レイドバトル実況配信余話

ななくさつゆり

《レイドバトル実況配信余話》

 レイドパスを一枚使い、レイドに挑む五秒前。

 準備は万端、装備は万全。今日も馴染みのカフェの隅で、実況動画を配信中。

 スマートフォンをするりとなぞり、ライブ配信をスマートにスタート。

 外は降りしきる雨。

「止まないねぇ」

 ガラス壁の向こうには、暗くて滲んだ鈍色にびいろの空。雨はしばらくつづきそう。

 足元で傘が交差した。傘を包む袋の底には、雨水のしずくがびっちりたっぷり。そんな日にわざわざ外へ出向いて、スマートフォンでレイドバトル。お店に迷惑がかからないよう、隅っこの席でレイドバトル。画面を指でポチポチ叩く。

「物好きだよね。いや、暇人か」

 本当に。

 それはともかく、レイドって正直ダルいよね。

 昨今「レイド」で検索すれば、「嫌い」がサジェストされるほど、初心者殺しのレイドイベント。スマートフォンを片手に持って、指で画面を叩き続ける。そこそこしんどい。それよくわかる。

「まァ、やめられないんだけど」

 ともあれ始まるレイドバトル。

 Wi−Fiワイファイ回線を通り抜け、つどったゲーマー二十人。わずか二分の招集時間で、ここをぎつけた二十人。こいつらは普段、いったいどこに潜んでいるのか。もしかしたらボットなのか。いや、きっと実在する。その存在を信じたい。


 さっそく今日のバトルが始まる。

 さて、今回のレイドボスは、

「あ……アマガエル?」

 これまた、でかいな。

 緑よりは翡翠ひすいのような、ほんのり輝く外皮をまとう、四足歩行のアマガエル。

「雨が降ってるからなのかな」

 かもね。

 こちらの天気を反映して、あちらの天気も雨だから。

 口はカエルらしくぐいっと大きく、珍しくキバを生やしていて、もしかしたら炎でも吐くのかな。開けた平原のフィールドに、どんと現れたアマガエル。

 レイドボスのアマガエルは、天をつく巨躯きょくといったところ。曇天に覆われた平原の中央に、どんと鎮座してこちらを見下ろす。

 スマートフォンの画面基準で、「巨躯」とか「天をつく」とか言っても、イマイチ伝わらないだろう。向こうが天をつくほどなら、こちらは蟻になった気分だ。実際、縮尺しゅくしゃくが調整されて、こっちは普段より小さいサイズになっていた。


 ところで、カフェの他のお客さんから、私はどう見えているのだろう。

「知らんくね?」

 うん、でもね。

 こちらはゲームにお熱でも、ぱっと見て冷静に振る舞っているつもり。なぜならお店の中だから。

「いい奴じゃん」

 ありがとう、でもね。

 だとすると、私のことは、受信ボックスのニュースレターを無造作にゴミ箱送りしているような、そんな冷めた男に見えているのかも。

「自己評価高くね?」

 そう? でもね。

 そんなカオと振る舞いで、プレイしているのはレイドバトル。

 全力熱血レイドバトル。めたカオの下で私の指は、熾烈しれつにポチポチ親指乱舞。

「全自動メルマガゴミ箱送り男」

 もしくは、

「ソシャゲレイド皆勤マン」

 どちらがヒトとしてマシなのだろう。


 ともあれ戦闘開始の合図。

 アマガエルは口から炎……もとい、ツバを吐いてこちらを襲う。

「きったねぇ!」

 ああ、でもこのツバ、めっちゃHPエイチピーを削るやつ。ツバで思わぬ大ダメージ。

「ツバっていうか酸では?」

 かもね!

