家と男

前を走るロバートの様子は分からないが僕は酷い気分だった。理由は簡単でこのエル・パソを目指して歩いているこの数日間、とにかく日が照り続けているからだ。

「ロバート、町か何か見えたりしないかい?」

先頭を行くロバートに声を掛けた。できることならここで町が見えただの村が見えただのの声を期待したが返ってきたのは非情な答えで「いや、何も見えないな。どこまで行っても荒地しか見えない」

思っていた通りの、しかしながら期待外れの返事が返ってきた。

ふと水筒の残りを見ると残りはほんのわずかだ。本当に町か、それかせめて川でも見つけないと僕は限界だろう。それに馬も疲れている。馬が先につぶれてしまってもこの荒地に残されでもしたら途端に干からびてしまうだろう。

それからしばらく馬の上で揺られ歩いたがやはり何か光明が見える様子はない。

「おい、大丈夫か?さっきから何も声が聞こえてこないぞ」

そう言うとロバートは振り返った。その顔色はいつものように白いままだが、その実どうも隠し切れない疲労があるようにも見えたのは事実だ。

僕は力なく大丈夫だと答えたが今僕にできる精一杯の強がりがこれだった。

地の果てまで続いているように感じる荒地に無限に広がる蜃気楼。僕たちはまさにこの西部未開の地の厳しい自然の猛威に晒されていた。

ふと空を見上げればずっと太陽しか見えなかったはずなのに気が付けば何かの猛禽がこちらを見下ろしながら空の飛んでいる。僕らがこのまま体力の限界を迎え馬からずり落ちた後にその屍をつつくためなのだろうか。

このままじゃ不味いな、そう感じ出した時ロバートが馬の歩を止めた。

彼の横に立つと僕たちが歩んでいた道の先は崖になっていてこの道を迂回しなければ先に行けそうもなかった。だがそれ以上に目を引く発見がある。

この崖の先、そこに大きな川とその近くに畑と一件の家が見える。とりあえずは川に行き少しそこで休んで、あわよくばその後あの家の住人の元で少し休ませてもらおう、ロバートにそう提案をしようとしたが彼も同じ考えだったようで既にこの崖の回り道を探し馬の歩を進めだしたので僕も遅れずその後に続いた。

しばらく歩き崖を降りたらすぐに川にたどり着き、すぐさま僕は水筒に川の水を口に含んだ。幸いなことに水はきれいなようでそのまま喉を潤し、満足したところで水筒いっぱいに水を入れた。ロバートも同様でしばらく味わった灼熱の地獄をこの川の涼で癒しているようだ。

しばらく川で休んだのち、早速この話になった。

「ロバート、この先にある家だけど休ませてくれるかな?」

彼からの答えは何となく予想はついていたものの一応聞いてみることにした。

「さあな、だがとりあえずは向かってみよう。ダメならそれまでだ」

彼も一応は涼しい顔をしてはいるものの疲労はたまっているのだろう。僕の予想通り一応は同意の意見が返ってきた

そうと決まればこの川に長居する理由は無い。水を飲んで休んでいる馬には申し訳ないが早速僕たちはこの川下に見えた家を目指して歩き始めた。

少し歩いた後、崖の上から見えた畑がはっきりと見え始めた育てているのは見たところ麦か何かのようで、遠くからは見えなかったがどうやら動物も飼育しているようで畑の近くにある囲いでは鶏が飼われている。

そうこうしているうちに家の目の前までたどり着いたが、遠巻きに見るより大きく見えた。早速ではあったもののロバートと僕は馬から降りドアを数回ノックした、だがなかから返事は無い。

「留守かな?」僕はそうつぶやくとロバートはどうかなと言い再度ドアをさっきよりも強めにノックした。すると家の中から足音が聞こえてきて、直後にドアが開かれた。出てきたのは少し年老いた細身の男性で、こう言っては失礼かもしれないがこんなところに住んでいる人物だからあまり文明的な生活はしていないのじゃないかと思ったがこれが意外にも見るからに上質であろう服、それ以外にも貴重そうな石がはめ込まれている指輪を身に着けていた。

「はいはい、いったいどちら様で?」男性は僕たちに問いかけてきた。その態度は見ず知らずの人間を目の前にしているにも関わらず余裕を持っているようでかなり落ち着いている。

「実は旅をしてるんですが、ここ数日荒地をずっと歩いて来て疲れているんです。もしよければ少し休ませてはもらえませんか?」

僕は男性に丁寧に頼み込んだ。すると男性はほほえみと共に答えた。

「そうでしたか、この辺はどこにも休む場所がなく疲れたでしょう。どうぞおあがりください」

この西部という荒くれ物の多い世界に存在しているとは思えないほど紳士的な男性だ。ここ数日は疲労困憊でどうも運が悪いなと感じていたがここに来てようやく運が向いてきたようだ。

