


「未来を変えるのがそんなに悪いことなのかよ……」


みんな今日と変わらない明日を求めている。

そこにイレギュラーな未来は不要なんだ。


「もういやだ……こんな毎日……」


自分のために未来を変えることは他の人への迷惑になってしまう。

毎日望まぬ未来を見せられて、その通り行動するしかない。


「もう未来なんて知るか! どうにでもなれってんだ!!」


心も体も限界を迎えたとき、何もかもどうでもよくなった。


他の人の迷惑なんて知ったこっちゃない。

そう思ったら未来ハイライトの電源を切ることにためらいはなかった。


今までは未来が見えないなんて怖すぎてたまらなかったが、

毎日いやな今日のハイライトを見せられるくらいなら

いっそ何も知らずに毎日過ごしたほうがいい。



その翌日、ひさしぶりにぐっすり眠って目覚めた。


「ふぁぁ、よく寝た……」


いつもは未来ハイライトのとおり従うが、

今日はハイライトを見ていないので自分の思うままに行動する。


その結果、他の人の未来予測がどう変わろうと関係ない。


相手の顔色ばかりうかがって自分の幸せがなくなったら意味がない。


学校につくと、昨日とうってかわってみんな自分に親切だった。


「おはよう、昨日は無視してごめんね」

「今まで距離置いていたけど、また仲良くしよう」

「今日の放課後、一緒に近くのゲーセンいこうぜ」


「ああ、ああ! もちろん!」


今までよそよそしかったクラスメートが優しくなっていた。

こんな幸せな未来ならハイライトで知っておけばよかった。


先に知っていれば、朝起きた時点で幸せな気持ちになれたのに。


その日の昼休み、また職員室に呼び出された。

また怒られるのかと未来がわからないぶんビクついていた。


職員室に入るなり先生はまっさきに頭をさげた。


「この間はすまなかった。未来を変えたことを怒ってしまって」


「え? ええ?」


「自分が事故る未来が見えていたら変えるのは普通だよな。

 先生、自分の未来が守られることばかり考えていた。悪かった」


「は、はぁ……」


「未来を変えることは悪いことじゃない。

 むしろ、未来に従ううちに何も考えなくなることのほうが悪い」


「先生、なんか変ですよ……?

 前といっていることも違いますし。

 前は未来を変えるなとあんなに言っていたじゃないですか」


先生は熱く語っているが言葉とは裏腹に顔は青ざめていた。


「だ、だから……」






「だから、今日のハイライトであったみたいに……。

 クラスメートみんなを手にかけるようなこと、お前はしないよな……?」


その日、誰ひとりとして未来に従わずに過ごした。

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