 それにしても、課金で苦労せず揃えた装備が、あえなく消し飛ぶ無慈悲なツバ。

 無慈悲というか理不尽というか、運営はこちらが投じたリアルマネーを、一体何だと思っているのか。問い詰めたい。

「かと言って、負けてもいられんし」

 まずは無残に大負けして、一度ガチ泣きとかした方が、再生数は稼げるのかも。だがいかんせん、ゲーマーとして、レイドボスには負けたくない。

 課金して労せず得たアイテムを、強引に消費させるだけの敵に負けるのは、ゲーマーのプライドに響く。そして、公衆の場でガチ泣きしたら、お店に迷惑がかかる。私はここを追い出されたくない。アイスコーヒーが一杯二百六十円で、気持ちよく飲めるカフェは近所でここだけなんだよ。

「しかし、一撃が重い」

 みるみる減っていくこちらのヒットポイント。なのに、一向に減らない敵のヒットポイント。しきりに剣を振っているのに、ダメージの手応えがさっぱりない。

 ついでに必殺技を放つ。親の顔ほど見たカットイン。キメ台詞は「今ここでありったけの力を!」なんだけど、今回だけではや二十回目のありったけ。

「いくらなんでも減らなすぎじゃない?」

 たしかに、ちょっとおかしいね。手応えがあまりになさすぎる。

 こちらは二十人いるはずで、もっとダメージを稼げていい。

 ん、ちょっと待った、八人減っているじゃねぇか。

 途中でトンズラしやがった、ちくしょう。


 ああ、ここで朗報。

 先日フォローしてくれたマルセンさんが、ライブ配信に一番乗り。

「こんにちわ、マルセンさん。先日からありがとうございます。ぜひチャンネル登録も合わせて……」

 おっと、しまった。

 言っているうちに、私のヒットポイントがレッドゾーンに突入している。

 仕方ない。

 金で揃えた高性能アイテムをふんだんに使って回復しよう。十二人でも多分やれるはずだ。

 制限時間はあと半分。あと半分で三分の二を削り切る。現実的ではない気もするが、ここまで来たらとりあえず、タイムアップまでやりきってみる。

「それがレイドバトル。レイド根性というものだよね」

 さて、仲間の奮闘もあり、アマガエルのヒットポイントが半分を切った。

 時間は残り三分の一ほど。だいぶ健闘しているけれど、削り切るのは難しいかも。

「ていうかさ、このパーティ、タンク役に偏りすぎてない?」

 そうだね。

 もっとこう、火力やバフの役割を持てるユニットがいてもいい。

 しかも、タンクがあんまりタンクできてない。

 だって、私が課金して揃えたアイテムが、直に底を尽きるのだから。

「おーっと、ここで再び理不尽なツバ……」

 まるで私の課金額を鼻で嘲笑うかのように、ヒットポイントが加熱したバターよろしく溶けていく。懸命に剣を振りますが、一回や二回ではビクともしない。

 ですが、これがレイドバトル。

 流石にもうダメかなァ。あっと、ここでまたマルセンさんからコメント。

『これは勝てないって気づいていても、仲間がいると逃げづらいよね』

 そう、それ!

 今まさにそういう心境。

 レイドバトルの半端な協調が生むネガティブな連帯感。

 これは実によくできている。

 おっと、ここで私のヒットポイントが急に回復。グリーンゾーンまで無事に戻った。

 どうした。

 秘蔵していた廃課金者御用達の回復アイテムまで火を吹いてしまったのか。

 いや、これは味方の援護。

 ご近場住みと思われる、レイド常連のヒーラー女子が助けてくれたようだ。

「ユウリさん。ありがとうございます。ついでに私のアカウントのフォローを……」

 あら、それはノーか。そうか。SNSはしてないんだっけ。

 おっと、ここでまたマルセンさんからコメント。

『ユウリって実は男じゃね』

 うるさいよ。

 彼女にはもう、レアアイテムを色々プレゼントしてしまっているんだ。


 さて、レイドボスのアマガエルは懲りずにツバを飛ばしてくる。

 さらに奴は調子に乗って、ツバがたっぷり乗った岩を絶え間なくこちらに吐き出してきた。汚いったらありゃしねェ。

「雨が流してくれるからマシでしょ」

 でも、限度はあるよ。あのツバ岩はアマガエルの結石けっせきかなにかか。

 おっと、今度はコメントが三つも。さっそく順に紹介するよ。

『主は尿路結石にょうろけっせき持ちなんか』

「違います」

『おだいじにされてください』

「ありがとう。誤解です」

『結石なら尿と一緒に出るだろ』

「レイドボスをさらにばっちくするのはやめろ」

 不潔なツバ岩が私のヒットポイントを理不尽に削る。

 課金のやりがいをまるで感じさせないこの理不尽さ。

 しかし、ここで倒れることなく、私のヒットポイントは再び回復。これもユウリの仕業。有能ヒーラーの介助によって、どうにか戦線を崩されずに済んでいる。

「なァユウリ、もし二人がこのレイドバトルから無事に生きて帰れたら——」

 あ、そういうのはいらないの。すみません。

 いやあの、ホントにごめんなさい。悪ノリでした。もしかして、近場ってバラしたことを怒っていますか。あの、はい、ええ。ネット上の特定リスクですよね。弁解のしようもございません。はい、二度と致しません。