男性に案内され家の中に招いてもらいここでお待ちくださいとおそらくは客間であろう部屋に案内された。部屋を見渡すとなかなか効果そうな家具やオブジェのようなものが多く見受けられた。彼が身に着けていた貴金属もそうだがなかなかの金持ちのようだ。一体どうやって稼いでいるのだろう。おそらく彼のであろう畑でとれる収穫物でこれほどまで稼げるのだろうか。それともかこの辺りに彼にしか知られていない金脈があってそれで稼いでいるのか、答えは見えてこないがこの荒地に似つかわしくない富豪がどのようにしてここまでの金額を稼げるのかとても気になった。

「しばしお待ちを、食べ物と飲み物を持ってきましょう。椅子にでも掛けてゆっくりとしてください」

そう言うと彼はどこかへ歩いて行ってしまった。会話の流れからおそらく台所にでも向かったのだろう。僕とロバートは彼に言われた通り部屋にある椅子に腰かけて少し休むこととした。

「なかなかの金持ちなようだな、それにかなり落ち着いている。こんなところになぜいるのか分からない紳士だな」

ロバートがそう言った。彼も僕と同じ考えをしているようだ。

「まぁ、とりあえずは何でもいいじゃないか。どうやら彼は様子を見る限り僕たち地を歓迎してくれているようだし彼の厚意に少し甘えていこうよ」

僕は本心からそう言った。とにかく休みたい、その純粋な思いから出た言葉だ。

しばらくすると男性が食べ物と飲み物を持って帰ってきた。彼はテーブルにそれらを並べると「どうぞ召し上がってください、お代わりでしたらいくらでもありますよ」と料理をふるまってくれた。

食べ物はパンといくつかのトウモロコシ、そして魚料理が並べられていてどれもとてもおいしそうだ。飲み物の方は水とそして酒がテーブルに置かれている。

「こんなに良くしてもらって、ありがとうございます。本当にここ数日間とてもつらかったので助かります」男性に感謝を示すと彼は満足そうに笑っている。

「いえいえ、ご覧になられたでしょうがこの辺りは荒地ばかりで人通りも少ないので私自身少し人恋しいと言いますか、どんな方であれこのように立ち寄ってくれることがうれしいのです」

彼には彼なりに僕たちを出迎えてくれた理由があるようだ。確かにこの辺におそらくは人が来ることなんて滅多にないだろうという事は簡単に想像できる。

「ご家族の方は?この家にはほかに誰もいないんですか?」

この家はなかなかに広くこの男性一人で住んでいるとは少し考えにくい。

「昔は家族も住んでいたのですがね、息子はちょうどあなたくらいの歳に家を出てほかの町に行ってしまいましてね。年に数度返ってくる程度です。家内は・・・いえすいませんこの話はあまりしたくないのでこれまでとさせてください」

不味いことを聞いてしまったか、名言こそしなかったがこの男性の奥さんはもうこの世にはいないのだろう、そう思わせる反応だった。暗い顔を上げ次は彼が僕たちに質問をしてきた。

「ところでですが私はスコット・ゴーバンと申します。お二方のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

そうだった、僕は自分の疲労感ですっかりと忘れていたが僕たちを助けてくれたこの恩人に名前さえ名乗ってないじゃないか。

「大変失礼しました。僕はポール、彼はロバートと言います」

僕は自分たちの紹介をした。ロバートも僕が名前をだすと軽く会釈をし、どうもと一言挨拶をした。ロバートの軽い挨拶に対しここまで良くしてくれているスコットに対しての態度としてあまりよくないんじゃないかと思ったが当のスコットはあまり気にしていない様子で相変わらずほほ笑みをこちらに向けている。

「ポールさんにロバートさんですか、改めてですがよろしくお願いします。お二人は一体なぜこちらへ?この荒地に何かあるとは思えないのですがどこかに向かう途中だったのでしょうか?」

先程彼も言ったが、本当にこの辺りに人が来るのが珍しいようで一体なぜこんなところに人が来るのか、目的がなんなのか興味津々のようだ。

「僕たちはエル・パソに向かって旅をしていたんです。この方向だと聞いてそれでこの荒地を歩いていたのです」

なるほど、と彼は一言つぶやいた。

「エル・パソですか、それでしたらこの辺りを通ることにもなりうるでしょうね。ただ最近では鉄道が通ったのでこの辺りを通る人も減りましたが」

なるほど鉄道という手があったか、今更ながらそうすればもっと楽にエル・パソにたどり着いただろう。だけどもそうしたら切符を買うのに金をとられただろうし何よりこの荒地を歩いていたからこそスコットという素晴らしい人間に会うこともできた。