 さて、残り時間もわずか。

 アマガエルのヒットポイントも残り五分の一を切った。よくここまで追い詰めたもんだ。

 もう一息。あと二度か三度ほど大技を放ちたい。

「あーっと……あ、うわっ! これクソでは! あ、いや……」

 他のお客さんににらまれた。

 だがここで、なんということか。

 アマガエルの翡翠色が急激に色濃く輝きを増していく。

「うわー……マジかー」

 追い詰められたアマガエルの最後の抵抗。

 広範囲の自爆攻撃が炸裂さくれつする。

 これは痛い。

 これはまずい。

 これは危険だ。

 ていうかマジでやめてほしい。

 レイドバトルに参戦する全プレイヤーキャラクターに向けた範囲攻撃。高威力こういりょくの最後っをお見舞いする自爆。

 一人でも耐えれば勝利が確定。

 全滅ぜんめつすれば即敗北。

 敗北すれば報酬ほうしゅうはゼロ。消費したアイテムと溶かした時間は水の泡。

「このクソ仕様、まだあったのか」

 レイド実装当時から、ユーザーにバッシングされ続けているのに。

 まさかここで放ってくるとは思っていなかった。SNSであまりに叩かれていたから、さすがにオミットされたものと思っていたらコレ。運営は鋼の心臓を持っている。

「だが心配には及ばず」

 そう。万が一を想定し、対策を講じてこそ廃課金ゲーマー。

 実はこの最後っ屁、明確な対策が存在する。

鎮火ちんか護符ごふ

氷雨ひさめかさ

 これらのレアアイテムがあれば、範囲攻撃を無効化できる。

 ちなみに、運営はこの事実を隠したまま。運営の性根しょうねはひん曲がっている。


 ともあれ、この鎮火の護符や氷雨の傘。

 課金では手に入らない代物だから、持っているだけで自慢できる。もちろん私は持っていた。

 だがしかし、このアイテムはヒーラーしか装備できない。剣持ちの私では効果を発揮はっきできない。

「そこで私の采配が光る」

 パートナーのユウリに、鎮火の護符と氷雨の傘を事前に渡してあったのだ。

 おっとここで配信にコメント。またまたマルセンさん。

『渡したんじゃなくて貢いだんだろ』

 仰る通り。

 厳密に言えば、別にパートナーでもなんでもない。

「というわけで、ユウリさん。狙い通り鎮火の護符を……」

 あれ。ユウリ、なんで目をそらすの。

 いいから早く鎮火の護符を……ってお前!

 所持欄に護符がねぇじゃねぇか!

「あの、ユウリさん……」

 先日あなたにプレゼントした、鎮火の護符は一体どこに?

 え、換金した?

 このゲームはRMTリアルマネートレード禁止なの、知ってるよね。

「じゃあ氷雨の傘は?」

 え、ゲームに持ってこなかった?

 それ、どういうこと?

 ていうか、あんなにせびってきたのに、そんなお前、そんなお前、アレ、その、なんというか、ああ。

「まさかの事態です。ガチ泣きするかもしれません」

 ん、こんなときにマルセンさんからコメント。

『かーっ。俺持っているのになー。力になれなくてつれぇわーっ。かーっ』

 今すぐログインして参戦しろ。


 ちくしょう。涙で目がうるんできた。

 これだけアイテムを溶かして敗北しようものなら、公式にクレームメールを送るしかない。

 そんな私の心情なんてつゆ知らず、レイドバトルはまだ続く。ユウリもぬけぬけと、ヒーラー行為を続けている。このやろう、でもヒーラーが欠けたら困る。

 それにしても、

「ツバとか結石とか最後っ屁とか……」

 なんだよこのレイド。山程アイテムを消費したのに。

 このままアマガエルの最後っ屁が、レイドを締めくくってしまうのか。もし本当に敗北したら、SNSで今回のイベントはクソだとつぶやいてやる。

 しかし、まだまだくじけない。

 アマガエルは翡翠色に光を放ちながら、自爆用の屁を体内に溜めている。

 いまのうちに、こちらはひたすら斬りつづける。今やユウリも頑張って、敵を杖で叩いている。ヒーラーの杖ではDPS的にはぶっちゃけアレだ。でもちょっと見直した。パートナーも必死。いやはや、正直ユウリにれ直した自分がいる。

 おっと、ここでまたマルセンさんから。

『ユウリのせいでこうなってんだろ』

 そうなんだよ。そうなんだよね。いや、うん、でもさ。


 思惑を外したまま、終盤を迎えるこのレイド。

 アマガエルのヒットポイントもいよいよ風前の灯火ともしびだ。こちらが押し切るか、最後っ屁が炸裂するか、チキンレースの真っ最中。結果はどうあれ、このレイドもいよいよ終わりを迎えるらしい。

 だというのに。

「あーっ!」

 アマガエルの体が、いよいよデブってきた。

 冗談もここまでだ。

 真っ白い光が、画面いっぱいに広がっていく。

 マジでか。

 間に合わなかったのかな。

 最後っ屁が発動してしまった。

「……はぁ。なんてこった」

 平原に立ち尽くしたまま、深いため息がでた。

 これはもう、気を取り直して「今回のレイドはクソだった」と、叫ぶ準備をはじめた方がよさそうだ。

 でも、真っ白い光に包まれたまま、雨に打たれる感触はある。

 草原の土に剣を突き刺し、ため息をついてさらに深呼吸をした。

「体中、カエルの体液がべっとりじゃん……」

 雨が洗い流してくれるのか、コレ。

 それでもまだ、平原は白い光に包まれたまま。

 ちょっと、演出がくどくないか。

「おっ……!」

 いよいよ視界が開けてきた。

 翡翠色のアマガエルの白い爆発に、しばらく目と耳が効かなかった自分。

 でも、目をらし、耳をすませば、場の状況の変化を拾える。

 雨が降りしきる曇天どんてんの下で繰り広げられた戦いの場が、静まっていた。


 白い光はしだいに収まり、足元から草原の緑が徐々に広がるように景色が広がっていく。戦場の外れに土の舗装路が伸びていて、風がその方へ草木をなびかせていた。

「……急に静かになったな」

 白い光の余韻は音もなく、ただ自分たちの目をしぱしぱとさせる。

 それから、自分の目がこの場に段々と馴染んでいった。

 アマガエルがもたらした曇り空と白い最後っ屁は、自分たちを包んでから薄まり、そっと去っていったらしい。

 近くには、でんと横たわるアマガエルの巨躯。

 その周りには、草原で倒れた仲間たち。

 倒れた魔道士の外套マントが風にはためている。

 突っ伏した剣士の金色の鞘が、陽光をあびてきらめいた。

 甲冑に身を包む騎士の、胸部の白いプレートが艶めく。

「結局、全滅か……。ん? いや、待て」

 私は生きているよな?

 それに気づいたときだった。

 息絶えたと思った仲間が、ビクっと体を震わせる。

 それから顔を上げ、続々と立ち上がった。

 え、待って。ちょっと待って。

 そんな馬鹿な。なんということだ。

「全員無事、全員無事か!」

 皆立ち上がり、自分の状態を確認する。

 それからパーティ全員の生存を目の当たりにして、喜びの声をあげていた。急に視野が広がって、この場の元の景色が少しずつくっきり見えてくる……。

 自分たちは草原に立っていた。

 西方には森があって、真っ直ぐ遠くを見渡すと、いかにもな城下町がある。町と町を囲む塀が空気にかすんで、外観にうっすら青みを帯びていた。戦闘から解き放たれた雑踏ざっとうの上で、草木と土の匂いをかぐ。

 ちょっと背伸びして、遠くを眺めてみたいと思った。

 つま先をちょっと立てて、地平線に近くにある城下町を眺める。

 そして。

 草原に立つ全員が、生き残った実感を得はじめたころ、頭上に文字が浮かぶ。


 勝利!!