ロバートからしたらとんだ遠回りだったかもしれないが僕からしたらこの出会い一つでも小説のネタになりそうで大変ありがたかった。

「ところで、この家にあるものやアンタが身に着けているものだがずいぶん値打ちのありそうなものが多いが一体どうやって稼いでいるんだ?」

久々にロバートが口を開いたかと思えば金目の物の話とかなり遠慮のない質問だった。正直いきなりこんな下世話な話をするのが失礼だなと思ったが実際僕もこれは気になることだったので、あきれ半分よく聞いたという感情が半分だった。

「この家の貴重品たちは家内がまだいたころにそろえたものが大半です。今は私が一人で畑の世話をし穀物を収穫していますが家内と息子たちがいたころは今よりずっと作業を多くこなしていたので稼ぎもありましてね。そのころに揃えたものが大半です」

なるほどそういう理由か。だがあの畑で育てているのが穀物だとしてそれを売ってこんなにも高級そうな品々をそ揃えることができるのだろうか?それとも僕が知らないだけで特別な高値で取引されている穀物が存在するのだろうか。少し疑問は残るだろうが恐らく彼とは今日一日の宿を借りたら二度と出会うことは無いだろうし考えたところで無駄だと感じたのでこの話題についての疑問はこの後考えないようにした。

スコットの話をおとなしく聞いてたロバートは続けざまに質問を浴びせた。

「ところで聞きたいことがあるんだが、さっき話した通り俺はエル・パソを目指している。この家からどれくらいの距離があるか分かるか?」

俺たちではなく俺であったことが少し気になったが、実際のところここからエル・パソまでどのくらいの距離があるかは大いに気になった。もしここからさらに時間が、具体的には数日程かかるとしたら流石に干からびてしまうのは目に見えているので、スコットにお願いをして最寄りの駅まで耐えられる水と食料を買うという事も考えなくてはならないからだ。

「エル・パソまでですか?大体ですが1日ほどで到着するでしょうね、私も穀物を売りに行ったりここで賄えない生活品はそこで買うことにしていますからね」

ものすごい朗報という事ではなかったが悪くはない話だった。本当にそれくらいで着くのなら荒地のど真ん中でミイラになってしまうという結末は避けられそうだ。

「なんにせよ今日一日はこちらでお休みください。お酒は飲みますか?」

そういうとスコットはテーブルに置かれた酒瓶をこちらに向けた。

僕は前の町での一件から酒はダメだという事が分かっていたので手を横に振り断ったが、ロバートは何も言わずコップをスコットに向けて突き出し酒を注いでもらいそのまま一気に口に運んだ。

「・・・随分と強い酒だな、いったい何だこれは?」

少しではあるもののロバートの張り付いた白い無表情がひるんだように見えた。彼がひるむとは一体どれだけ強い酒なのだろうか。

「これは私が自分で作った酒です。この家の地下で鋳造しているのですが確かに飲みなれていなければ強く感じるかもしれませんね。慣れればこれもになるのですがね」

そういうとスコットも自分のコップに酒を注いだ。自分の家で作っているものだろうからそりゃそうだろうが日常的に飲んでいるのだろう。ロバートでさえ苦い顔をした酒を平気な顔をして飲み干した。

それからは夜が来るまでは食事を交えながらスコット自身の話や僕たちが旅をしてきたこの数日間の話をした。

話を聞いたところスコットはこの土地に30年近く前に流れ着いたようで、たまたま大きな川が流れていたこと、そして本人は何か後ろめたいことをしたからなのかあまり詳細はあまり語りたがらなかったが、なにかしらの方法で植物の種を手にし川の水を利用してここで畑を耕し始め穀物を育て多少の動物たちを飼育しそれらを町で取引をして生活を始めたことといったことを語った。

「そうしているうちに町で家内に会いましてね、二人で暮らし子供たちにも恵まれましたが、ある日強盗が押し入ってきましてね、私は息子たちを守るのに必死で家内を守れませんでした。それが私の後悔なのです」

酒が回ってきたのかスコットはあまり言いたくなさそうだった悲痛な過去も離し始めた。僕は何も言わず、いや何も言えなかった。ただただ彼のつらい過去を聞いてあげることしかできなかった。もしかしたらこの話を聞いているのが僕じゃなかったら、もっと気の利いたことを言えたのかもしれなかったが僕にはそれができなかった。