「ダッサ!」

「だせぇ!」

「演出ヘタクソかよ!」

「夜の街のネオンみたい」

「頭上にわざわざ出す必要ある?」

「あー、中からだとこう見えるのか」

 とてもダサくキラめく勝利の二文字。

 さらに、どこからかファンファーレが響き、

「音までダサい!」

 大不評。

 静かな平原の余情をぶち壊しにして、空に燦然と輝いた。

「……まァいいか」

 明快な二文字のおかげで、アマガエルと戦った自分たちも、どこか報われた気持ちになれる。

 だが、あの最後っ屁に素の能力値で耐えられたなんて話は聞いたことがない。

 そのとき、こちらに歩いてくる仲間と目が合った。

 なぜかそいつは、私にお礼を言う。

「えっ。いや、こちらこそ……って、あっ」

 直感的に伝わってくるジョブとキャラクター名。

 癒者ヒーラー、マルセン。

「パーティにいたのか」

 小突いてやろうと近寄ったら、マルセンさんはおもむろに、懐から複雑な術式が記された呪符をこちらに見せた。

「それ、鎮火の護符——」

 今日の為にユウリから買い取った? 

 あいつ、そんなこと一言も……。

「あ、そういえば彼女は……」

 と、後ろに振り返った瞬間。

「あ、晴れ間」

 晴れ間がのぞく。

 さらに、私たちが立つ草原に幾筋かの光芒が降りてきた。光の束が、こちら側までやってきた自分たちを包んでいく。

 その光の中に、ユウリもいた。それを確認してほっと一息。

 ただ、マルセンさんだけは草原に残ってままだった。

 マルセンさんは来ないの。

「じゃあな」

 って、なにそれ。

 まるで、別れの言葉みたいな。

 すると、レイド終了を知らせる真っ白い光が、自分の目をシパシパとさせて、目を閉じたら今度はふわりと体が浮かび上がる。

 空を飛ぶ夢を見ていたかのような、そんな軽やかな風が自分を包んだ。


                  *


 カフェテーブルの向かいに、傘が立てかけてある。

 それが倒れて、床でパチンと音を立てた。

「——さて。こっちはそろそろ雨が止むかな」

 窓の外は暗くなりはじめる。

 それでも空は曇天のまま、外は雨が抜けきれないでいた。

 ただ、心なしか雲の一点が、白い光を抱いているように見える。鈍色の雲のさらに奥に、太陽が控えているのがひと目見てわかった。

「……ふぅ」

 いつものカフェ、いつもの席で、今回のレイド実況を終える。

 最後に一言だけ添えて、配信を終了しよう。

「ところで皆さん。実は今回のレイド実況、ユウリも一緒の隠れコラボでした」

 ユウリは、テーブルの向かいの席で肩ひじついて、この動画配信を視聴していた。

「初コラボ! デートじゃない。デートじゃないよ」

 そうだよね、ユウリ。

 にっこり頷かないでくれ。

 もっとこう、逡巡してくれてもいいじゃない。

「じゃあユウリ。最後になにか、言うことはあるかい」

 うん、抹茶ラテのおかわりか。

 もちろん頼んでいいよ。

 この実況動画の方に、何かコメントとかどうかな。

 あまり興味ないか。そうか。

「じゃあ、最後にひとつユウリに質問」

 スマホを眺めていたユウリがこちらを向く。

「そこに立てかけてある傘が、氷雨の傘?」

 置いてきた、なんて言ってさ。

 ユウリはにっこりと笑うだけで、曖昧な返事しか寄越してくれなかった。彼女は終始こんな調子。

 今回のレイドイベントは、アマカエルのツバと結石に翻弄される大変なものだったけど、私には印象深いイベントになった。

 帰り際、白い光に包まれながら、一瞬だけ目を開けて見た晴れやかな空。

 遠くにかすんで見えた城下町。土と草の匂い。アマガエルの最後っ屁のあとに見た光景の数々。そして、マルセンさんがくれた別れの言葉。

 ところで、マルセンさんはどうしているだろう。

 さっそく、彼のアカウントにメッセージを送ってみる。

 おっと、即レス。画像つき。

 すっかり晴れ渡った草原。遠くに見える町並みと空。

 あちらは今、雲ひとつない快晴らしい。

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