その時ふとロバートの方を見た。もしかしたら彼なら僕がかけてあげることができなかった気の利いた言葉を彼にかけてあげられるかもしれないと。

だがロバートはスコットの話より料理を食べることに夢中なようで目の前のパンと酒をとにかくむさぼっていた。

確かに彼と旅をしていて何となく気が付いてはいたが彼には他人に対する思いやりが少ないようだ。もし僕がもっと年上で立場的に彼と同等だったなら今頃頭をひっぱたいていたかもしれない。

そうこうしているうちに完全に日が暮れ辺りは真っ暗になった。いまやこの部屋に灯った明かりだけがこの辺りを照らしている唯一の光源となっている。

「さて、そろそろ寝る時間ですか。お二人ともついてきてください。寝室にご案内します」

そういうと彼は席を立ったので僕たち二人も立ち上がりその後ろについて行った。

寝室はこの家の二階にあるようで客間を出た後に廊下を歩いて行きその突き当りにある階段を昇って行った。階段を上る前にこの高級品に並ぶ家の中ではかえって目立つ妙に古ぼけた扉を見つけた。

「あの、そこのドアはどこに続いているんですか?」

なんてことの無い質問のつもりでスコットに聞いた。

「ああ、それですか。その扉は先程話した酒を鋳造している地下に通じている扉です。明かりが無く一々ランプを持って行かなきゃならなくてね。危ないので近づかないでくださいね」

なるほど、ここが先程の話に合った地下の部屋か。それを聞いて納得したが、なぜか気になったのがこの答えを返してきたスコットだった。

それまで紳士的な物腰柔らかい話し方をしていた彼だったがなぜだかこの部屋について聞かれた時だけは妙に早口というか、感情が何もこもっていないというか妙な違和感があったのだ。

気にはなったが彼もあの強い酒を結構な量を飲んでいたようだし少し酔ってしまったのだろうとあまり細かく気にはしないことにした。

階段を登り切ったあとの廊下の突き当り、そこが寝室のようでそこに通された。

「それではここでお休みください。何かありましたら下の客間の隣にある部屋にいますのでそちらの来てください。それでは明日のお二人の旅の準備をしてまいります」

どうやら止めてくれるだけではなく食料も持たせてくれるようだ。

「何から何までありがとうございます。本当に助かります」

感謝の意を伝えると彼は満足そうに微笑みそのまま部屋を出て行った。

「すごく優しい人だね。ここ数日酷い目にあってたから本当に助かるよ」

僕がそうつぶやくとロバートが口を開いた。

「まぁ、ついてはいるが本当にそうかな」

一体何が言いたいんだろうか。こんなにもいいもてなしをしてくれているのに彼は一体何が不満があるのだろう。

「どうも優しすぎるような気がするな。この未開拓の西部で見ず知らずの人間をこうもあっさり家に招くものかね」

彼はスコットに対して疑いの目を向けているようだ。

「ここまで優しくしてくれているのにそんなことを言うなよ。多分だけど彼は聖人みたいな人なのさ。それともか彼も言ってたけど人恋しいだけかもしれないけど、どちらにせよいいじゃないか」

僕の考えを伝えると彼はまぁいいさと一言漏らすとそのままベッドにもぐりこんだ。

しばらくすると彼はいびきをかき始めた。スコットに疑いの目を向けてはいるが思いっきり眠っている様子を見ると一応はそれなりには彼の事を信用してはいるのだろう。

ロバートと共に旅をしてそれなりに時間がたっているがなぜ彼はこうも人をあまり信じようとしないのだろうか。もしくはあまり素直に感謝しようとしないのだろう。

冷静に考えたら僕は彼の事をあまり知らない。彼自身があまり過去を話さないしなにより彼の旅の最終的な目的だって話そうとはしない。

まぁ、なんだっていいさ。僕は彼に付いていくことで小説のネタが欲しいだけだ。あまり気にしたって仕方ない。彼に付いて行きこの旅の結末が知りたいんだ。

そう自分に言い聞かせはしたものの、それでも心の片隅から聞こえてくる彼の人となりを知りたいという声をどうも無視できなかった。そのうち彼に聞いてみよう、いったい彼が何者なのかとかもっと詳しいことを。

そんなことを考えながら僕もベッドに潜り瞼を閉じた。それからしばらくすると意識が闇に落ちていった。

この後ロバートがスコットにかけていた疑いの目をもっと気にすればよかったと後悔するとも知らずに。

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ポール・ウィルソンの手記 @rannou

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